7 二人の戦士
「テクイチポ様、護衛の者が挨拶に来ています」
昼に会った二人の戦士たちをアロが部屋に通す。
「… 正装?」
部屋に入ってくる二人を見て、思わず呟く。
アロも何故かわからない、という身振りをする。
それぞれ、鷲の羽飾り、ジャガーの羽織に身を包み、二人はテクイチポに傅いた。
「王妃テクイチポ様、今晩より護衛を務めるオセロメーとクァクァウティンです」
二人は揃って頭を下げる。
「ありがとう。それは、名前ではないのでは?」
椅子を勧めようにも飾りが邪魔で椅子に腰掛けること自体が野暮なことのようだった。
貴族の出身でかつ、武芸だけでなく知識も判断力も全てにおいて超一流なのが、ジャガーの毛皮をまとった戦士集団のオセロメー。階級の制限こそないが、同じく一流で、鷲の羽をまとうのが戦士集団クァクァウティンである。
「クアウテモク様から、この名を使うようにとの指示です。我々の最優先事項はテクイチポ様の安全確保です。護衛としてお側でお仕えいたします」
背が高く筋骨隆々とし、長い髪を後ろで結いているオセロメーが答える。熟練のジャガーの戦士だ。
「待って… 名を知られては問題があるの?」
所属する隊の名を個人の呼び名にするのは違和感がある。
「いえ。任務に集中するためです。私たちに、妻も子どももおりません。この任務が終わるときまで、テクイチポ様に優先する存在は持たないと、クアウテモク様と約束しています」
よく日焼けした肌で、細身、肩より短い髪のクァクァウティン、鷲の戦士が答える。彼はクアウテモクと同じぐらいの歳だろうか。
理解を超える忠誠だ。決してテクイチポを裏切らない、とクアウテモクが言った意味を噛み締める。
見るからに第一線で活躍する戦士であり、また今後もそうすべき二人だ。二人にとって、子どもの王妃の護衛など、つまらない仕事に違いない。
家族はいない、と言った。精鋭戦士であれば、報酬も高いし、大抵は貴族だ。何人も妻はいるであろうし、子どももたくさんいて当たり前だ。任務のために、"いないもの"と考えることにしたのか、戦乱や疫病で失ったのかはわからない。
テクイチポに明かされない事情があるにせよ、彼らにとっては異例の任務だろう。
しかも、彼らにとってやり甲斐があるとは思えない。
「この後の夕食ですが、クアウテモク様から、我々も同席しないかと言われています。しかし、お二人の方がよろしいのではないかと思っておりますが、いかがいたしますか?」
父王の時代、家臣を普段の食事に同席させることはなかった。これまでの厳格な宮廷のしきたりには従わないようだ。
クアウテモクがそう言うのならば、何か話があるのかもしれない。
「彼の意向に合わせて」
二人は頷く。
「では、一旦、失礼致します」
二人は、退出しようとする。
「ああ、待って、護衛を引き受けてくれて感謝します。あなたたちが誇れる王妃であるよう努めます。当面は… 私があなたたちの家族ね」
口に出して、ハッとした。
テクイチポはこの三ヶ月で家族を失った。
クアウテモクがこの二人に求めたのは、護衛の仕事だけではない。テクイチポを支える存在として遣わしたのだ。
そのための食事だと納得がいった。
二人は口角を上げると部屋から出て行った。
「それで、クァクァウティンは一刻走った距離を戻って、落とした槍を拾いに行ったんですよ」
オセロメーは、盃を傾けながら話す。
「ああ、あれは私も諦めろと言って止めたのにな」
クアウテモクも相槌を打つ。
「そもそも、オセロメーがあんな場所にいなかったら、落としたりしなかったんだ」
クァクァウティンは、恨めしそうに呟く。
「では、一人で戻ったの?」
オセロメーとクァクァウティンが面白おかしく話す行軍中の話は興味深いだけでなく、彼らの信頼関係やクアウテモクへの思慕の念に溢れていて、テクイチポもすぐに引き込まれた。
「山道ですが、片道三里もないので。でも、ちゃんと三刻余りで隊に合流しましたよ」
「速いじゃない!」
「鷲の戦士は足が速い。ジャガーの戦士なら、往復四刻はかかる」
「私の部隊では普通ですよ。ジャガーは、重装備だし、身体も大きいですからね」
クァクァウティンが説明する。
「そんなに大切な槍だったの?」
「ええ。一番下の妹が、悪戯で染料を掛けた槍で、持ち手が白く染まっているものだったんです」
「妹君は、その戦いの前に病気に掛かって…」
「戦いから戻ったら、もう亡くなった後でしたけどね… でも槍はこの通り、今も使っていますよ。そろそろ強度が怪しくなってきましたが…」
クァクァウティンは背後に置いていた槍を手に取る。
これまで、王の居る部屋に武器を持ち込むことは禁じられていたが、クアウテモクはそれを許している。それだけこの二人に信頼を置いている証だった。
その槍の白く染まったという持ち手は既に黒ずみ、使い込まれていた。
「妹君のことは残念でしたね」
もともと、幼児の生存率は低いが、白人たちが持ち込んだ伝染病もある。子どもの悲しい話は街中に溢れていた。
「クァクァウティンの足が速いという話です。しんみりしないでください」
「偵察やゲリラ戦が本職だからな、大事だよ、俊足は」
オセロメーとクアウテモクは、テクイチポの顔が暗くなるのを見て、言葉を添えた。
「さあ、テクイチポ、お代わりは?」
「え?」
「今日は、お前のための羊だ。残さず食べろ」
「何故ですか?」
クァクァウティンが横槍を入れると、クアウテモクとオセロメーが睨みつける。
「さあ、皿を」
クアウテモクはテクイチポの手から皿を取ると、手ずから羊肉の煮込みを皿によそった。
この夕食は、とても楽しい時間だった。
母と弟の三人で囲んだ楽しい食卓の記憶ははるか昔のことのようだ。父である王の存在は遠く、幼い子ども時代の思い出は母と弟のものしかない。
弟は、先の逃走の最中にはぐれて、それきりだ。初めの一週間は捜索の状況を毎日訊ねていたが、見込みがないと気づき、諦めた。その頃には、もう王妃だったからだ。王妃の命令は絶対であるのに、見つかるあてのない弟を探すことに人員を割けないと悟った。
弟は戦いに巻き込まれたのだと言う人もいれば、後継者争いの火種を無くすためにメシカの貴族に殺されたと言う人もいる。
しかし、いずれにせよ、弟は戻らない。
四人での食事は、新しい家族との生活の始まりだった。