とらぶるめーかーな彼女。
賑やかなクリスマスイルミネーションが輝く大通りを、仕事を終えて帰路につく途中の事。
閉店したブティックの閑散とした花壇に腰を下ろし、ひとり店先のサンタ人形に話しかけている不思議な少女がいた。
「クリスマスイヴってのはあれだよね…。おっかない程の女の物欲と残念な男のエロい下心で溢れた、何とも恐ろしい日だ・YO・ねーっ♪死ねっ♪バカップルぅ〜♪♪」
彼女は、黒いふんわりとしたミニスカートに、柔らかなベロア調の膝丈程のシャープな黒いブーツを穿き、腰の丈の短めの白いダウンベストを羽織り、黒いニット帽をかぶり、
足を前に放り出し座ってた。
黒に程近いダークブラウンの、腰の辺りまである長い髪、ぱっと見ハーフか?と思えるくらい端正な顔立ちの彼女に、ちょっとドキっとしたが、独り言の内容がかなり変わってるから、正直余り関わりたくない。
これが本音である。
しかし、彼女は俺が向けた視線を見逃すわけがなく……。
「そこの道行く青年はどう思うかね?クリスマスってやつを。」
彼女は僕を指さし質問を投げかける。
「え…、あ、あの…。」
関わりたくないが為に言葉を濁して、立ち去るつもりだったが、
「いい歳したおじちゃんのくせに…、もっとはきはきしゃべらんかね、えぇっ?そんなだから一向に窓際から脱出できないリストラ予備軍としてさ迷うはめになってしまうのだよ…はぁぁ、全くぅ…やれやれだな。」
勝手に人の事イメージしてんじゃねーよ…。しかも人をおじさん呼ばわりして…。僕はまだ27歳の若者だ!
全く失礼なガキだ……。
ちょっとムッとして僕はその場から立ち去ろうとしたが、
「ちゃんと質問に答えんかぁあ!このダメ大人がっ!」
「!!!」
彼女の怒声に若干怯んで後退りしそうになる…。
彼女の地声がデカイ分、かなりイタい注目度。道行く人の冷たい視線に僕は晒されることとなり……。
「クリスマスなんて、別にどうでもいいんじゃない?僕は興味ない。」
一刻も早くこの場を脱出したくて、手短に回答を述べると僕は、歩き出す足を一歩踏み出す。
「ほほう…、おじちゃん、独り身かぁ♪なんかわかるよ、残念なオーラが出てるしねぇ……。」
別の意味で残念なオーラを出してる君には言われたくないね……。
ちょっと若くて綺麗だからって調子にのるな………と思ったが、まあ、僕は大人だから我慢我慢。
彼女の吐いた毒をスルーして歩く足を速めた。
しかし、何を考えてるのか、彼女はテテッと僕の後をついてくる。
「ねえ、寒いからあったかあい飲み物おごって♪」
なんの前ぶれもなく彼女は言い放つ。
「………。」
勿論僕はシカト。
「おごってくれたらサービスするからぁん♪」
地声のデカイ猫撫で声を上げる。(ヤメロ!恥ずかしいわ!……ダメダメ、関わらない、関わらない……)無視して歩く。
「シャッチョーサァン、オネガァイヨッ♪」
何故外国人パブのお姉ちゃん口調???
ツッコミを入れようか…一瞬足が止まりかけそうになるが、どうにか堪えた。
…というか、ダッシュで逃げたい…。正直面倒クサイ……。
「何よっ!結局私の身体が目当てだったのねっ!訴えてやるからっ!!」
いきなり意味不明な逆ギレシャウトに思わず
「人聞きの悪い事デカイ声で言うなあぁああああーーっ!!」
となってしまった。
(マズイ・・・・。
反応してしまった。)
彼女は勝ち誇り、
「ぬわっはっはっはっ♪♪」と
高笑いし、僕の背中をバーン…と叩いた。
(参ったね…こりゃ…)
そう思い、深いため息をついてうなだれた。
近くの自販機で、あったかい缶コーヒーを買って、彼女に渡して
「…もうついて来ないでね。大人をからかうと、いい事ないよ!」
僕はちょっと語気を強めて一言告げて歩き出した。
すると、
「ううぅ…うええぇぇえん………。」
「!!!!」
彼女はしゃがみ込み、急に大声をあげて泣きだした。
行き交う人々の視線が一斉に矢のように突き刺さる。
(ちょっ…、待て!僕関係ないし!!)
