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メシカ最後の王妃の恋  作者: 細波ゆらり
第一章 わたしの居場所 テノチティトラン
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1 逃走と二度目の結婚

 アクセスありがとうございます。全40話、10月末頃までに最終話まで投稿予定です。


 10話の後に、10話までの登場人物の説明をつけています。



 一五二十年六月三十日、テクイチポたちの逃走は混乱を極めていた。



 白人たちから逃れようとトラコパンの館を走り出した。白人たちは、テクイチポたちを生捕りにしようとして追ってくるが、白人たちはメシカの戦士たちに追われてもいる。

 戦士たちが射る矢や放たれた槍は、白人たちの先を走るテクイチポたちにも降りかかる。


 メシカの戦士たちと合流しようと逃げ惑う中、隣を走っていた母の肩に矢が刺さり、倒れる。


「お母様!!」

 立ち止まるテクイチポを他の女たちが急かす。

「止まっては駄目!走れ!」


 走れなくなった母が置き去りにされるのは目に見えている。

「テクイチポ、これを… 」

 母は懐から小さな袋を取り出すとテクイチポに握らせる。

 母の手を握りしめようと手を伸ばしたとき、テクイチポは誰かに担がれ、あっという間に母の姿は見えなくなってしまった。


 泣きじゃくりながら進むうちに、テクイチポは気を失った。








 白人、エルナン・コルテスが首都テノチティトランにやってきたことで、全てが変わった。



 テクイチポの父モクテスマ二世は東海岸からやって来た白人に騙された。友好の仮面を被った彼らは突如牙を剥き、メシカの政権を揺るがした。


 テノチティトランへの道中の国や部族を力で脅し、メシカへの憎悪を焚き付けて、軍を膨らませながら押し入った彼らは、メシカの王モクテスマ二世を傀儡にしたのだ。



 モクテスマ二世は、三国の王、ヒューイ・トラトアニとしての矜持を持って、コルテスとの共同統治だと表現していたが、王を含めた王族たちがコルテスの捕虜になっていたことは、すぐに民衆の知るところとなった。


 父王は、三国同盟の慣習に則り、テクイチポを含め、三人の王女をコルテスに妻として献上した。しかし、父王は、テクイチポらが白人の目にはかなり幼く(・・)見えることを利用した。

 コルテスは彼らの教義上、複数の妻を持つことはできないと言い、王女を突き返すと、父王らと共に幽閉した。




 その幽閉期間に起きた出来事は、後に、"悲しき夜"と呼ばれた。白人らがメシカの祭りを止めるために、メシカ人を虐殺したことに始まり、激怒した民衆が白人らに起こした反乱だった。


 コルテスの部下とメシカの戦いが続き、コルテスも反撃に加わったが、メシカの戦士が優勢だった。


 事態を収めようとしたコルテスに強いられ、父王は戦士たちの前に立ったが、暴動は収まらず父王も命を落とした。

 その後、戦士たちは、白人の完全撤退のための猛攻撃に出た。


 軟禁状態だったテクイチポたち王族の多くは白人に殺された。しかし、一部はそのまま捕虜に残したかったのか白人たちの逃走に巻き込まれた。

 混乱した戦場において、白人たちがメシカの戦士から身を守ることは不可能に近かった。そして、白人と共にメシカの戦士に追い立てられた王族もその巻き添えになった。



 テクイチポが倒れた白人、メシカの戦士の下敷きになり、朝を迎えたとき、戦いは終わっていた。


 息のある白人を捕虜にするため、回収しにきたメシカの戦士に見つけ出されたのは幸運だった。

 後でわかったことには、それは叔父、クィトラワクの命を受けた部隊だった。おかげで、テクイチポはテノチティトランの王宮に無事に連れ戻されたのだ。


 


 メシカの民は、コルテスの去った地で、父方の叔父、クィトラワクを国王とした。

 いつ舞い戻ってくるかわからない白人との戦いに備え、盤石な国家体制を敷く必要がある。三国同盟は三つの国家が共同で多数の部族、都市を束ねる連合体である。強力な王がいなければ、簡単にその結束は崩れる。


 そして、残った王族の中で最も高貴な血を受け継いだテクイチポは、父の弟、クィトラワクと二度目となる結婚が決められた。あの晩、戦士たちが血眼でテクイチポたちの救出に動いたのは、王妃に相応しい高位の王女を確保するためだった。


 これまでの妃選びの考え方を踏襲するならば、クィトラワクの妃にするには、テクイチポは近縁過ぎる上、他の同盟国との関係強化という意味でも最適とは言えなかった。それでもテクイチポが選ばれたのは、もはや同盟国と婚姻で関係を強化できる状態ではなかったからだ。王の血の濃さゆえに選ばれた。



 クィトラワクは、戦いに強く、指導力にも長けている。メシカの貴族はそこに活路を見出した。


 

「テクイチポ様、ご準備はよろしいですか?」

 使用人がやって来ると、テクイチポは姿見で花嫁衣装を確認する。




 テクイチポは母が別れ際に託した小さな袋を手にする。


 中には紫色の小さな乾燥キノコがいくつも入っている。母がどこか秘境から取り寄せたという秘薬だ。


 一度、コルテスの元に遣わされた折も、母にこれを渡された。

 有難いことに、使う機会はなかったが、万が一、男に無体をされるようなことがあれば、口に含ませるよう言われていた。

 女が自分の身を守るための小さな抵抗、お守りのようなものだ。



 甘く、ほろ苦い、珍種のキノコは、その幻惑作用で強力な高揚感、恍惚感の内に、口にした者を深い眠りへと誘う。


 叔父クィトラワクとは、先夫と同様、当面は形式的な結婚だと話し合ってはいるが、気が変わることもある。身内に使うのは気が引けるが、テクイチポにはまだその準備ができていない。



「さて、行きましょう」

 胸元に紫の秘薬をしまい込むと、テクイチポは神殿に向かった。




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