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メシカ最後の王妃の恋  作者: 細波ゆらり
第二章 変わり果てた街 テノチティトラン
18/41

17 王の役割



 人々の強制労働によって、街の復興が始まり、一度廃墟になったかつての花の都テノチティトランは、石造の建物が立ち始めた。

 自然と共存しながら湖に浮かぶテノチティトランの美しさは消え去り、埋め立てられていった。


 テノチティトランの法律では、道にごみを捨てるだけで死刑になることもあり、公衆衛生が保たれていたが、白人たちは街を汚す。汚水の管理もできない。彼らの国で疫病が流行る理由がよくわかる。

 人々はそれを掃除させられながら、美しいテノチティトランを思い出す。ごみを捨てるだけで罰するテノチティトランの法律を白人たちは笑い飛ばしたが、彼らは法に基づくことなく人々を殺した。



 コルテスは街の統治者として君臨していたが、彼の国から彼が傅かねばならない白人がやって来ると状況は変わった。

 まるで王のように振る舞うコルテスが、決して高貴な身分ではないということがわかると、さらに嫌悪感が募る。彼が彼の国の王や高い身分の神官に必死に取り入ろうとしているのは滑稽だ。


 権力は分散され、コルテスの思い通りにはならないことが増えて行った。

 彼の仕事の一つは、テクイチポやクアウテモクを連れて、周辺の街を周り、傀儡の首長を牽制し、年貢を取り立て、信仰を押し付けることだった。



 その日も、テクイチポは遠くまで出かけると言われ、支度をした。数日かけて、馬車に乗り、周辺の街へ信仰替えのために赴くのだという。

 テクイチポも神官から、彼らの教えを毎日聞かされているが、その話題については何を問われても、答えていない。そんな状況で、連れ出されても、彼らに協力する気はない。



 外に出ると、馬二頭に大きな木製のカゴを牽かせる乗り物が二台待っていた。白人に言われるがまま、後ろの一台に乗り込むとクアウテモクが中に座っていた。


「おいで… 」

 クアウテモクはテクイチポを見るや、腕を広げる。


 やつれたクアウテモクの腕に飛び込んだ。

 腕や足は傷を治療するために布が巻かれ、装いで隠されていた。



 


 暫く、無言で抱きしめ合う。馬が進み出すとクアウテモクが話し始めた。

「残った貴族の一部は解放されて、街に帰った。その条件は、改宗し、白人たちの統治に協力すること」

 

「… 」

 絶対に譲らない、譲れないと言っていたものは、結局彼らの思い通りにされた。


「貴族たちと評議会を再開する。白人たちは少なすぎて統治出来ないからな。それに、私たちにも奪われた権利を主張するための組織が必要だ」


「… あなたも参加する? 自由に発言できるの?」

「ああ、私も、お前もだ。建前上は、私たちが会を代表する。自由に(・・・)とは、難しい質問だな… 」


「なあ、言葉は覚えたか?」

 クアウテモクの目が笑っている。この期間、言葉を覚えるには決して充分な期間ではないのだが、テクイチポは何をしていたのかと試している。


「神官が話す言葉はだいぶ… でも、自分で話してみたことはない。あなたは?」

「周りで話している言葉の一部はな。あいつらの話がわからないことには… 死活問題だ」

 笑って言っているが、テクイチポたちの扱いとは雲泥の差だ。本当に生死の問題だ。


「あいつらにも、法がある。あの男(コルテス)はそれを無視するから、権力を奪われている。あの男は、非難されている。最近は、法に則って統治するよう圧力を掛けられている」


「法がわからなければ、私たちも対処できないということ?」

「そうだ。武力で押し合うのはもう終わりだ。それをしても大きな変化は生み出せない。知識、知力、交渉力で戦え」

 クアウテモクはテクイチポの手を握りしめる。


「まるで他人事!」

「ハハ! 私の出来ることはするさ。しかし、数の力も必要だ」


「… 土地と労働力を持たされた貴族たち?」

「そうだ。私とお前には、土地も人も持たされていないだろう?」


「… だから、建前上の代表、と言ったのね?」

「そうだ。単なる象徴(・・)だ」

 力なく呟いた。


「もう、犠牲を出させない。それが私の意思だ」

 テクイチポはクアウテモクを見つめる。彼の目は強く穏やかで、それが迷いのない明確な決意だとわかる。


「改宗… は?」

「… さあな。私たちの街には… 十分の一も残っていない。大半が犠牲になった。驕り高ぶった私たち王族への罰だと思うか?」


「… 」

 それにはテクイチポも答えられない。


「私たちの神が与えた試練だろうか… 彼らの神は、信仰しない者を救わない。私たちは、世界を守るために神に仕えてきたつもりだ。民の信仰の強い弱いに関わらず… 私たちが神に仕えることでこの世界が保たれると信じてきた。しかし、祭祀をしなくなってからも、太陽は昇り、雨は降る」


「私には、これこそが試練だ。神々を疑っているのではない。神への仕え方に間違いがあったのではないか、と… 信仰は、一人一人の心の内にある。目に見える形を追い求め過ぎたのか、と… 」


「これは、私の心の中の問題だ。お前はお前で考えろ」

 クアウテモクはテクイチポの頭を抱き寄せる。


「… 形に囚われない… 」

 テクイチポはクアウテモクの言った意味を反芻する。


「お前は、行き過ぎた祭祀に反発していただろう?」

「! 口に出したことなどないのに、何故知っているの?」


「ハハ! 供犠を口にしないしな… 」

 クアウテモクは思い出して笑う。


「それに、供犠を間引いていたのは知っている。女を逃したな?」

 クアウテモクは、テクイチポを見つめる。随分と昔の話だ。ウィツィロポチトリの背中を思い出す。


「あっ… 」

「あの一家は、よく仕えてくれた。あれの兄たちは皆、勇敢な戦士だったが命を落とした。祭祀に出られるのはあの女しか残っていなかった… 」


「… 」

「後になって、嫉妬深いお前が何故そんなことをしたのか、考えたが… お前にとって、人の命はとても重いんだろう… メシカの信仰におけるその価値以上にな。否定はしていない。私もお前に言っただろう? 命の価値を変えようと。信仰は心の拠り所だ。どの神でもいい。お前の拠り所になるものを見つけろ。それは、他人が外から押しつけるものでもないし、他人に覗かれたり、判断されるべきものでもない」

 クアウテモクはテクイチポの肩を抱きしめる。


「… 心の拠り所はあなたよ。これは一生変わらない… 」

「それは、私も同じだ。信仰とは別の話だがな… 」

 クアウテモクはテクイチポの目を覗き込むと、優しく微笑んだ。



 この日以降、二人は心の内はどうであれ、白人が要求する限り、人々の前に立った。白人の信仰を受け入れることが、人々が生きていくための条件だったからだ。








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