心の中で慌ててみる。
「うぇぇえええーん…」
更に泣き声のボリュームは上がる。
「………ちょーっといいかなぁ。」
僕は半ば彼女を拉致する勢いで、手を引きダッシュした。
とりあえず人目に触れるのが嫌だから、裏路地から、奥に進んだところにある大通り公園へ彼女を連れこんだ。
「ここ座って。」
僕は若干乱雑に彼女の腰をベンチに落とす。
「あのさぁ、…はっきり言って迷惑なんだよね。君とは初対面でしょ?つい10分前にも満たない時間に、ぱったりと目があっただけ、ただそれだけなのに、なんでこうも僕を振り回すんだ?」
僕は、半ばキレかけて眼下の彼女に腕組みをして説教をする。
「ひどいおじちゃんだなあ…、号泣するいたいけな少女にキレてるしぃ…」
「何が号泣だっ!わざとらしい客寄せ的な嘘泣きしやがって!僕に何の恨みがあるんだっ!」
あっけらかーんと涼し気に両足をぱたぱたと揺らす彼女を見てると、段々腹が立ってきて、僕は両の拳にぐっっと力をいれた。
「別に恨みなんてないですけどぉ、けどけどぉ♪」
少女はひゃっひゃっと一人で勝手にウケて笑っている。
けどけどぉ♪て何だ…。
意味がわからん!
「とにかくっ!!飲み物あげたから、もうついてこないで!ってか!こんな時間に女の子がふらふらとしてたら補導されるぞ!お子様はとっとと帰って寝なさいっ!」
僕は、ビシッと人差し指を彼女に突き付けた。
「……おうちぃ…ないの………………………。」
俯き声のトーンを落とし、ぽつりと彼女はつぶやく。
「……そんなベタな手にひっかかる程、僕はお人よしじゃないぞ。」
舌打ちして彼女を睨むと、
「…やだやだ、会話のキャパの狭いオッサンって………チッ…。」
ムカッ……!
「オッサンじゃありません!まだ20代ですぅ!若者ですぅーっ!まぁ、君のような頭がアレなクソガキに何をゆっても理解できないと思いますけどねっっ!!ほんじゃあそーゆーことでサヨナラっ!」
俺は言いたい事を言いきり、歩き出した。
しかし……やっぱり彼女はついてくる……。
「…ストーカーと言う言葉を君は知ってるかい………?」
俺はストレートに聞いてみた。
「怖いよねぇ〜、ストーカーって。知らない人に後つけられるって気持ち悪いよねぇ〜。ショコタン語で表現するとギガントキモユスなぁあって感じだね♪」
「・・・だから君がそれなんだって・・・。いい加減気付けよ・・・・」
ちょっと怒りを通り越して呆れてきた。
「何…?私、ギガントキモユスかぁあ?オッサンの顔の方が…」
「黙れ!誰も顔の事なんて言ってない!君の行動がストーカーみたいでキモいゆってんのっ!いい加減にしろ!」
僕は彼女を睨む。
「……ぷっ…♪」
は?ぷって何?何で吹き出し笑い…………???
