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新緑の揺れる公園で


緑の木々が風に揺れる音。

人が決して創るコトのできない、豊かな自然のメロディーに包まれて公園の遊歩道を歩く。


木々のアーチの隙間からこぼれる眩しい光のスポットライトと、見上げ細めた目に染み渡るコバルトの空。


私が好きな季節。

そして、あなたも好きだと笑った季節。


今はひとりで歩いてる。


あの時二人一緒に歩いた、この遊歩道を。






::


「本気なの?」

私は目の前で澄ました顔で、アイスティーに刺さるストローをくるくると掻き交ぜている、政樹まさきを凝視した。


「ああ。ずっと前から決めてた。」


政樹は、いつもと変わらないやんわりとした笑みを私に向け、ストローに口をつけた。


「ずっと前からって…」

それ以上言葉がでなかった………。

きっとどうしようもなく、みっともない気持ちを彼にぶつけてしまうだろう……。

そう思って。


「俺はさ、いろんな世界を知りたいんだよ。いろんな人に触れて、本当に自分が何をするべきかを見つけたいんだ。」


とても強い言葉だった。

強すぎて、私の存在が惨めになるくらい。


私の手付かずのアイスコーヒーのグラスの中で、氷が

「カラン」と小さく鳴いた…。


私は俯き、言葉を失くしたままだった。



彼、《原山政樹:はらやままさき》は、私と同じ美容室で働く美容師だ。


仕事は真面目で、巧みな話術とカットの腕前は、うちの美容室では群を抜いている人物だ。

彼にカットしてもらいたくて、彼を指名するお客様は毎日絶えることがない。


そんな凄腕美容師が一応私の彼。

ちなみに私も美容師である。


そんな彼が、突然言い出した。


「海外青年協力隊の試験に受かった。」

と。


「何?海外…?」

私は聞き慣れない言葉に首を傾げた。


「海外青年協力隊だよ。様々な後進国に出向いて、ボランティアで職業技術を現地の人達に教える仕事。」


政樹は笑みを浮かべてストローを回す。


「…それって…海外に行くってこと…?」

私は身を固めて政樹を凝視した。


「うん。モンゴルに1年行く。」

さらりと物申して笑った。

「お店は…?」

「今月一杯で辞める。」

「…………。」


政樹の突然の告白に頭が真っ白になった。


「辞める…って…、私そんな話、…聞いてない…。」

ぽつりとつぶやいた。


「店で知ってるの、店長だけだからね。」

政樹は笑う。


「本気なの…?」

私は尋ねる。

「ああ。本気だ。」

政樹はやんわりと笑う。


「…相談無しなんだ。」

私はぽつりとつぶやいた。

「…志乃なら、解ってくれると思って。」

政樹は、少し申し訳なさ気に笑う。


「…こんなコト、突然言われて、解ってくれなんて言われても…、私にはこの今の現実を受け入れる心の広さは、生憎持ち合わせてない。」


私は立ち上がり、テーブルの上に千円札を1枚置き、店を出た。




::


