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泪橋  作者: 篠川 翠
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勇将らの最期(5)

 搦手門を潜って、栗毛の馬を進めてくる武者の姿があった。愛宕山で総指揮を取っていた美濃守である。愛宕山本陣からも須賀川城の燃える様子が見えたであろうし、さらに誰かが「治部大輔切腹」の伝令を伝えたのだろう。そして美濃守の背後には、白馬に跨った為氏の姿があった。緋縅の甲冑を身に着けており、久しぶりに穏やかな表情を浮かべている。

 南から進んできた先鋒の箭部一族、夜討を担当した遠藤雅楽守とその配下、南東の大黒石口から攻め込んできた二階堂左衛門らの兵も、搦手門の前で片膝をつき、主を出迎えた。

 既に、須賀川兵の姿は見当たらない。辛うじて生き残った者たちは、何処へか落ち延びていったのだろう。

「皆の者。誠に大義であった」

 為氏が、一同に労いの言葉を掛けた。その言葉に、思わず目頭が熱くなる。鎌倉を出てから、四年余りの月日が経っていた。あの時頼りなかった為氏の声は、今では大人の男の声に変わり、須賀川二階堂氏の真の惣領としての威厳に満ちていた。

「戦と正月が重なった故、大層なもてなしは出来ませぬが……」

 どこからやって来たものやら、須賀川の街の長らしき者が、大八車に菰被りの酒を載せて引いてきた。

「御屋形様。この度は見事な勝利、誠におめでとうございます」

 本音なのか阿諛なのかは判別しかねるが、長は深々と頭を下げた。それに対して、為氏はひらりと馬から降りると、長の手を取った。

「こちらこそ、正月から須賀川の街を焼いてしまい、済まぬ」

 長は目に見えて、狼狽した。

「い、いえ。勿体のうございます」

 心優しい為氏のことだ。きっと本心から須賀川の民を案じているのだろうと、図書亮は微笑んだ。

「須賀川の街は、この二階堂為氏の名において、必ず立て直してみせる。それまでは、正月の祝いも控えようぞ」

 為氏の言葉に、美濃守が満足そうに頷いた。新しい領主として、まずは及第点といったところだろう。このときの為氏の言葉を忠実に守ったものか、以後の須賀川では、たとえ正月でも注連縄を回す程度で、門松を立てるなどの風習は行わなくなったという。

 まだ煙の匂いが立ち込めているものの、連日の火はほぼ収まりつつあった。戦の興奮も醒めやらぬまま、図書亮も樽から柄杓で酒を汲み、一気に飲み干した。勝利の美酒とは、このことである。

