18 ヒューイ・トラトアニの信望
日が経つに連れ、テクイチポたちの状況は変わって行った。
同じ部屋にいた女たちも減っていった。それは、コルテスが指名した相手にあてがわれていく場合がほとんどだった。
彼女たちが部屋から去る前には必ず、神官から新しい名を授けられ、彼らの神を信じるように諭された。
そして、館の中にも多くのメシカ人が働かされるようになった。メシカ人に対し、白人が圧倒的に少ないせいだ。白人たちは、使用人も持たずに遠い国からやって来たということもわかった。
監視者が少ない中で、使役されるメシカ人の出入りが増えれば、それだけ館の外、街の情報が手に入るようにもなった。
早くに白人に降参し協力した都市の貴族たちは、元の土地に戻り、テノチティトランにしていたように、年貢を納めることで自治を任された。
貴族の中には、テノチティトランに新たな場所をあてがわれて、農業や軽工業を始める者もいて、人々が新たな生活を始めたこともわかった。
市民の多くは、白人や白人に管理されたメシカの貴族たちに仕えさせられた。そうでなければ、強制労働に駆り出されるか、奴隷として売買され、楽な暮らしはできなかった。
神官や食事を運ぶ奴隷たちからの断片的な話から、コアナコッホや他の将軍を含めた数人が、火で炙られているが、クアウテモクが一番酷いと言う。見兼ねた神官が医師を呼んだとも聞いた。
クアウテモクを治療する理由の一つは、周辺の自治区や、強制労働の場にクアウテモクを王として連れて行くためだという。
白人らはクアウテモクを館の中で虐待、拷問する一方で、ヒューイ・トラトアニとの共同統治であると市民に見せかける。
ある晩、コルテスを含めた白人たちの多くが館から出掛けて行った。神官とテクイチポたちだけなのか、急に館が静かになり、テクイチポたちもいつになく、気を許していた。
「テクイチポツィン… テクイチポツィン… 」
窓の外から、男の声が聞こえる。
白人たちは、テクイチポツィンとは呼ばない。
窓に近づくと、奴隷の服を着たメシカの男が立っている。
「ありがとうございます… 」
男は、テクイチポの手を自分の額に当てるかのような仕草をする。
「私は、王様の部屋の世話係のマサトルです。王様の様子がおかしいのです。王妃様、王様をお助け下さい」
初めて見る顔だ。
「… 今、どうしてるの? 怪我は?」
その男が信用できるのか、できないのかわからない。しかし、クアウテモクの様子がわかるなら、どちらでもよかった。
「別の棟の地下にいます。怪我は良くなったり、悪くなったり… 食べ物は食べます。何もない時は眠ります。私らに、希望を捨てるな、と言ってくださいます。しかし… 」
マサトルは、表情を暗くする。
「テトレパンケツァル様が宝の在り処を喋ってしまえ、と仰ったのに、"水浴びをしろ" と答えたり… 急に、"この館には、鷲が飛んでいる"と仰ったり、戦いはもう終わったのに、"早く出陣したい"と仰ったり… 」
「…… 」
テクイチポは返事が出来なかった。
水浴びをしろ、は、余計なことを言うな。
鷲が飛んでいる、は、クァクァウティンがいる。
出陣したい、は、テクイチポの顔を見たい。
今までのクアウテモクとの会話が思い出される。
涙が頬を伝う。
「気が触れてしまったのではないかと… テトレパンケツァル様が隣で炙られているときにクアウテモク様はおかしなことを言います。突拍子もないことを仰るから、テトレパンケツァル様は炙られながら大笑いするのです。それが、また男たちの怒りを買うのです… 」
マサトルは続けた。
「王妃様のこの建屋は鍵がかかっていて、私には入れません。もしかしたら、鍵を盗める日があるかもしれません。今日みたいな日があったら、鍵を盗んで来ます」
「無理はしなくていいの。見つかったら、あなたは罰を受けるわ」
「私らのために、戦ってくれた王様の心が安らかになるなら、罰は怖くありません。それで死んでしまうなら、むしろ神々は喜ぶでしょう。今も、ヒューイ・トラトアニをメシカ人は心の支えにしています」
「ありがとう。クアウテモクに届け物はできる?」
マサトルは頷く。
テクイチポはカヌーで運び出した荷物の内、この部屋に持ち込むことを許された包みを開ける。
その中から、王宮で使っていた小さな手拭いを取り出す。
「これをクアウテモクに渡して。愛している、と伝えて」
窓の隙間からマサトルに手渡す。
「あと… あなた、自由に歩けるのなら、白人が近くにいないときに、館の敷地をお散歩したらいいわ。身体のためにね」
マサトルはテクイチポの唐突な話に驚いた顔をしたが、素直に頷いた。
「また来ます」
マサトルは、去って言った。