ちょっと戸惑う僕。
「人の必死の形相って苦手♪何故か笑っちゃうんだよねー♪」
腹に右手をあて、若干前屈みになり笑いだす。
殴りたい・・・。
でもダメだ。僕は大人で彼女は子供。
暴力はいけない。
ふううぅーーっと息を吐き、怒りを押し殺し、
「君は一体僕にどうしろと……?」
ひゃっひゃっと笑う彼女に問い掛ける。
「クリスマスイヴに傷ついた可哀相な女の子の復讐劇に付き合って欲しいのでありまーす♪」
真顔で敬礼してきた…。
「……。」
「…つい今しがた、私はカッコイイのは顔だけの、チャラくて、嘘つきな、彼氏が知らない女と腕組んで楽しそーに歩いてるところを目撃してしまったのであります!」
「……」
「私には、クリスマスイヴは仕事が忙しいとか言っときながら、あの馬鹿野郎は女と和気あいあいとあそこのレストランに入って行ったのであります!」
「……で?」
「彼氏の振りをして、あの浮気者の馬鹿野郎を一緒に懲らしめて欲しいのであーりますっ!」
彼女は口調はアレだが、終始真面目な顔で僕に敬礼ポーズを向ける。
「……任務を終えたら解放して貰えますか?」
僕はやれやれとため息をついた。
「勿論であーります……ええと…名前名前…」
「木塚、木塚良介ですが?」
「うむ、りょーすけ二等兵、私の名前は渡辺歩、ピッチピチの17歳であります。今の気分はケロロ軍曹であります。」
「……面倒クサイから普通に話してくれないか・・・」
僕は深くため息をついた。
::::
彼女、渡辺歩の言いたい事を要約すると、こうだ。
クリスマスイヴに仕事と称して嘘をついて、他の女性とイヴのデートを満喫しているダメ男に一泡吹かせたいと。
んでもって、つい先程半ば強引に掴まえた、見ず知らずの僕に彼氏のフリをして、レストランに一緒に乗り込め…と。
「…あのさぁ…、ひとつ言わせてくれないか?」
僕はため息をつき、彼女を見つめる。
「何でありますか?」
まだ、続くのか?その口調……。
「レストランに入るのは無理だね…。」
「何故でござるかっ?りょーすけ殿っ!」
ござるて…、殿て…。
もうツッコミたくもない……。
「あのさぁ、あそこのレストランてね、雑誌とかに取り上げられてる、すごい人気のレストランなわけ。普段から予約無しで入る事ができない位なのに、こんなイヴの日なら尚更無理ですね。」
僕は半ば呆れて淡々と語る。
「そうなのでおじゃるかぁ…………。」
「…………。」
彼女は沈黙する。
僕は勿論呆れて沈黙。
少々の沈黙の後、
「…じゃあ、こうゆうのはどうですか?レストランから出てきたところ、わざと鉢合わせさせる…的な。」
面倒クサイから、ベタな展開を述べてみた。
「りょーすけ!君天才っ!!」
は???何…?すごい食いつきっぷり…。
てか、さりげなく呼び捨てされてるし。
「ぬっふっふっ…、鉢合わせ作戦……♪♪」
うわぁ…、生理的にすごい嫌な笑顔だ…。
ちょっと引いた。
僕の顔は確実に引き攣っているだろうが、そんなリアクションはなんのその。
「でわっ、いざ出陣ぢゃっ!!!」
一人でおーっと右手を高らかにあげる彼女と僕の温度差はきっと、北極とハワイ位だと感じて戴けたら幸いだ……。
そして、僕らは歩き出した…………。
::::
「うふ〜ん、あっちこっちバカップルの大安売りっ!バカップル量産工場があったら、間違いなく爆弾しかけてどかーんとやっちゃいたいねっ♪」
「声デカイ、恥ずかしいよ君…。ってか、端から見れば僕らもそのバカップルってカテゴリにはまると思うんだけど?」
僕は青い光りをちりばめた街路樹を見ながら、ため息をつき歩く。
「おおぅ♪そうだった。私とりょーすけは、嘘っぱちだが、バカップルだったのだっ!」
彼女…歩は、思い出したかのように僕の腕にぴったりとくっついてくる。
「…あのさぁ、渡辺さん」
「歩って呼んでくれなきゃいや〜ん♪ねっ♪ダーリンっ♪♪」
「……………。」
こいつと付き合ってるとされる男…、ちょっと尊敬するよ。
(精神的にキツかったろうに…他の女に逃げだすのも解らないでもないよ………。)
