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メシカ最後の王妃の恋  作者: 細波ゆらり
第三章 テノチティトランを離れて
30/41

29 友人らの来訪



 チヌアがアロスでないことはわかったが、ペドロは友人たちを家に招いた。


 馬車で丸二日かかるため、屋敷にも数日滞在する。

 人手が足りず、隣の荘園の使用人を借り、大騒動だった。アロもタキも張り切って準備した。

 ペドロは自分で選んだ服でイザベルを着飾らせて、大はしゃぎだった。



 ペドロの招いた友人たちは、皆、ペドロのように戦いを知らない穏やかで気のいいヴェチーノたちだった。

 彼らは体力のないペドロに代わり、荘園の外れで野うさぎを仕留めてきた。


「血抜きして、明日にはアロス・コン・リエブレを食べられるかな」

「アロスではなく、チヌアスだけどな」

「明日は、ミガスも」


 陽気な男たちは、郷土料理の話で盛り上がる。


「羨ましいよ、ペドロ」

「ああ、本当に」


「マルティンのこと?」

 イザベルも話に加わる。


「あぁ、マルティンのことも羨ましい!」

「荘園の広さもな」

「一番羨ましいのは、美しい奥方だ」


 イザベルは男たちに面と向かってそんなことを言われるのに慣れていない。友人の妻を褒めるというのは、あまり行儀がよくないのでは、と思い、ちらりとペドロの顔を見る。


「ああ、どんどん羨ましがってくれたまえ。僕ほど幸運な男はいないのだから」

 ペドロは気を悪くする風でもなく、隣に座るイザベルの手を握って微笑む。本当に嬉しそうな表情だった。



 ペドロは友人たちが来て、張り切り過ぎたのか、早くに一人で寝室に戻ると言う。友人たちもそれに合わせて寝室に引き上げようとしたが、ペドロはカードゲームを勧め、友人らは遊戯室に移ることになった。


 イザベルは新しい酒やつまみ、葉巻を届けようと遊戯室まで来る。

 話し声が漏れ聞こえて、開いた扉の手前で立ち止まる。



「なあ、あいつの痩せ方… 」

「かなり、悪くなってるな… 」

「食事も少なかったな… 」


「痛みを止める薬は持って来たが… 」

「痛みだけ止めても… 」


「タクバの話、聞いたか?」

「ああ。少し手伝うぐらいはできるが、代わりは務められないな」

「規模が大き過ぎる」


「近隣とのいざこざも」

「それが一番の悩みだよ」


「叔父貴も同じ病で早逝したらしい」

「… 縁起でもないが、万が一の時はどうなる… 」

「ドニャ・イザベルだけでは、手に負えないだろう」


「明日、到着する連中にも聞いてみるか」

「ああ… あいつ、何故、俺たちを呼んだ? 親友のマヌエルは呼んでない?」

「まさか… 未婚者だけ呼んだ?」

「それって… 」

「やめよう、縁起でもない」



 その時、シウトリとアロがやって来た。イザベルは持っていた葉巻の箱をシウトリに渡すと、無言で引き返した。




 イザベルが寝室を覗くと、ペドロは背中を丸めて眠っている。

 友人たちが話していた内容について、問いたいが額に汗を浮かべて眠る夫を起こすわけにはいかなかった。





 翌日、さらにペドロの友人たちが数人、馬で到着した。

 ペドロと共に、イザベルもポーチで出迎える。

 友人らの前では、具合の悪さを隠そうとしているペドロに、昨夜の話を切り出すことは出来なかった。


「今日は、昨日の奴らと違って馬車じゃなく、馬でやって来るぐらいだから、活発なタイプだよ」

 厩から屋敷に近づいてくる数人を見ながらペドロが言う。


 昨夜の話からすると、ペドロのその言い方は、自分の後継者候補をイザベルに紹介しているように聞こえる。

 コルテスがメシカの女たちを褒章のように部下に与えたこと、イザベルの意向など無視して夫を押し付けてきたことを思い出す。一年近く一緒に暮らしてきたペドロがそんな真似をするわけはない、とわかってはいるが、同じことだ。



「やあ!」

 ペドロが近づいて来た人影に挨拶する。


 三人の男が大きな麻袋を抱えてやって来る。その一人には見覚えがあった。


「ペドロ! 久しぶり。実は、飛び入りで、フアン・カノを連れて来たよ。面識はあるよな?」

 一人がペドロに告げる。


「ああ、ようこそ! 飛び入りも歓迎だよ」

 ペドロは、彼らと握手を交わす。

「急な参加ですまない。アロスが必要だと聞いて、この前取り寄せたものを持って来た。僕もご相伴に与りたくてね」


「フアンを呼んだと言うより、アロスを頼んだら、フアンがついて来てしまったんだよ」

 他の一人が言うと、男たちは笑う。


「滞在を楽しんでくれ。妻のイザベルだ」

 ペドロに紹介され、イザベルも挨拶を返す。


初めまして(・・・・・)

