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メシカ最後の王妃の恋  作者: 細波ゆらり
第二章 変わり果てた街 テノチティトラン
22/41

21 ふらりとやって来た青年



 コルテスが白人たちを引き連れてイブラエスと呼ぶ南方を目指す旅に出て、それにクアウテモクが連れて行かれたのだとわかったのは暫くした後だった。


 館には、神官だけが残った。街にいた白人の戦闘員は激減したが、残されたメシカ人たちが反乱を起こすには至らなかった。

 それは、荒廃した畑を一から耕し直し、毎日の食糧を得なければならなかったことが大きいだろう。また、クアウテモクを含めた貴族ら、指導者層はみな白人の捕虜となり、その旅に連れて行かれ、人々を奮い立たせる原動力もなかった。


 神官は残ったメシカ人を束ね、自分と奴隷たちの生計を立てた。

 テクイチポでさえ、コルテスたちのような強欲な荒くれ者が去ったことで、毎日の生活から憎しみは薄れていった。



 クアウテモクが去る前に始まった "住民貴族" による評議会は、当初は右往左往したが、今の状況の中で受け入れるべきところ、受け入れられないところを線引きしながら、主張を繰り返すようになった。

 これを進める内に、初めにやってきたコルテスら簒奪者たちではなく、彼らが本国と呼ぶ国から後からやってきた高官や、聖職者たちといかに協調しながら、交渉するかが大切だとわかった。

 そして、彼らと話をするうち、テクイチポは彼らの言葉をほぼ理解し、話せるようになっていた。


 

 

 クァクァウティンは、脱出を何度もテクイチポに持ち掛けたが、クアウテモクが帰って来るのを待つために断った。クアウテモクが残るのに、去ることなどできない。



 月に数回、評議会や白人の依頼のために出掛け、それ以外は屋敷で穏やかな時間を過ごしていた。

 初めに押し込まれていた屋敷から、別の場所に移された。そこには庭があり、テクイチポはかつての花の都テノチティトランを思わせる庭園を再現することを日々の楽しみにしていた。

 これは、極力、使用人たちの手を借りずにやった。クアウテモクが帰って来た時に、見せたかったからだ。



 ある昼、ツバの大きな帽子に軽装で、土いじりをしていると、手元に影が差した。


「こんにちは」

 見知らぬ若い白人が立っていた。


「… 」

 テクイチポは警戒し、返事をしなかった。


「神父を訪ねてやって来たんだけれど、道を間違えたようで。僕の言葉はわかる?」

 彼は早口に捲し立てる。


「だいたいわかりますが、もう少しゆっくり… 」

 テクイチポは手を止めず、俯いたまま答える。


「すみません… 」

 本国(・・)の人は、早口である。本国人同士の会話は速過ぎて聞き取れない。テクイチポたちも、本国人に聞かれたくない話をあえてナワトル語で話すことがあるが、彼らも聞かれたくないから早口で話しているように思う。彼はそのぐらい早口だった。


「神父の館は隣ですが、この時間はこちらの建物のその扉を入って右の部屋に。お帰りになるなら、この庭の南側の小径から本棟へ向かって」

 この青年がどこに行きたいのか、聞き取れなかった。神父は今、テクイチポの館でシューマに言葉を教えている時間だ。

 敷地の入り口の警備が許可して、自由に歩き回っているなら、身元のはっきりした人物なのだろう。テクイチポは顔を上げ、それぞれの方向を指差す。


「充分聞き取れてるよ… ありがとう」

 青年は、テクイチポの館に向かって歩き始める。


「ああ、そうだ、素敵な庭だ。かつてのテノチティトランの大通りも、こんな花壇だった」

 青年は振り返り、テクイチポの元に戻って来る。


「約束の時間より早いんだ。少しお喋りに付き合ってよ」

 先ほどの口ぶりからしても、どうやら、彼はテクイチポが誰かわかっていないようだった。庭仕事用の服を着ているのだから、当然だ。


「何のお話?」

「僕は、先週、ミチワカンからテノチティトランに戻って来た。それで… この数年に起きたことを記録しているんだ」

 テノチティトランは最近、名を変えられた。彼らの言葉で、メヒコ市と。彼はそれを知らないのだろうか。


 テクイチポは手を動かし続ける。

「… 今までも、今も、だけれど… 僕たちが、あなたたちの街や文化を壊したことへの償いになるなら、と思って、新体制に投げ込みをしたいのさ。微力ながらね」

 青年は、一人の()()市民である使用人に話しているつもりのようだった。まさか、住民貴族の評議会の代表で、王妃であるとは思っていない。

 彼は平易な言葉を選んで話そうとしているが、それでも彼の言葉は難しすぎて、言葉を覚え始めた市民だったとしたら伝わるわけがない。それが滑稽で思わず揶揄いたい気持ちになる。


「まあ、どんな投げ込みを?」

 雑草を抜きながら、笑いを噛み殺す。


「今は、この地で戦った本国人の長を "総督" として、街を治めているんだけれど、それはまるで… 何と説明したらいいんだろう… 個人のもののようにしている。本国のルールとは違うルールを勝手に作ったりね。でも、それは、本国の考えとは違っている。本国は、君たちをもっと丁重に… 同じように守るべき国民として扱いたいんだ。だから、今の実情をきちんと理解して、直すべきところは直したい。僕の言っていること、わかる?」

 青年は、テクイチポの顔を覗きこもうとするが、ツバが邪魔なようだった。顔を見たら、テクイチポが誰か気づいてしまうかもしれない。


「わかるわよ。立派な志ね」

 今、まさに彼らが現地(・・)の住民と呼んだ市民のために、テクイチポたちは協議をしているのだ。


「そう思ってくれるなら、嬉しいな。きみは?」

「何が?」

「少しは、暮らしはマシになった?」


「… そうね… 家族が帰って来るのを待ってるの。それが唯一の望みよ」

「… そうか… 」

 帰らぬ家族を待っている人は多い。戦乱の最中に亡くなったり、はぐれたまま強制労働に連れて行かれたり、皆が生き別れを覚悟している。


「きみの花壇に欲しい苗があったら、僕に言って。あちこち飛び回ってるから、大抵のものは手に入るよ」


「ありがとう」


 テクイチポが男に話しかけられているのを見つけ、アロが館から走り出てくる。


「神父の時間が空いたのでは?」

 テクイチポがアロを指差す。


「ああ… また今度、きみの話を聞かせてほしい。僕はフアンだ。きみの名は?」

「テクよ」

 名を明かすのは面倒だと思い、はぐらかす。



「テク、またね!」

 最後までテクイチポを使用人と疑わず、青年は笑顔で去って行った。




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