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メシカ最後の王妃の恋  作者: 細波ゆらり
第一章 わたしの居場所 テノチティトラン
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13 テノチティトラン包囲の始まり



 ショチミルコでの敗退はテノチティトランには大きな痛手となった。

 ショチミルコの陥落の後、コヨアカン、トラコパンなどの市民を避難させ、テノチティトランに集結させた。その間、白人らは南のクエルナバカも征服した。


 クアウテモクらが体勢を整える間、小さな衝突が続いた。



 コヨアカンの兵たちは、白人らがコヨアカンに攻め入り、拠点を作ろうとした時、カヌーで応戦した。激戦の末、白人らの帆船の登場により退去を余儀なくされた。



 テノチティトランが抱える人口に対し、物資の不足が顕著になる。コヨアカンが担っていた水運の機能が止まったからだ。

 クアウテモクは何ヶ月も掛けて、食糧を備蓄してきた。足りない食糧を少しづつ市民に配給を始める。高騰する物価を押さえるため、市場への介入も始めた。




「帆船は十三艘か」

 決戦を控え、クアウテモクとテスココの王コアナコッホ、トラコパンの王テトレパンケツァル、クアウテモクの重臣たちが集まった。


「帆船は砲弾を積んでいます。カヌーでの応戦は損失が大きいです」

「カヌーの方が機動性があります、砲台を避ければ帆船を沈められるのでは?」


「帆船に乗る兵士の数より、トラスカラの歩兵の方が圧倒的に多い」

「帆船は街に打撃を与えます」

「帆船に乗る白人の指揮官を沈める方が戦力を削げるのでは?」


「トラスカラは白人がいなくても暴走する」



 口々に意見を出す。


「お前が、白人なら、私たちを完全に降伏させるために、次は何をする?」

 黙っていたクアウテモクが将軍の一人に訊ねる。


「テノチティトランの外からの援護を断ち切ります」


「つまり?」

 クアウテモクは先を促す。


「兵と物資と食糧、水の遮断です」

「周辺の街の周りは既にトラスカラたちが囲んでいます」


 

「水な… 水道橋を守れ。トラコパンとの土手道は物資の確保のために、死守しろ。帆船の航路を制限する杭を湖底に張り巡らせる。壊されたら、壊れる度に修復だ。残りはカヌー隊で土手道から進軍する歩兵を確実に打ち取れ」