 フアン・カノがにこやかに挨拶する。以前、彼とは会っているとペドロに言う間もなく、初対面のような挨拶をされ、イザベルも同じように返す。



 ペドロたちは、急に手に入ったアロスに大騒ぎし、屋敷の中へ入って行く。


「ドニャ・イザベル、すみません… 」

 フアンがイザベルに声を掛ける。


「いえ、たくさんいらしているから、一人増えても問題ありません。ようこそ、遠いところまでお越し下さいました」


「ありがとうございます… 面識があると言うと、ペドロが気を悪くするのではと思い、あんな挨拶を… 」

 彼は前に会った時と相変わらず、丁寧に自分の気持ちを説明する。


「… 後で、夫には説明しておきます。隠すようなことではありませんから」

「それに、最後にお会いした時、あなたの気分を害してしまったことを、お詫びします」

 イザベルは記憶を辿る。


 フアンに花壇を手入れして貰った。

 前の夫が亡くなった後だった。

 悔やみを言いに来たと言う彼が、前夫ではなく、クアウテモクの悔やみだと言い、クアウテモクを話題に出されたことに怒ってイザベルは立ち去ったのだった。


「ああ… 」

 悪意はなく、むしろ気遣いだったのに、それを感情に任せて跳ね除けたのは、子供じみた反応だった。

「あの時は、こちらこそごめんなさい。気持ちの不安定な時期で…」


「いえ、無神経だったと思い、お詫びしたかったのですが、お会いする機会がなくて… 」

 背の高いフアンを見上げると、誠意ある眼差しだった。一年以上前のことを、気に病んでいたのかと思うと、浅はかな態度を取ったことが悔やまれる。


「もう、お気になさらないで。どうぞ、今晩は夫の作るアロスを楽しんでくださいね」


 フアンは安堵の笑みを浮かべ、二人で屋敷に入った。





 彼らの滞在は、たくさんの笑いをもたらし、屋敷の空気を明るくした。また、アロス・コン・リエブレという、野うさぎの肉と野菜をアロスという稲の一種で炊き込んだ料理は大成功し、皆で郷土の味を堪能することもできた。

 メヒコ市内に住む友人らは、彼らの荘園ではできない野山での狩りを楽しみ、また来ると言って去って行った。あっという間の出来事だった。




   §




「イザベル、ありがとう。無事にもてなしができたのはあなたのおかげだ」

 皆が一斉に帰り、急に静かになった居間でペドロが言った。


「またお招きしましょう。あなたが楽しんでくれて良かった」

 明るく、よく喋り、気配りができるペドロは友人らにとても慕われていた。同世代の男たちと一緒にいるのを見ていると、彼の良いところを再認識させられた。


「… 前から相談しようと思っていたんだけれど、タクバの管理を手伝ってくれる人を探してる。あなたは、僕の友人の中で信頼できそうだと思う人はいた?」

 イザベルは、似たようなやり取りを思い出す。


 コアナコッホが兵を率いて寝返った時だ。あの時、イザベルは一番最後に拒否する権利を貰っていた。しかし、全員が賛成しているのを知った上での話だ。イザベルがどう結論を出しても、クアウテモクが責任を取ってくれる状態だった。

 しかし、この質問は前提が全く違う。



「あなたは、友人たちの中で誰を一番信用できると思っているの?」

 イザベルは訊ね返した。


「一長一短あるだろうし、彼らにはっきり意思確認をしたわけじゃない。それに、あなたの所有する資産だ。あなたの決定に、僕の意向を入れる必要はないよ」

 ペドロはイザベルの内心のもやもやに気づかない。


「誰かを選ぶって言うのは、あなた… 自分の代わり(・・・)を選んでって言っているように聞こえる。それは、荘園の管理者の話? それとも… 私の夫の役割のことを言ってる?」

 ペドロを傷つけたいわけじゃない。だが、ペドロはイザベルを傷つけている。不吉な言葉を避けるように言葉を選んでも、どうしてもその話は避けて通れない。


「… イザベル。苦しませてごめん。最後まであなたに頼られる存在でいたいけれど、無理だ。僕はそれを受け入れてるよ。今までに会った中から決めなくてもいい。また、連れて来るから… 」


「そんな話じゃない… 」

 イザベルはペドロの足下に崩れ落ち、彼の膝に縋りながら涙した。



 イザベルにとって初めての穏やかな生活は、脆く崩れ始めていた。



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