僕は歩がしがみついていない、左側の手でこめかみを押さえて少し俯き歩く……。
「どーした?りょーすけ、お腹空いたのか?」
「……ちょっと黙りなさい………。」
僕は、少し力を入れて、こめかみをぐりぐりと押さえた。
歩くこと6〜7分と言ったところか…。
目的地であるレストランの手前のセレクトショップまで辿り着いた。
「りょーすけ!大変っ!」
歩は、はっとして僕の腕を引っ張る。
「…何…?」
「私とりょーすけはステディ〜な関係という設定で…あれっ?でも何かが足りない…とナイスタイミングで気付いた私は、天才だと思いませんか?」
「は…???」
「何かが足りない。親密な恋人同士なのに、何かが……」
歩は、右手薬指とセレクトショップを交互に指さす。
「……あそこ(セレクトショップ)で指輪を買えと…?」
「うん♪もちペアリングで♪」
「冗談言うな…。」
「うおっほん…、あのね、木塚氏…、それは愛しの彼女に対して、あんまりにも冷たい返しだと思うよしかし。」
「嘘っぱちステディに出す指輪代などございませんが、何か?」
僕はイヤミを含めた笑みを彼女に向ける。
「…欲しいよぉ〜っ!指輪買ってよぉ〜っ!指輪のないステディなんて、ふじこちゃんの出て来ないルパンと一緒ぢゃあぁんっ!高い金だけ払わされてブサくて会話の弾まない女ばっかのキャバクラと一緒ぢゃあぁんっ!」
どんな例えだ・・・それは・・・。
「安月給のサラリーマンでも、年末はボーナス出て、うほほーい♪なんでしょお〜っ!」
「丁重にお断り致します。」
僕はバッサリ切り捨てる。
「……泣いてやる・・・・。すんげー人聞きの悪い暴言吐きまくって泣き喚いてやる…。」
「…………。」
そりゃマズイね……。
てか、さりげなーく脅されてるね、僕……。
歩を凝視してみる。
「……むふっ♪」
「・・・・・・。」
うん、コイツ…マジでやるな。目がマジだ。
「仕方ない……。1番安いやつにしてくれよ………。」
「うっほほおーい♪1番可愛いのね♪了解っ♪♪」
歩は俺からさっと腕を放してセレクトショップに駆け込んだ。
「1番可愛いやつなどと、誰がゆったんだ!」
俺は嫌な予感がして、慌てて歩を追い掛ける。
「お支払いは?」
「カードで…、5回払いでお願いします…。」
俺はカードを出してうなだれた。
1番安いのって言ったよな・・・・?
ペアで8万て…何故嘘っぱちな恋人の役をするだけでも面倒な願いなのに、バカ高い指輪まで買わされてしまうんだ…?
しかも…店員の笑顔と巧みな話術の前で断れなかった僕って……。
何だろう・・・・
イルミネーションがぼんやりと滲んでゆく・・・・。
彼女は、指輪をはめた右手薬指を輝く笑顔で撫でる。僕は指輪がはまっている指を見て更に酷く泣きたくなった……。
::::
「…クリスマス限定スペシャルクリームパスタ、超うまいっす♪♪」
「…はいはいよかったね。」
僕は頬杖をついてレストランを見つめる。
僕らは今、レストランの向かいの小さなカフェで、夕食をとりながら歩の男が出て来るのを待っている。
「…どした?りょーすけ、食べないのか?」
「……。」
「食べないなら私が…」
「君さぁ…、ほんと遠慮とか、慎むってコト知らないよね…。」
「……。」
カチャリ……。
彼女はフォークを置き、少し俯き、弱々しい笑みを浮かべた。
「ごめんなさい…、木塚さん…。散々振り回して……、私、あなたの優しさについつい甘えてしまって…………。」
穏やかだが、悲し気な声のトーン…。
艶やかなロングヘアがさらりと揺れ、華奢な肩が小さく震えている。
「はしゃいでいれば、悲しいコト、乗り越えられると…思って…ぐすっ」
彼女はゆっくりと顔を上げて、潤んだ瞳で僕を見つめ小さく笑う。
正直綺麗すぎてドキっとした……。
頭が真っ白になる。
「あ、あのさ…、ご、ごめん…言い過ぎたよ…べ別に気にしなくても……」
ヤバイ…、心臓が物凄いバクバクと………。
「木塚さん…ごめんなさい……。」
歩は僕の手をそっと両手で包む。
いかん……、静まれ!僕の心臓クン!
