表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泪橋  作者: 篠川 翠
36/71

暮谷沢の惨劇(1)

【主要登場人物】


<和田旗本衆~下向組>

一色図書亮……主人公。永享の乱で父を失い、二階堂家の須賀川下向に加わる。

忍藤兵衛……鎌倉出身。白川結城家にルーツを持ち、古くからの図書亮の知り合い。

倭文半内……鎌倉出身。鎌倉以来の知己。

宍草与一郎……播州出身。在京の将軍である足利義教を嫌い、鎌倉を経由して二階堂一団に加わる。

相生玄蕃……播州出身。後に、須田秀泰の家臣になる。


<四天王関係者>

須田美濃守秀一……四天王の一人。須田家の惣領であり、実質的な和田衆家臣団の代表者。和田地域を差配。

須田佐渡守秀泰……須田家次男。小作田・市之関を差配。

須田三郎兵衛尉秀房……須田家・三男。袋田を差配。

須田紀伊守秀幹……須田家四男。竜崎を差配。

須田源蔵秀顕……須田家五男。浜尾の一部及び江持・堤を差配。

安藤左馬助……須田家家老

箭部安房守義清……四天王の一人。箭部家の惣領であり、今泉を差配。

箭部下野守定清……安房守の弟であり、図書亮の妻りくの父親。狸森むじなもりを差配。

箭部紀伊守……りくの従兄弟。鹿嶋館に居住。

遠藤雅楽守……四天王の一人。山寺を差配。

守屋筑後守……四天王の一人。里守屋を差配。


<二階堂家>

二階堂為氏……二階堂家の惣領。十三歳で父の跡を継ぐために、鎌倉から須賀川に下向。

治部大輔……為氏の父の死後、代官として須賀川に派遣されていた。

民部大輔(北沢民部)……為氏の伯父。

二階堂山城守(保土原殿)……行村系の二階堂一族。


<女性陣>

三千代姫……治部大輔の娘。為氏の妻。

千歳御前……治部大輔の妹。民部大輔の妻。

りく……図書亮の妻。箭部定清の娘。


<その他>

明沢……謎の羽黒修験者。


 御台の一行が須賀川へ向けて出立したのを見送ると、図書亮はしばらくぼんやりとしていた。

 和田から須賀川までは、わずか半里ほど。普段ならば気軽に行けるはずの距離が、果てしなく遠く感じる。見上げれば、須賀川の丘の天辺に須賀川城の堅固な城郭がぼんやりと見えた。

 りくは、まださめざめと涙を流している。妻の涙と同じように、空からぽつぽつと雨が落ちてきた。その雨粒はたちまち勢いを増し、俄かに風も強まってきた。のみならず、天には稲妻が光って雷鳴が轟く。

(天が怒っている……)

 図書亮ですら、そう感じずにはいられなかった。

 そこへ、再び玄関の木戸が乱暴に叩く音がした。緊急事態に違いない。風雨に構わず、図書亮が戸を開けると、血走った顔の藤兵衛と安藤左馬助の顔があった。

「図書亮!」

「どうした」

 ただ事ではない二人の様子に、図書亮の声も緊張した。

「すぐに具足を身に着けろ。暮谷沢(くれやさわ)で、和田の者たちが須賀川勢に討ち取られた」

「馬鹿な!」

 この家に三千代姫の一行を迎え入れて見送ってから、半刻も経っていない。

 だが、俄かには信じられない事態ではありながらも、図書亮は手早く具足櫃から武具を取り出し、てきぱきと身に着けた。

「雅楽守さまや箭部伊予守殿は、既に暮谷沢に向かわれている。お主も急げ」

「分かった」

 藤兵衛の言葉に肯く間にも、りくに手伝ってもらいながら、太腿に佩楯(はいだて)を、脛には脛当てを結んでいく。決拾(ゆがけ)籠手(こて)を着用して、ずっしりと重量感が増したところで、具足を被る。その上から陣羽織を羽織った。

 図書亮が具足を身に着けている間にも、藤兵衛は素早く状況を説明してくれた――。

 

 三千代姫を須賀川に送り返す使者となったのは、宗像越中守だった。三千代姫の離縁を決めた和田方からは、予め須賀川城に使者が送られ、受け渡しの場所と日時が指定されていた。須賀川と和田の領地の境には、暮谷沢という小さな沢が流れている。その沢の側に立つ岩間不動のところで、姫の受け渡しが行われる手筈になっていた。

 宗像越中守は、須田一族に近い国人である。だが、この地に長くあり須賀川の者たちとも顔見知りである。そんなわけで、彼が姫を送る使者に選ばれたのだった。

 だが、和田衆の中では比較的姫に親しんでいたのだろうか。彼の心情としては泣く泣く離縁に応じた三千代姫に同情的であり、岩間のたもとで輿の中の姫に、慰めの言葉をかけたという。

「姫。比翼連理の契りは長いものではございませんでしたが、姫とお別れするのは私の心も枯れるようでございます。御縁はここで尽きてしまいましたが、姫のことを忘れることは決してないでしょう」

 そういえば、宗像越中守はあの花の宴で伺候していた一人だったと、図書亮は思い出した。あの時の幸せが続いていればどれほど良かったかと、思わず唇を噛みしめる。

 岩間不動のところで和田の一行が待っていると、受け取り手である須賀川勢が姿を見せた。さすがに戦になってはまずいということで、須賀川勢を刺激しないために、和田勢は平衣で約束の場所に向かったのだった。だが姫の離縁を聞いて怒り狂った治部大輔から、須賀川勢は「和田勢を一人残らず討ち取れ」という命令が密かに下されていた。行列の一行は姫の輿入れに付き従ってきた者たちが主であり、和田の者は、宗像や倭文半内、そして宍草与一郎などほんの僅かだった。

 須賀川方の使者として現れたのは多珂八郎(たがわはちろう)という者で、宗像とも顔見知りだった。そのため、宗像に油断もあったのは否めない。

「須賀川の方でござるな。姫の輿をお受け取り願いたい」

 宗像がそう口上を述べた途端に、山の木立の陰に身を隠していた須賀川勢が四方八方から、矢を射掛けてきたという。

「騙された!」

 半内の叫び声も、折からの風雨に掻き消された。半内や宍草与一郎はせめて御台を守ろうと一歩も引かなかったが、多勢に無勢である。たちまち須賀川勢の弓矢の餌食になり、絶命した。それを見ていた雑兵は輿を見捨てて逃げ出したという――。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