20 出発
それから数日すると、白人たちの出入りが激しくなった。
男たちが宴会をし、テクイチポたちの部屋に押し入ろうとする騒ぎがあり、またも神官が押し留めるという事件もあった。
神官によると、クアウテモクが黄金の場所を告げ、それが見つかった宴だと言う。
クアウテモクがテクイチポを抱いたことが、黄金の場所を告げる契機になったのでは、と頭を過る。それを告げた今、クアウテモクは白人にとって生かしておく価値はあるのだろうか。
悲劇の引き金を引いてなければいい、テクイチポは願った。
不安な気持ちが付き纏ったが、結果的には、それから穏やかな日が続いた。
白人たちは忙しく立ち回り、クアウテモクたちをいたぶる暇さえない、という様相だった。または、もう彼を苦しめる理由がなくなったから。
この館に来て、二年半。女たちは反抗的な態度を取らなかった。これは、シューマを始めとする子どもたちを守るために女たちが従順な態度を取ったからだ。
また、神官が女と子どもを徒らな虐待から守り、彼との間に信頼関係ができたことも影響した。
結果的に、テクイチポらの待遇はゆるやかに改善され続け、敷地内を自由に歩けるようにもなった。
敷地内で強制労働させられているメシカ人のほとんどは、テクイチポを認識すると、かつてテノチティトランの市場で皆がクアウテモクに取ったような仕草をする。
彼らから、街の様子を聞くことができるようになった。
白人が連れて来たトラスカラ人戦闘員は帰るか、別の場所に戦いに出て行った。テノチティトランから逃げ、生き延びた市民や、周辺の焼き払われた街の人々が街に戻っていると言う。彼らは奴隷になった者もいれば、うまく白人に取り入って商売を始めた者もいる。
そして、この静けさの間、マサトルの手引きでクァクァウティンがテクイチポとクアウテモクに会いに来た。
彼がクアウテモクから任された任務については、語らなかったが、テノチティトラン周辺を行脚していたと言う。
その中で、蜂起したいと言う領主たちの声を集めてきた。
しかし、クアウテモクに一蹴された。逃げるには、彼の精神は気高すぎた。それに、疲弊した市民に戦いを強いることはできないと言う。テトレパンケツァルやコアナコッホらが別の場所に移されていなければ、再起を賭けようと説得できたのかもしれないが、彼らはもうここにいなかった。
クァクァウティンは、白人らの進出計画にない北方を目指して旅立つことを提案した。道のりは長く、気候も土壌も違うが、人の住まない開けた場所があると言う。
「お前も、水浴びが必要だな」
「何ですか? 水浴びとは?」
クァクァウティンが首を傾げる。
「いや、いい。民を連れての移動はできない。私が生き残ることに意味はないだろう?」
「私には意味がある」
テクイチポは口を挟む。
「… 王と王妃でなければ、まだ生きたい。しかし、そうではない。自分の国と文明に汚名は着せない。王が逃げた国にはしない。これは、変わらない」
「テクイチポ様だけでも… 」
「それは、テクイチポに聞け」
クアウテモクはテクイチポを見る。
「私は、あなたがいる限り、ここにいる… 」
「クァクァウティン、引き続き、テクイチポを守ってくれよ… 」
クアウテモクは決して頷かなかった。
白人は、クアウテモクを崇拝するメシカ人を警戒していた。そのためにテトレパンケツァルとコアナコッホは、この屋敷から引き離された。クァクァウティンによると、最も締め付けが緩いのがこの館で、他の場所は立ち入ることも困難だと言う。
それを聞いたクアウテモクは、クァクァウティンに自分にもう会いに来るなと告げた。それは、救出への明らかな拒否だった。
彼がテトレパンケツァル、コアナコッホを見捨てることがないことをテクイチポもわかっていた。
日が経つにつれ、白人らが不在がちな理由が噂された。
彼らの国から貴人が来るからだとか、コルテスが別の場所に戦いに行くからだと言う。
そして、その日は、急にやって来た。
大勢の馬に乗った白人らが館にやって来た。
窓から庭を見ていると、足を引き摺りながら歩く人影が見える。
メシカの王の正装をしたクアウテモクだった。
彼は助けを借りながら馬に乗る。
馬上に落ち着くと、敷地を見渡した。
テクイチポは開いた窓から声の限りに、彼の名を叫んだ。
クアウテモクは、テクイチポの声の方を振り向き、手を上げた。
テクイチポも窓から手を出し、それに応える。
偉大なるヒューイ・トラトアニの姿がそこにあった。
二人でチャプルテペクを馬で駆けた、テクイチポの最愛の夫の姿が蘇ったようだった。
そして、王は長い馬隊に連なり、敷地を出て行った。