「…とまあ、こんな感じかい?慎むって♪♪」
彼女はにんまりと笑う。
「!!!」
僕はのけ反りそうになるのをなんとか堪えた。
「ひゃっひゃっ♪♪りょーすけ、超真っ赤っか♪」
歩は手をパンパン叩き大笑い。
「大人をからかうんじゃないっ!!」
僕は、あたふたとしながら彼女に説教する。
「だって〜、りょーすけが慎めってゆったんじゃん♪」
「慎むなら、最初から最後まで慎めっ!」
「それは無理だねっ、だって私が慎むとりょーすけはドキドキして、しどろもどろになってしまうのだから♪」
いひっと笑い僕のパスタに手を延ばす。
「…何勝手に食べてんだ?」
「育ち盛りだからお腹空くんだもん♪乳製品たっぷり取って、目指せ!Dカップ♪って感じ♪」
・・・・・・。
もーやだ、こいつ。
もちろん僕はうなだれた………。
「しかし、遅いな…」
僕はホットコーヒーを飲みながら、ガラス越しにレストランを見つめる。
「ん〜っ♪ケーキはやっぱりイチゴショート♪んでもってミルクティー♪最高でぇすっ♪」
相変わらずのアレなテンションで一人デザートを満喫する歩をちらっと見てみる。
(黙ってればほんと綺麗な子なのに…)
何となく残念な気持ちになった。
「何見てんのよぉっ、ははぁん、さては…惚れたね…君ぃ…♪」
歩はニタリ…と笑う。
「子供には興味無し。」
俺は一言告げて、レストランに視線を戻した。
時刻は8時を回っていた。
「……もうそろそろ出てきてもいいはずなのに…」
僕はため息をつき、携帯の時計を見る。
「ん〜、そだね。」
「…なんか、これから修羅場迎えるってのに、のんきだな、君は。」
また、ため息が……。
「修羅場??何で?」
歩はぽかーんとした顔を僕に向ける。
「そりゃ、浮気した男と対峙するんだから、修羅場になるコトは間違いないだろ?」
更にため息が……。
「そういえばそうゆう設定だったね…、忘れてた…いひっ♪」
「設…定…?」
「はっ…!しまった!ついうっかり口からでた………」
「……どうゆう事だ?」
僕は歩をじっと見つめた。
「えー、あはっ♪そのー…。あはは♪」
若干動揺の色を見せる彼女を見て、察してしまった………。
「全部嘘か……。」
「えー、あはっ♪……………バレましたぁ?」
ぷちん………。
僕は立ち上がり、
「……人間として…最悪だな、君……………。」
僕は無言で会計を済ませカフェを出た。
「ちょっと待ってよー!りょーすけーっ!」
「うるさい!ついてくるな!」
僕は怒声を彼女にぶつけた。
「そんなに怒ることないじゃーんっ!」
僕は歩く足を止め、彼女を睨み据える。
「さぞ楽しかったろ?見ず知らずの人間を散々振り回して……、馬鹿にするのもいい加減にしろよな………。」
怒りで頭が真っ白になる。
こんな小娘の策略におめおめとはまって、少なからず楽しいとさえ思ってしまった、自分の情けないお人よしっぷりにも腹が立った。
「引っ掛かった人間が僕でよかったよ。相手間違えたら、君、今頃どうなってたろうな……。」
「りょーすけだから………こんな事できたんだもん…………。」
彼女は僕にぎゅっとしがみつき小さくつぶやいた。
「……もうその手には乗らないよ。」
言いつつ、何故か速まる僕の心臓………。
「りょーすけ…だから、楽しい…んだもん…」
掠れる小さな声。
震える肩。
しがみつく腕に力がこもる。
「訳がわかんないよ。」
僕は戸惑う。
「…………。」
歩は、そっと僕から離れると、自らのバッグから眼鏡ケースを出して、かけた。
それから、長い髪を左右二つに分けて手でぎゅっと握った。
「……あ、……。」
僕は歩を見て、小さく声をあげた。
「思い出してくれた?」
小さく鼻を啜り笑う。
「君は、…日曜日に図書館で本をばらまいた子……?」
僕はとてつもなく驚いた。
「あの時本を拾い集めてくれたお礼もまともに言えずに、りょーすけは風のように去っていきましたとさ…、おしまい。」
歩は眼鏡を外し、髪をてぐしで直し小さく笑う。
「最初から言ってくれれば……」
「いや、普通覚えてないよ。そんなちっちゃな出来事なんて。」
歩は、ゆっくりと歩き出す。
「私、あのブティックのサンタさんにお願いをしていたのであります。
もし、りょーすけにもう一度会える奇跡が起きるなら、とびきりはちゃめちゃで忘れられないイヴを過ごしてやろうと。」
「……………。」
「あの場所で待つコト2時間。しかし、願いは一向に叶わず……。サンタさんに愚痴り始めたら……」
「僕が現れた…と言うわけか………。」
「んもう、このチャンスを逃すものかと必死でありました。」
歩は、バッグから小さめの紙袋を取り出し、
「あの時はお世話になりました。ありがとうございました。」
深々と頭を下げて僕に差し出した。
紙袋を開けると中には、
グレーの手編みのマフラーが入っていた。
「へえ…、中々上手だね。」
僕は小さく笑い、
「ありがとう。」
と歩の頭を撫でた。
「……指輪は有り難く戴いておくよ、にしっ♪」
そう笑い歩は僕と手をつないできた。
「ご自由にどうぞ。」
僕はもう一度小さく笑った。




