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メシカ最後の王妃の恋  作者: 細波ゆらり
第一章 わたしの居場所 テノチティトラン
6/41

6 夫婦の歩み寄り



 テクイチポは身支度を済ませた。髪も化粧も服も女らしさが出るように仕立てた。今朝の失点を少しでも取り戻したかった。

 これまでは、男たちの劣情を刺激しないよう、飾り立ててこなかった。それからすると、大きな方針転換だった。


 あの女と張り合う訳ではない、と言い聞かせると、クアウテモクの待つ隣室に向かう。




「大変お待たせしました」

 テクイチポが部屋に入ると、先客がおり、二人の戦士がクアウテモクの前に立っていた。



 クアウテモクは二人を下がらせると、テクイチポを招いて座らせる。



「… 何だ?」

「え?」


 クアウテモクに呼ばれてやって来たのに、用件を問われるとは思わなかった。


「… いや、女になると装いを変えるのが習わしなのか?」

「え?」

 クアウテモクの言っているのは、華美な装いへの批判なのか。戦時下に不適切だったのか。

 また、失態を犯したと両の手で服を握り締めた。



「… 責めてはいない。妻は美しい方が望ましい… ましてや王妃なのだから、羨望を集めるぐらいでちょうどいい。若すぎる王妃だと周囲に舐められるよりは、威厳を装うべきだ」

 クアウテモクは慌てたように、言葉を付け足す。


「はい。ありがとうございます… 」

 数回、話してはいるものの、彼の風格に圧倒されて話しづらい。


「用件は、白人が狙う財宝のことだ。三ヶ月前の逃亡時に、半分程度が持ち逃げれ、奪い戻したのがその半分。それは知っているか?」

「ええ。聞いています」


「手元にあるべきは全体の四分の三だな?」

「… はい」


「今、宝物庫にあるのは、全体の五分の一だ。残りはどうした?」

 クアウテモクは射抜くような目でテクイチポを見る。


「… 暫定的に別の場所に移してございます。先王は戦いの準備に追われていたため、私の一存で」

 それが正しかったかはわからないが、先の夫は早々に病に伏してしまったのだから仕方がない。


「なるほど。安全なのか?」

 クアウテモクは口調を和らげた。


「今のところは。しかし、今後、戦いが始まることを思えば、より安全な場所へ移すべきかと」


 クィトラワクが後回しにしていた案件だけに、クアウテモクに対しても落ち着いた頃に相談すればよいと思っていた。しかし、彼との最初の話はこれだった。


「私の助けは必要か?」

「はい。私のしたことは、暫定策ですから」


 正面の椅子に胡座をかいて座るクアウテモクは、膝に肘をつき、顎を乗せると、テクイチポに上目遣いに視線を寄越す。


「おい。私の部下なのか?」

「… 王を頂点とすれば、私は王の部下でございます」


「その話し方が板につけば、何の威厳も生まれまい」

「… はい」

 答え方を間違えたようだった。


「前の夫たちは、そのように扱ったのかもしれないが、私には必要ない。今は、そんなことに気を遣うような事態ではないしな。歳の差が問題か?」


「… それはありますが… あなたも私に対して、部下と話すような口ぶりです。それでは、私も話し方を変えることはできません」

 今までのやり取りにおいて、他の話し方ができるようには思えなかった。


「そうか… 私にも責任がある、と。歩み寄りということだな?」

「その通りです」


 クアウテモクは離宮の庭で会った時以来、初めて笑顔を見せる。



「… あ… 」

 鼻水が伝ったと思い、慌てて顔を押さえると鼻血だった。テクイチポは手元の手拭いで鼻を押さえる。


「おいおい… 」

 クアウテモクはやれやれといった顔で隣にやってくると、テクイチポの頭の後ろを支えると、鼻を押さえた。


「自分でできます!」

 クアウテモクが近くに寄りすぎたせいで、さらに顔に血液が集まってくる。特に最近は、すぐに赤面してしまうのだ。

「興奮するな、余計止まらないぞ」


「最近、しょっちゅう出るのです」

 鼻を押さえられた状態で話しにくい。結果的に伝えたい言葉だけが飾り気なく口から出て行く。


「まあ、身体が不安定な時期だからな… これから、まだ背も伸びるのか?」


「すみません… 」

 身体の不安定な時期に夫が側にいるのは、具合が悪い。恥ずかしい思いを何度すれば済むのだろうか。

 クアウテモクの口調からは、得体の知れない生き物に対する好奇心のようなものさえ感じる。


「昨日も碌に食べていないだろ? 厨房に昨日の祭祀の残りがある。持って来させるか?」

「あれは、食べられません」

 彼は、供された人肉のことを言っている。


「では、ワームがいいか?」

「… からかっています? 私は… 七面鳥が好きです」

 好みの分かれるところだが、テクイチポは芋虫は食べない。


「わかった。用意させる。白人の置いて行った馬や羊でもいいぞ?」

 テクイチポの鼻を押さえるため、背後に座り直したクアウテモクの声は笑っている。やはり面白がっている。


「いいですね… でも、贅沢過ぎます。繁殖用に残しましょう」

「いいさ。昨晩からこれだけ流血していたら、血が足りなくなる。王妃は健康でいろ」

 頷こうとしたが、頭と鼻を抑えられていて、上手く返事ができない。


「それはそうと、さっきの戦士二人はお前に預ける。護衛だ」

「護衛の戦士はすでにいます。精鋭を護衛に回すのはもったいないです」


「… そう言うと思ったが… お前は誰にとっても重要な駒となり得る。最重要の護衛対象だ。あの二人は、決して裏切らない。だから、あれに任せろ」

 もう、段取りが済んでいるなら、とテクイチポは了承した。




 それから暫く、他愛もないことを話し、出血も止まる頃には、少し歩み寄りが始まったように感じる。



「まあ、気にするな。子育てしてる気分にならないこともないが… 急いで、女にならずともよいのではないか? 果実が熟れれば、手に取りたくなるからな… 」


 手拭いの血のついた部分を内側に折りたたんでいると、クアウテモクの乾いた笑い声が聞こえる。


「え… 」

 多少なりとも、めかしこんだ甲斐があったということか。

 火照る顔を押さえて、顔を見上げると、クアウテモクは次は晩餐で、と告げて立ち上がった。




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