 図書亮の討ち取った梶原の首は既に美濃守に献上して、愛宕山の本陣で首実検に回されているはずだ。

「婿殿。あの梶原の首を取られたそうですな」

 また一杯酒を煽っていると、舅である下野守がやって来た。舅も、到って上機嫌である。

「運に恵まれました」

 図書亮は下野守に笑顔を向けた。なぜか梶原とは、二回も対峙する羽目になった。実際、あれほどの剛の者であれば、図書亮が斬られていても不思議ではなかった。

「兄者が婿殿を忍びの者に紛れ込ませた時には、肝が冷えましたが」

 そういえば、昨晩共に行動した牛頭の一味らはどうしたのだろう。忍びであるから、このような晴れがましい場所には、同席できないだけなのかもしれないが。

「あの者らは、どうしたのですか?」

「恐らく、美濃守殿から次の仕事を請け負い、この地を離れたのであろう」

「なるほど……」

 だが、どうにも腑に落ちない点もあった。牛頭は何故か図書亮の本名を知っており、そもそも本来忍びの者だけで行うべき仕事に、図書亮が加えられた点も不審であった。

 そこへやって来たのは、忍藤兵衛だった。今回藤兵衛は美濃守の馬廻りに加えられており、図書亮とは別行動だったのである。その藤兵衛は、なぜか僧侶の格好をしていた。

「お主。その格好はどうした」

 図書亮は目を丸くした。

「お主も、人のことは言えないだろう」

 図書亮の言葉に反論した藤兵衛は、野良着の上に具足を付けた格好の図書亮の出で立ちを見て、笑った。

 斯々然々、忍びの真似事をしたというと、藤兵衛は腹を抱えて笑った。

「気の短いお前らしい。何としてでも武功を立てたかったのだろう」

 ふん、と図書亮は鼻を鳴らした。だが、そのお陰で梶原との遭遇に恵まれたとも言える。

「りく殿に、いい土産話が出来たな」

 藤兵衛の言葉で、改めてりくとの約束を思い出した。必ず生きて帰る。図書亮は、りくにそう約束したのだった。

 その藤兵衛はというと、彼は搦手門からの総攻撃の一団に加わっていた。三の丸の東を目指していたが、須賀川兵の「向かってくる敵は絶対に漏らすな。討ち取れ」という言葉を聞き、咄嗟に声の主との距離を目測した。その距離はおよそ三〇間ほどであり、須賀川勢の方が人数が多かった。そこで方向を転じて、北へ戻りどこかに身を隠そうとして辺りを見渡したところ、あいにく身を隠せるような林や藪は見つからない。仕方なく、三の丸近くにあった池の中に建つ小さな観音堂へ走り込んだところ、不思議なことに、破れた帷子や巡礼用の笈、擦り切れた簑笠などが置かれたままになっていた。

 そこで咄嗟に太刀を板敷きの下に隠し置き、打ち捨てられた板帷子と笈摺を纏い、懐にしまってあった長念珠を爪繰り、「若し復人有りて臨むに当たり害を被り観音菩薩の名を称する者非ば、被所刀杖執り、尋ねん。段々壌而得解脱」と大音声を上げて観音経を唱えていたという。高らかに声を上げているところへ押し寄せたのは、果たして須賀川兵だった。

 その人数は五、六人ほどいたが、念仏を唱える藤兵衛を本物の巡礼僧と勘違いしたのか、敢えて怪しみ咎める者はいなかったのだという。

「和田に住んでから、毎月観音詣でを欠かさなかったからな。御仏の御利益があったものだろう」

 そう述べた藤兵衛の言葉は、真面目なのか冗談なのか判別しかねた。

「後生の導きがあったのならば、髪を切って入道し、生涯観音を念じようと思う」

 藤兵衛の妻であるはなをどうするつもりだと、図書亮は内心鼻白んだ。だが、いつの間にか部下に酒を振る舞っていた美濃守や為氏は、珍しく相好を崩して、大いに喜びながらこの話を聞いている。

「今回の和田方は、神仏の功徳に救われた者も多かった。藤兵衛の命が助かったのも、その一環であろう」

 為氏が、藤兵衛の言葉に大きく頷いた。言われてみれば確かに為氏の言葉通りで、暮谷沢で図書亮や藤兵衛が逃げ込んだ先にも、妙見神社だった。

「御仏のご利益は、我らにあった。当面は仮の宿住まいとなろうが、この後城を新しく築くに当たり、城内に寺を置こうと思う」

 既に為氏の頭の中では、新しい須賀川の絵図が描かれ始めているらしい。

 上機嫌な様子の主を横目に見つつ、美濃守が図書亮を手招いた。

「今少ししたら、御屋形を峯ヶ城へ送っていってほしい」

 美濃守を始めとする四天王は、治安維持も兼ねて、しばらく須賀川の街に留まるという。だが戦火で須賀川の街はあらかた焼けてしまったため、為氏の仮住まいができるまで、為氏は引き続き峯ヶ城に留まってもらうつもりだというのだ。

 それに、と珍しく美濃守が言い淀んだ。

「御屋形は、大分無理をされてこの戦に臨まれた。避けては通れなかった戦だが、その御心は穏やかでなかろう。我々が須賀川の城に無事御屋形をお迎えするまで、御屋形のお側で支えてほしい」

 図書亮の知る限り、弱音を吐く美濃守は初めて見た。いつぞやの佐渡守の兄に対する評価は、正しかったのではないか。

「畏まって、候」

 図書亮は、美濃守に深々と頭を下げた。


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