15 最後の演説
クアウテモクと白人の間を何度も使者が行き来した。条件を提示しては拒否され、相手の条件を拒否し、また対案を出しては拒否されることを繰り返す。
交渉を続ける間も、市街地の戦闘は繰り返され、何度も兵を出した。
条件はどうであれ降伏は免れないと、クアウテモクは覚悟した。
近臣とテトレパンケツァル、コアナコッホ、テクイチポだけを呼び、彼がそれを告げると、皆が受け入れた。テトレパンケツァルさえ、無言で泣いた。
そして、将校、貴族、王族たちを館の前の庭に集めると、皆に語りかけた。
「我々の太陽は消滅してしまった
我々の太陽は自らを隠してしまった
私たちを真っ暗闇に置き去りにして
しかし、我々は知っている
我々を照らすために、太陽が復活し、戻ってくることを
太陽が沈黙する間
皆で力を合わせ、抱きしめ合おう
我々が愛するすべてのもの、我々の素晴らしい宝を
我々の心の内に、隠そう
全ての寺院、学校、神聖な祭祀を
壊してしまおう
道は打ち捨てられるだろう
そして、新しい太陽が昇ってくるまで
家が私たちを守るだろう
子を持つ父、母たちは
生涯、子を導くことを忘れず、
生きている間に教えてやって欲しい
先祖たちが信じた敬意と敬虔さにより
今までここアナワクで我々の定めが
庇護されていたこと
それがどんなに素晴らしいことだったかを
我々の親たちがそれを享受し、
我々の中にそれを根づかせたことが
どんなに素晴らしいことだったかを
そして、今、我々は子どもたちに教える
自らを高め、強さを身につけてゆくことが
いかに素晴らしいことになるか
彼らの定めを果たしてゆくことが
いかに素晴らしい未来をつくることになるかを
我々が愛する母なる大地、ここアナワクにおいて」
クアウテモクの口から紡がれた言葉を皆が噛み締め、受け止めた。そして、敬慕するクアウテモクを前に、涙を流した。
クアウテモクは、傷だらけになり戦ってきた一人一人を抱きしめ、労った。
「さあ、涙は終わりだ。私の言葉を皆に伝えよ! そして、最後まで、我々の宝である女たち、子どもたちを守るのだ!」
熱狂的な咆哮の元、皆は持ち場に戻って行った。
「テクイチポ様、この屋敷も数刻は持ちません。トラスカラ兵に囲まれます!」
クアウテモクの演説の翌朝、将軍の一人がもたらした報告により、仮の屋敷からも退却することになる。
「クアウテモクは?」
「市街で指揮をされています。後で合流する、と」
テクイチポは王宮を出た時と同じように、人をまとめ、物をかき集めてカヌーに向かう。
街から戻ったテトレパンケツァルらと共に、幼い親族とアロたち使用人をカヌーに乗せて行く。
「テクイチポ様、お召し物の上からこれを!」
アロが手渡したのは、タキの服だった。身分を隠すよう用意されたものだった。装飾具を外し、タキの服を被る。
カヌーを出そうとした時、傷だらけのクアウテモクがカヌーに走って来た。
「ここよ!」
テクイチポが手を差し出すとクアウテモクが乗り込む。
「出発だ」
クアウテモクの言葉でカヌーが動き出す。
「あ! オセロメーとクァクァウティンが岸に!」
先ほどまで同じカヌーに乗っていたはずの二人が岸で手を挙げているのが見える。
「あの二人には、別の任務を与えた」
クアウテモクが答える。
テクイチポはクアウテモクにしがみつき、視界で小さくなる二人を目で追った。二人は船着場の篝火を消すと、夜の闇に紛れて行った。
屋敷が見えなくなるところまでやって来ると、白人の小型船と遭遇する。何度も隠れて躱わす。あの男のところまで行かねば、無駄死にになる。
しかし、何度目かの遭遇で振り切れないと観念すると、クアウテモクはカヌーを止めさせた。
「トラスカラでないだけマシか」
クアウテモクが呟く。
「マリンチェ!」
クアウテモクが叫ぶ。
マリンチェは、白人に仕える通訳の名だ。クアウテモクは通訳を求めた。通訳を求めれば、白人を指揮するあの男が出てくるからだ。クアウテモクが名を口に出すことも疎ましく思う男。
白人の船に牽引され、カヌーは近くの土手道に横付けされた。
テクイチポはクアウテモクの腕にしがみつくが、彼はテクイチポに短く口づけすると、自らカヌーを降りた。
松明を持った白人らが近寄ると、クアウテモクは跪いた。
白人に拘束され、彼らの言葉で話しかけられているが、松明に照らされたクアウテモクは押し黙っている。
どれだけの時間が経ったか、馬に乗った白人らがやって来た。
あの男が馬から降り、クアウテモクの前に出る。
「間違いない。クアウテモクだ」
男が部下に告げる。
「マリンチェ、私はこの帝国の正統な王として、この国と民を守るため、私に求められることを全てやってきた。これは、私が望んだ結果ではないが、受け入れる。そして、今、私が望むのは私の死である」
クアウテモクは、男を正視しそう告げると、男の短剣を指差した。テクイチポの頬に涙が伝う。
通訳は、クアウテモクの言葉を彼らの言葉に置き直して男に伝える。
みるみる間に、男は紅潮する。
その名前さえ呼ばず、正統な王と賤しい簒奪者とを区別し、クアウテモクが言外に罵ったことを男は理解した。
「マリンチェ、この街を見よ。これだけの人の命を惨たらしく奪い、文化、人々の生活、自然を破壊する行為は、私の神だけでなく、お前の神をも冒涜する許されざる行為だ。これは、私とお前が引き起こした結果だ。だから、私は、お前の罪も含めて、私の命をもって償うつもりだ」
クアウテモクが続けて言った。クアウテモクはその高潔さをもって、男を侮辱した。
「戦いの最大の被害者である女や子ども… ここに乗っている、私の妻を含めた女や子どもたちの尊厳を守ることを要求する。それは、お前たちの神でさえ、お前に求める慈愛であろう。その慈愛をもって、残る民を守り、街を再興せよ」
男は、顔を赤くしたまま、黙っていた。
そこに居る誰もが、白人たちでさえも、誇り高きメシカの王と、卑賎な指揮官の違いを認識した。
やがて、辱められた男は顔を顰めて言った。
「私たちは、あなたのような高貴な方々には、敬意を払いますよ」
男はそれだけ言うと、クアウテモクを拘束したまま、彼らの船に乗せる。続いて、カヌーに乗っていた男たちが次々と白人の船に乗り移り、拘束された。
最後にテトレパンケツァルとコアナコッホも、泣き崩れるテクイチポの肩に手を置き、去って行った。




