第12話 イベント開始
「さてと。リネット、準備はいいですか?」
「オールオッケー! アリアちゃんは?」
「もちろん。じゃあ行きましょうか」
待ちに待った第一回イベント当日。
この日のために準備してきたあれこれを最終確認したアリアとリネットは、二人揃ってメニュー画面のイベント参加ボタンを押下した。
ログイン時に似た浮遊感。それもすぐに終わりを告げ、暗転していた視界が晴れる。
――そこは薄暗い洞窟の中だった。
「ってまた洞窟かいっ!」
「ふふっ。つくづく縁がありますよね」
切れ味のいいツッコミを入れるリネットに思わず笑いが漏れる。もしかしたらゲーム開始時の初期出現位置を元にしている可能性もあるが、サンプルが自分たちしかいない状況ではそれも不明である。まあ、別に調べるほど気になるというわけでもないが。
今いるのはちょっとした小部屋のような場所らしい。目の前には先に伸びる通路もある。しかし、明らかに自然的なものではない、薄い青味がかった透明な壁が行く手を塞いでいた。壁には『開始までしばらくお待ちください』という文字と、カウントダウンしていく数字も浮かんでいる。
試しに手を伸ばしてみるが、なんとも言えない無機質な感触が返ってきた。
「んー、スキルも使えないみたいだね。ログアウトはできそうだけど。アリアちゃん、トイレは大丈夫?」
「大丈夫です」
隣でメニュー画面をチェックしていたリネットが無遠慮な質問を投げかけてきたが、適当に返しておく。スキルを使えないということは、この待機時間中に『眷属生成』でスケルトンを作っておくこともできないようだ。考えてみれば当たり前か。
壁のカウントダウンはまだ五分以上時間を残している。特にすることもないアリアは、リネットのとめどない雑談に相づちを打ちながら、両手に収まった武器を見おろした。
リネットに出会ってから今日まで。新しい実にいろいろな試行錯誤を繰り返した。
まず考えたのが、ホネ武器の強化だった。武器と呼んではいるが、その実態はスケルトンを倒した際にドロップするただの長いホネである。『解体』スキルで質は上がっているものの、要は硬い棒にすぎない。
このホネ武器を強化するにはどうすれば良いか。非常に悩んだが、リネットのとある一言がきっかけとなった。
「こう、もっと、スパーンッ! て切れるとカッコイイよね!」
今考えてもおそらく適当に言っただろうなと思える言葉である。しかしそれがヒントになったことも確かだ。
そしてもう一つ。前衛を努めるには欠かせないものがある。それは盾だ。ただ、こちらは意外にもすぐに解決したのだが。
そうして用意したのが、両手に握るホネの剣と甲羅の盾である。モンスターしか存在しないこの世界。武器と呼べる武器を持っているのはアリアの他にほぼいないのではないだろうか。
当然他にもいろいろと用意してあるが、目に見える成果はこの二つだろう。なお、残念ながらお互いの洞窟のボスを倒しても進化はしなかった。そのため種族は以前のまま変わっていない。
「――アリアちゃん、あと少しで始まるよ!」
リネットの言葉で思考の海から引き戻される。壁のカウントダウンに目をやれば、いつの間にか残り十秒を切っていた。危ないところだった。一人だったらそのまま気づかなかったかもしれない。
やがてカウントダウンがゼロになり、壁が溶けるように消え去った。と同時にメッセージが響き渡る。
《第一回イベント『バトルロイヤル』開始です》
「よし、『眷属生成』!」
開幕早々、HPとMPを九割消費して上級スケルトンを作り出す。詳細ルールには参加者同士の初期位置はある程度離されると書かれていた。ならば、消費の多い上級を作る一番のタイミングは開始直後だと言えるだろう。これはもちろんリネットと相談済みである。
「先行して洞窟を歩いてください。敵を見かけたら迷わず攻撃で。今回はプレイヤー相手でも遠慮はいりませんので」
上級スケルトンがカクンと頷き、伸びる道へと進んでいく。
「相変わらずカワイイよね、アリアちゃんとこのガイコツさん」
「……可愛い、んですかね? 言われてみれば……うーん? ……まあいいか。私たちも行きましょう」
アリアは考えるのをやめた。それからしばらくスケルトンを見失わないよう適度に距離を開けて後ろをついていく。途中で何度か分かれ道に差しかかったが、都度指示を出して行く先を決める。
そうして歩くこと数分。アリアの『聴覚強化』が前方から近づいてくる足音を拾った。
「みんなストップ。前方から誰か来ます」
小声で指示を出しつつ臨戦態勢を取る。隣ではリネットもすぐ魔法を撃てるように両手を伸ばしている。そのまま魔法を撃つと上級スケルトンまで巻き込んでしまう気もするが、さすがにそこは考えているだろう。おそらく。
果たして、現れたのはゴブリンだった。
「うおっ、スケルトン!? 後ろにも何かい――ぐはっ!」
彼は言葉の途中で上級スケルトンに殴られ岩壁に叩きつけられていた。状況説明したくなる気持ちは分かるけど、ソロなら解説しながらも動くべきである。いやまあそもそも口を開く前に体を動かすべきなのだろうが、ソロという生物はついひとり言が多くなってしまうのである。
アリアたちが手を出すまでもなく、ゴブリンの彼はそのまま上級にやられて消えていった。
「……あっけなかったね」
「未進化のゴブリンだったようですし、こんなものですかね? スケルトンもありがとうございます。引き続き先導をお願いします」
アリアたちのレベルはすでに20目前である。そこから生成されるスケルトンも、消費されるHPとMPが増えたことで以前より強化されている。レベルで言えば10以上あるだろう。未進化、つまり10にも達していない相手に負けることはまずない。
それから二度敵と遭遇したが、一度目は先ほど同様に上級スケルトンが一人で片付け、二度目は三人パーティだったのでリネットが風魔法で一掃した。もちろん撃つ前にスケルトンは下がらせた。危うく一緒に死んでしまうところだった。ホネだからすでに死んではいるが。
「これ、私の出番なくないですか?」
「いやあ、きっとこれからだよ! それにほら、ガイコツさんだってアリアちゃんのスキルじゃん!」
リネットのなぐさめが身にしみる。
軽い雑談を交わしつつも洞窟内を歩きまわり――。イベント開始から半刻ほど経った頃、ついに二人は出口へとたどり着いたのだった。