 クアウテモクがそう言うと、皆が頷く。


「敵のほとんどはかつての同盟国とトラスカラだ。歩兵戦なら我々は負けない。地の利もある。それは、皆、知っているだろう?」

 クアウテモクがそう笑うと、皆の心に灯りが灯るようだった。




 それからは、昼夜問わずクアウテモクの元に報告がやって来て、夜は夜で将軍らが入れ替わり新しい作戦を持ち寄り、話し合った。

 クアウテモクは稀に見る軍師であり、皆が彼を信頼した。彼が部隊を鼓舞するために前線を訪れれば、疲れ切った兵たちに力がみなぎった。


 テクイチポはオセロメーとクァクァウティンと共にクアウテモクの留守中にクアウテモク宛の報告を聞き、伝令した。



 懸念の水道橋は守りが固まる前に攻撃を受けた。

 続いて、トラコパン周辺に軍が集結し始めた。



「トラコパンにカヌーを回せ」

「敵の進路を先回りして塹壕を掘れ」

「壊された橋と防柵は朝までに修復しろ」

 クアウテモクの指示は的確だった。



 しかし、戦況の好転は長続きしない。夜間に退却していた敵兵たちが、夜通し堤防や橋に居座るようになり、修復が出来なくなる。損失の累積は、メシカを苦しめた。



 一方で、いくつかの局面で、敵将を捕縛することもできた。この契機をクアウテモクは最大限に利用した。

 捕虜たちを神殿に奉納したのだ。そして、捕虜の一部にその一部始終を見せ、生贄の身体の一部分と共に敵陣に帰した。

 それは、白人らの戦意を喪失させるための心理戦として多いに機能した。

 これにより、怖気付いた白人を見限り、離反する部族も出たものの、離反と合流を繰り返し、大きな変化にはならなかった。




 数万人の兵を動かす若い王の体力にも限界がある。寝室に戻ることなく、司令し続けては自らも前線に出向くことを繰り返していた。


 ある昼、クァクァウティンとテクイチポがいる部屋に戻って来ると、クアウテモクは無言のままテクイチポの膝を枕にして横になった。


「?!」

 テクイチポは怪我か病気かと、動かない夫の身体を確かめる。


「寝かせてあげてください」

 クァクァウティンが声を落として言う。



「カルメカクの時もたまにありましたよ。カルメカクの話は聞いたことはありますか?」

 クァクァウティンが静かに続ける。カルメカクは優秀な貴族の息子が通う学校だ。


「彼からは特に… 」

「一緒に学んでいたんです。十年も前ですが、昔のことのようです」


 クアウテモクが寝息を立て始めると、ぼそぼそとクァクァウティンが話をし始めた。


「天文学、兵法、法律、歴史、経済、どんな学問もいつも成績は上位、戦いの訓練では常に皆の手本で、器用な人だと思っていました」


「彼ほどの血筋なら、そういうものか、などと思っていたんですが、私の思い違いでして… 」

 クァクァウティンは小さく笑う。


「朝は早くから一人で訓練、夜も遅くまで教師と議論する、人一倍努力している人でした… 」


「それで、この体格、この顔、寛大で公平、慈しみに満ちた人柄。同じ年頃の男から見ても、憧れでしたよ。あの頃から、彼は人を惹きつけ、束ね、統率する力を持っていました」


「その頃から、親しかったの?」


「まさか! 私など、カルメカクでも中庸、家は貴族ですが、平々凡々な存在でしたよ。カルメカクを先に卒業した私が、何度目かの戦に出た時、たまたまクアウテモク様の初陣だったのです」


「訓練と実践は違います。クアウテモク様は功を急いでいらしたのか、敵の中を縦横無尽に駆けていました。私も気になってできるだけ離れないようにしていたら、偶々、お助けする機会があったんです。それから、クアウテモク様はどんどんご出世されましたが、その時のことを覚えておいでだったようで、事につけお引き立て頂きました」


「そうだったの」

 熟睡するクアウテモクの額の汗を拭いながら、テクイチポは答える。


「皆に愛される方ね… 」


「人を大事になさる方ですから… 」

「知ってるわ」

 彼を知れば知るほど、愛さずにはいられない。それは、テクイチポだけでなく、民衆もだ。


「そう言えば、ショチミルコでアウェウェテの話をしたのだとか?」

「ええ… したわ」

 カヌーの上で、昔あった木々が消失したことを伝えた。


「作物でもない植物を植えろと指示されたと聞いて、仲間内ではびっくりしました」

「どういうこと?」

 クァクァウティンに目を向けると、ニヤりと笑みで返される。


「植物には全く興味がありませんから。テクイチポ様は、花を贈られたことはおありですか?」

「… ないわね。果物はあるけれど… 」


「クアウテモク様は、テクイチポ様を喜ばせたくて、植えろと仰ったのでしょう。今までのクアウテモク様を知っている私たちには新鮮でしたよ」


「… 私は、戦乱になってからのクアウテモクしか知らないの。この人なら、女を喜ばせようとするのではない?」

「さあ… 女の方から悦ばせようと近づいてくる方が多いですからね… 」

 クァクァウティンは過去を振り返るように天井を見つめる。


「こんな子どもが妻でかわいそう… 」

 手を出さないと決めたら、本当に手を出さないのだ。それなのに、最優先の妻であるということに、テクイチポは負い目を感じる。

 

「まあ、初めはそのように感じていたのかもしれませんが、今は違うでしょう。テクイチポ様へ寄せる信頼と愛情を疑ってはいけませんよ」

 クァクァウティンは動けないテクイチポに代わってクアウテモクに薄い掛布を掛ける。

 テクイチポは、夫の額に張りついた髪を指で優しく梳る。



「ここが、主の最も安らぐ場所なのですから」

 そう言うと、クァクァウティンは部屋の外へ出て行った。




 

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