16 残虐な仕打ち
それから、何日もテクイチポは泣き続けた。
テクイチポら、カヌーに残された女と子どもは、コルテスが本拠地とした館、以前はメシカの貴族の住まいだった建物に移送された。
先にカヌーを降りた男たちも同じ敷地にいるようだったが、女たちは、建物の離れに押し込まれた。日に一度、食べ物が渡され、飢えることはなかった。テクイチポは食べる気力さえなかったが、アロやタキに説得され、少しずつ食べ物を口にした。
時折、卑しい目をした白人の男らがやって来たが、彼らの神官だという男がテクイチポらの部屋を見張っているらしく、彼らを諭して、帰らせていた。
その神官はメシカの言葉を少し知っていた。また、白人らの奴隷にされていたタキは白人の言葉が少しわかる。
神官とタキは互いにわかる少ない言葉で会話した。他の白人の男たちとは違い、神官が暴力とは無縁で穏やかであることは救いだった。
ある日、神官がテクイチポが持ち出しもしなかった王妃の正装を持ってやってきた。
「これに着替えて、広間へ、と言っています」
タキが神官の言葉を言い換えるが、テクイチポは拒否した。
「あなたは座っているだけでいい。あなたは、その立場で守られている。心配しないでください。あなたの夫にも会えますよ」
神官が言葉を続ける。
テクイチポは訝しんだが、クアウテモクに会えるという言葉に飛びついた。
広間に集められたのは、見目のいい若い女だけだった。
カヌーに乗っていた仲間とは別に、別の場所で囚われたであろうメシカの貴族たちだった。テトレパンケツァルの娘たちもいた。
女たちはどこで捕えられ、どこでどんな扱いを受けているかをこそこそと話し合う。
「娘たちはもうほとんど… 」
「貴族の娘は褒章か配給のようなもの。どんどん配られていく」
「身体を許せば殴られない。他に身を守る手段はないわ」
「教義では、妻は一人しか持たないと言うのに」
「正妻にはしないということよ」
「二人目以降の妻は認められないと言ってるわよ」
「子どもと私たち女の面倒を見てくれるならいいけど… 」
「突然、国に帰ると言われたらお終いよ」
「父親が誰だかわかるなら、ましなのでは?」
「そうね。あの男が味見してからの配給だもの」
「どっちの子どもかなんてどうでもいいと思ってるのよ」
女たちの会話を無言で聞く。
暫くすると、コルテスが部屋に入って来た。
「こちらへ」
コルテスの言葉を背後にいた神官がテクイチポに伝える。
雛壇の中央にコルテスが座ると、その隣に呼ばれた。
離れて座ると、コルテスはテクイチポの腰に手を回し、ぴたりと寄り添わせる。
怒りと吐き気を堪え、テクイチポは下を向く。
他の女たち、つまり、まだ配給されていない女たちはコルテスの周りに座らされた。
酒と食事が並べられると、白人に囲まれ、メシカ人が入ってくる。
テトレパンケツァル、コアナコッホに続いて、クアウテモクが入って来た。テクイチポを見て、驚いた顔をしている。
クアウテモクは着飾り、コルテスに侍るテクイチポをどう見たのだろう。
味見されたと思うに違いない。
そう思うと、テクイチポはクアウテモクと視線を合わせることが出来ない。クアウテモクの方は、車座の正面に腰を下ろしてからも、テクイチポをじっと見ているようだった。
白人たちがメシカの王侯貴族をもてなすという構図の宴だったが、メシカの男たちの顔は険しかった。コルテスや白人たちに侍らされている女のほとんどは、彼らの妻や娘たちだったからだ。
「酒をついでやれ」
コルテスは一人ずつ女を指差し、行き先を指図する。
それは、自分の夫や兄の時もあれば、わざと違う相手を示す時もある。
ようやく顔を合わせた夫婦、家族の落胆する顔を楽しんでいる。そして、女が横を通り過ぎる度に、白人たちはその胸や尻を触るのだ。男たちの外側を歩く女が小さく悲鳴を上げるのを、その夫や血縁が顔を顰めるのを、白人たちは面白がる。
テクイチポは思わず、クアウテモクに視線を合わせた。
その瞳はテクイチポを呼んでいた。
自分が名指しされる前にテクイチポは立ち上がると、車座の中心を横切り、正面のクアウテモクの元に向かう。
コルテスが何か言ったが、振り返らなかった。
クアウテモクはテクイチポが近づいてくるのを、じっと見つめている。テクイチポも周りの反応を見ては怖気づいてしまうと感じ、夫だけを見て進んだ。
数歩のところまで来ると、クアウテモクは左膝を倒し、座る場所を示す。安堵の気持ちと共に、するりとその膝の中に座り込んだ。
クアウテモクに背中を預け、先ほどまで座っていた方を見ると、コルテスは苦虫を潰したような顔をしている。その部下たちは不愉快そうに目を逸らした。
「辛い目に遭ってないか?」
耳元でクアウテモクが囁く。
「今のところは。あなたは?」
「お前に会えるなら、充分だ」
クアウテモクは話しながら、テクイチポの耳に口づける。
それからは楽しい話ばかりをした。テトレパンケツァルやコアナコッホも加わり、昔話に花を咲かせた。囚われてからの話もしなければ、未来の話もしなかった。
クアウテモクたちの手足についた新しい傷は彼らが受けた仕打ちを想像させたが、そんな話をしてこの時間を無駄にしたくないと皆が思っていた。
§
それから数日後、夕方に建物の外から男の声が聞こえてきた。
テクイチポたちの部屋の窓には板が張り付けてある。板の隙間から外を見ると、白人たちが集まっており、その輪の中で火が焚かれていた。
暫く眺めていると、男の絶叫が聞こえてきた。テトレパンケツァルの声だ。白人たちが、何か囃し立てている。
続いて、囃し声の合間にうめき声が聞こえる。
「あああ!!!」
クアウテモクの声だ。
二人の叫び声がこだまする。
「テクイチポ様… 」
窓際で震えるテクイチポの元にアロとタキが駆け寄り、身体を支えた。
「何をされてるの… 」
見えないが、火を使って痛めつけられているのは間違いない。
意味をなさない叫び声の合間に、テトレパンケツァルが叫ぶ。
「知らぬー!!」
「タキ、白人たちは何をしてる?」
「… わかりません… 」
窓の板に張り付くように、目を凝らす。
いつの間にか、背後に神官とコルテスが立っていた
「……… 黄金……… 」
コルテスが彼の言葉で何か言う。途中に、メシカの言葉で、黄金と聞こえた。テクイチポはタキを見つめる。
その合間にも、外から二人の絶叫が聞こえる。
「黄金の在り方を教えろ、と。しかし、言ったら、王は殺されてしまいます」
タキは声を落とし、テクイチポの耳元で言う。
「…… 」
言葉を失った。そのために、二人をあのような生き地獄の目に合わせるのか。
「王妃は知らぬと言っています」
タキが声を張り上げる。
コルテスは、苛立ちを隠しながら同じ言葉を何度も繰り返す。
その度にタキが答え、神官が言い換える。
そのやり取りに諦めがついたのか、やがてコルテスは部屋を出て行った。
二人の叫び声と二人を脅す男たちの声はその後も続き、テクイチポも声を殺して泣き続けた。
それは、続く日もあれば、数日空けて行われる時もあった。
テクイチポたちの部屋から見える場所の時もあれば、どこか離れた部屋の時もあった。
何日経ったのか、テクイチポにはわからなかった。季節はいつの間にか変わろうとしていた。




