40 イザベルの掴んだ幸せ
半年があっという間に過ぎた。
イザベルがフアン・カノ・デ・サアベドラと一緒になるためには、想像以上の手続きが必要だった。
政治的な様々な思惑によって、横槍が入らなかったわけではない。それでもフアンは一つ一つ対処し、潰し込んだ。
そして、結婚を機にフアンには荘園が与えられることになった。メヒコ市の北135キロメートル、ペドロに委託された荘園よりもさらに北だった。
それでも、それは二人の収入の安定に貢献するはずだ。
間もなく三歳になるフアニートに、ペドロの記憶はない。既に、フアンを父として認識している。理解できる歳になったら、話す必要があるだろう。
ペドロの死後、フアンと二人三脚でやって来た。フアンは、ペドロに最大限の敬意を払って来たし、きっとこれからもそうするに違いない。フアニートに対しても。
イザベルには、憂いはなかった。これから、全てが好転して行くと思える。
ーー 困難があっても、よい未来がある
イザベルの名を受けようと決めた時の神父の言葉はその通りだった。あの時、その決断が出来なかったら、幸せの兆しを見つけることは出来なかった。
ーー 僕なら、王妃でも、お姫様でも、きみを幸せにする
フアンの言葉を信じることが出来たのは、もう、悲しみにも憎しみにも囚われなくなっていたからだ。
イザベルはタクバの館の庭から、青空を眺め、目を閉じる。
テトレパンケツァルの庭での会話が蘇る。
「それで? 残りの宝はどこに?」
クアウテモクの声が優しく響く。
「今は、テオティワカンに。信頼のおける場所としては、
チャプルテペク、ここトラコパン辺りかと」
「近すぎないか?」
「アナワクからは出せません」
「永遠に隠し通せる場所などないのでは?」
「移し続ける?」
「分散して」
「誰のために、何の目的で隠す?」
「渡さないため。メシカ人がこの宝を使って
何かしたい時が来るのはいつでしょう?」
「私たちの世ではないだろうな… 」
「宝は、私たちが生きた、私たちの文明が存在した証」
「宝探しの輩に見つけられるためではない、と?」
「ええ」
「お前が小分けにして隠すんじゃ、
探す方も探し切れないだろうよ。
メシカの宝だと、気づかないかもしれない」
「それこそ、本望です。探され続けることで、
私たちの文明の記憶は人々の心に残るでしょう?」
クアウテモクは笑いながら金の腕輪を一つ外すと、
テトレパンケツァルの池に放り込んだ。
「イザベル?」
フアンの声が耳に響いた。
振り向くと、正装したフアンが立っていた。
「間もなく司祭が来る。中に入ろうか? それに、マルティンがタマリは何分火に掛けるかって気にしてる」
「ふふ。タマリを作るのは、十年ぶり」
戦いの記憶を呼び起こすタマリの封印を解いた。あれは、祝いの料理に変えるべきなのだ。
フアンは左肘をイザベルに向ける。
イザベルはフアンの腕を取った。
「愛してる… 」
「愛してる、焦がれるほどに… 」
その長い腕を引き寄せると、フアンは屈んでイザベルに口づけた。
それから、二人には、フアニートを含めて六人の子どもに恵まれる。フアンが始めた訴訟は、二人のライフワークのようになったが、それでも、収入は改善していった。イザベルは、様々な文化施設、教育機関、修道院の設立に尽力し、多大な寄付を行った。それは、王妃イザベルが、クアウテモクの遺志を継いだ街の再興だった。
ーー そして、今、我々は子どもたちに教える
ーー 自らを高め、強さを身につけてゆくことが
ーー いかに素晴らしいことになるか
ーー 彼らの定めを果たしてゆくことが
ーー いかに素晴らしい未来をつくることになるかを
ーー 我々が愛する母なる大地、ここアナワクにおいて
彼らの地を征服した人々は、テスココ湖の底から、クアウテモクがオセロメーとクァクァウティンに指示して沈めた宝を見つけた。それは、宝の何分の一かだった。
テクイチポとクアウテモクが隠した残りの宝は、五百年経った今も人々によって探されている。
完
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
初めての歴史チャレンジ、しかも史実の人物を登場させての物語で、楽しくも、難しかったです。
今も、テクイチポの子孫の皆さまは今もスペインやメキシコの上流階級にいる中で、エルナン・コルテスをどう描くか、これに一番悩みました。
最終的には、現代女性の視点で、書き切りました。
自分の娘を手離し、最後まで認めたくなかったテクイチポの思いは、彼への憎しみだと解釈しています。
クアウテモクが死刑になる前にコルテスに言った言葉は、クアウテモクの死後もコルテスを苦しめたそうです。二人の関係がコルテスとテクイチポとの関係に影を落としたのだと想定しました。
テクイチポは何歳だったのでしょう。フアン・カノは彼女と結婚した時、30歳です。テクイチポは、23歳だったのか、31歳だったのか… 31歳説の方が有力のようです。
また、ペドロの死因も調べがつきませんでした。彼は、最後に愛されて亡くなったんであって欲しいという作者の思いから、本作では病死にしています。
時代と文化の違う世界を、現代のメンタリティで再構築したエンターテイメントとして、割り切ってお楽しみ頂ければ幸いです。
辛い人生を歩んできたテクイチポ/イザベルが、最後に掴んだ幸せが救いでありますように。
テクイチポ年表
1501年 または 1509〜1510年 誕生
1519年 9〜18歳 白人の到来、コルテスによるモクテスマ2世傀儡政権
1520年 10〜19歳 "悲しき夜"事件
1521年 11〜20歳 テノチティトラン陥落
1524年 14〜23歳 クアウテモク、イブラエスに同行
1525年 15〜24歳 クアウテモク処刑
1526年 16〜25歳 アロンソと結婚
1527年 17〜26歳 アロンソ死去
1528年 18〜27歳 ペドロと結婚、女児出産
1529年 19〜28歳 フアン出産
1530年 20〜29歳 ペドロ死去
1532年 22〜31歳 フアンと結婚
〜 子を5人出産〜
1550年 40〜49歳 イザベル死去
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