第5話 再戦
両手にホネ武器を携え、水際で静かに佇む亀トカゲに歩み寄っていく。待ち構える敵に対して二刀流で登場する。気分は宮本武蔵である。
確か巌流島の決闘も宮本武蔵が勝利したのだったか。
「であれば、この勝負も私が勝たないといけませんね」
アリアの呟きに反応したわけではないだろうが、亀トカゲがおもむろに体を起こした。
「前回は先手を取られてしまいましたし、今回は譲ってもらいます、よっ!」
言い終わるや否や、一気に踏み込む。まずは小手調べ。右手のホネ武器を頭目がけて振り下ろす。しかし当然のように反応される。
ガンッという重い音が地底湖に鳴り響き、ホネ武器の攻撃は亀トカゲの太いホネの腕で受けられた。しかし防がれるのは想定済みだ。右手を出す代わりに引いていた左。それを体を捻ることで下から斬り上げる。
亀トカゲも咄嗟にガードしようとしたみたいだが、遅い。出しかけた腕より先にホネ武器を振り抜いた。
「……――!」
鳴き声とは思えない、低音波のような何かが頭蓋骨から漏れる。後退る亀トカゲといったん距離を開けるようにアリアも後ろへ下がった。
「よし、効いたようですね」
頭を振る亀トカゲの姿にひとまず安心。これで平然としていたらどうしようかと思っていたが、多少なりともダメージは与えられたようだ。スピードも対等に並ぶ程度はあるようだし、両手のホネ武器も健在である。
次に動いたのは亀トカゲだった。四つん這いになると器用に地面を這い、ジグザグに移動しながら接近してくる。速い。見た目トカゲだし四足歩行のほうが得意なのだろうか。
しかしそれは悪手である。
腕を移動で使っているということは、攻撃できる手段を自ら狭めているとも言える。そしてそんな状態で繰り出される攻撃は何か? 答えはシッポだ。
「――ふっ!」
這い寄ってきたと同時に体の向きを変えてムチを打つように伸ばされたシッポ。それを大縄跳びの要領で跳躍して避けつつ、振り上げた両手のホネ武器を思いきり頭部へと叩きつけた。
再び鳴き声代わりの低音波……いやもう鳴き声でいいか。鳴き声を上げつつも上体を起こし、今度は退かずにホネの爪で切り裂き攻撃をしてくる。
次々と繰り出される攻撃を、ときに武器で防ぎ、ときに躱し、たまに掠りつつも、合間を縫って反撃を入れる。時折挟まるシッポの薙ぎ払いが非常に鬱陶しいが、少し前傾姿勢になるので避けるタイミングは読みやすい。
アリアのHPも少しずつ削れていっているが、それ以上に亀トカゲの体力の減りが速いようだ。みるみるうちに元気がなってきている。
――あと少しで勝てる。そんな考えが頭を過ぎったタイミングで、ついに均衡が崩れた。
何度か甲羅に当たっても無事だったホネ武器が、ついに二つとも耐えきれず砕けてしまったのだ。そして大きくできた隙を突くように振り下ろされる亀トカゲの右爪。
「……まだ、ですっ!」
左腕を盾にして亀トカゲの懐に潜り込む。左腕が後ろへ弾き飛ばされ、感覚がなくなる。おそらく部位破壊判定を受けたのだろう。視界の端でHPバーがガクッと削れるのが見えた。
しかしアリアは止まらない。右半身を引き、なけなしの体重を乗せて、思いきり亀トカゲへと右ストレートをぶつけた。
「……――!」
後ろへよろめいた亀トカゲは三度鳴き声を上げ――ついにその体を地に伏せたのだった。
《エリア『骸の洞窟』のボス『リザートルレヴナント』の討伐に成功しました》
《レベルが11に上がりました》
光となって砕け散ってゆく亀トカゲを眺めながら、ふと左下のHPバーへ視線を落とす。赤色の部分がごくわずかしか残っていない。それもそのはず、左腕の肘から先がなくなっていた。
後ろを振り返ると、白骨化した憐れな腕が転がっていた。もちろんアリアの腕である。
「これ、スケルトンだから助かったようなものですよね。危なかった……」
普通の生物が腕を吹き飛ばされていたら、例えその瞬間は生きていたとしても、すぐに出血等の状態異常で死んでしまうだろう。スケルトン様々である。
「というかこれ、元に戻るんでしょうか?」
試しに拾い上げて断面を合わせてみるが、当然くっつく気配はない。最悪死んでしまえば戻るだろうが、デスペナもあるので容易に試したくはない。いったん保留にしておくとしよう。
もげた左腕は脇に抱えておき、続いてリザルトを確認する。
先ほどのメッセージからするに、どうやらこの洞窟は『骸の洞窟』というエリアらしい。βテスト後の掲示板ではそんなエリア見たことがない、どころかエリアという概念があったことすら初耳である。正式リリースの際に追加された要素なのか、はたまたアリアが知らなかっただけか。
「で、ボスの『リザートルレヴナント』ですか。んー……リザートル? リザート……リザード、タートル……あ、トカゲと亀か」
亀トカゲではなくトカゲ亀だったらしい。正直どちらでもいいが。そんなトカゲ亀が消えた後にはドロップが残されていた。
ノートサイズの少しだけ湾曲した六角形の白い板。端的に言えば板状のホネである。トカゲ亀の甲羅の破片だろうか。それを拾い……左腕が邪魔だ。左腕を足もとに置いてから拾い上げる。
《規定の条件を満たしました。アイテム『骸主の骨鎧』の使用が可能です》
と同時に現れた謎のメッセージ。
状況から察するに、アイテム『骸主の骨鎧』とはこの板状のホネのことだろう。それが使用可能とはどういうことなのか。そもそも規定の条件とは一体何なのか。
冷静に考えれば、正体も効果も分からないアイテムをいきなり使用するかと聞かれてもノーと答えるだろう。少なくとも普段のアリアならしばらく悩む。
しかし今のアリアは勝利の喜びに酔っていた。未成年だが酔っ払っていた。そして酔った勢いとは怖いものである。
「うーん……よし、使ってしまいましょう」
《アイテム『骸主の骨鎧』を使用します》
メッセージとともにホネが鈍い深紅の光を発しながら宙へ浮かび上がり――。アリアの体へと溶けるように吸い込まれていった。
《特殊条件を満たしました。種族『レヴナントルーラー』へ進化が可能です》