足早に街中の雑踏を通過する。

「志乃!ちょっと待てって!」

後ろから腕を掴まれたが私は力を込めて無言で振り払い、更に歩く足を速めた。


今、顔を見られたくない…………。

こんなみっともない泣きっ面なんて………。


そんな私の気持ちなんてお構い無しで、政樹は私の行く手を塞ぐ。


「志乃!」

「………。」

言葉なんて出る訳がない………。

振るえる身体に気付かれたくなくて、両手に力を込めて俯く。


脆弱でちっぽけな人間にも、安っぽいけどプライドはある。


少なからず私は政樹にとって、特別な存在だと信じていた。

海外に行くコトも、仕事を辞めるコトも、相談されて当たり前だと思っていた。


離ればなれになるのが

『悲しい』と思うのは、結局私だけなんだ……。


そう思うと、私の存在なんて、とてつもなく意味の無いものに感じて……


悔しかった。



「ごめん……志乃。」

政樹は小さくつぶやいた。

「……別に謝んなくてもいいよ……。」

アスファルトにぽつりと雫が落ちた。

私は慌ててカーディガンの袖で顔を拭った。


「政樹が夢を叶えるのには、私は邪魔だよ…。」

ため息がでる。

「誰が邪魔って言ったんだよ!」

政樹は私の両肩に両の手を置き、力を込める。

「じゃあ!なんで相談無しに全部勝手に決めちゃうのよっ!私は政樹の何?私の気持ちは………」


言葉が続かない……。


「…志乃なら、待っててくれると思った…。」

政樹は寂しそうに笑った……………。


「私は、そんなに強い人間じゃないよ……」

握りこぶしに力を込めて、政樹に言い放ち、政樹を避けて歩き出した。




本来なら、彼の選択はとてもすごいコトだと思う。

順風満帆な《現在‐いま‐》を手放し、貧しき人々の為に、知らない異国の地へとひとり旅立つ

のだから……。


比べて私は愚か者。

自分が可愛いいだけ。


自らの寂しさと、辛さと、《彼女》と言う安っぽいプライドだけを露呈して、泣くことしかできないのだから。


私は彼に相応しくない。

彼程の人ならもっと…………………。



まだ新緑揺れる春だというのに、コンクリートとアスファルトに囲まれた質感の硬い街は、歩く者の体力を奪うように、熱を放つ。


体がどんどん重くなる。

少し汗ばんだ体をどうにか休ませよう……。


そうしたら、頭の中もクールダウンできるのではないか…………。


そう思い、私は公園へと進路をとった。




木々が覆い繁る公園は、街中とはうって変わって、涼やかで心地よい風が吹いている。


遊歩道脇の木陰のベンチに腰を下ろし、風に揺れる木々の音を聞いていると、心が幾分か落ちついた。


元々田舎で暮らしていたせいか、あまり華やかな都会のビル群は得意ではない。


今思うと、慣れ親しんだ地元で美容師として働いたほうが、よかったのではないかと思う………。


(どうして政樹は私だったんだろう………。)


付き合って半年。

一度も尋ねた事がなかった……。

今さら、そんな事たいした問題でもないのだけど。

しいて言えば、都会の生活に不慣れな不憫な女に、同情した…というところだろう…………。


誰にでも優しくて、明るくて、美容師としての腕もよくて、みんなから愛される性格の政樹。


私はそんな政樹に必死でついていく事しかできない普通の女。


(ほんと…私なんかのどこがよかったんだろう)


ため息をつく唇が震える。

私は涙が零れないように、遠くで青々と光る芝生を見て目を細めた。




「やっぱり、ここだったか………。」

左側から安堵する声が。


「………。」

私は俯いた。


政樹は私の右側に腰を下ろして缶コーヒーを2つ置き、小さくため息をこぼした。


「ごめん…、お前の気持ちを勝手に解釈しちゃってさ……。無神経すぎたよ。」

政樹は私に向かい頭を下げる。


「…もう、いいよ。………私こそごめんね。政樹のする事は、世の中の為になる凄い事なのに、私なんかが水をさすような事して…」


「私なんかって言い方するなよ……。」

政樹は弱々しく笑い、私の頭を撫でた。


「……ねぇ、…どうして私だったの…?」


どうせ終わるなら、最後に聞いてみたかった。


「頑張り屋だったから。」

政樹は少し照れながら笑った。


「どんなに不慣れな環境でも、志乃は一生懸命だった。アシスタントの仕事だって、嫌な顔ひとつしないで手伝ってあげるのは、あの店で志乃だけだよ。」


政樹は笑う。


「それに、笑顔が可愛いい。それに、俺と同じ散歩好きだし。」

政樹は缶コーヒーのプルトップをカシャンと起こし、私に差し出した。


「覚えてるか?初めてデートした日の事。」

政樹は私を見る。


「……うん。」

私は缶コーヒーを一口飲み小さく返事をした。


忘れるわけない。

初めてのデートはこの遊歩道を歩いたんだから。


「真冬の公園を歩くなんて面倒な事に、お前は笑顔で付き合ってくれた。

たわいもない話に、何度も頷き笑いながら。」


政樹は遠くを見つめて緩やかに笑う。


「俺、今までお前の笑顔に散々助けられてきた。

……で、思った。」


政樹は私を真っ直ぐな目で見つめる。


「だから俺も、心からいろんな人に笑顔と希望を与えたい。俺ができるコト、僅かかも知れないけど、してみたいんだ。」


緩やかで優しい政樹の笑顔がどんどん霞んでいく…………………。


瞬きをしたら、今度は、

はっきりとした政樹の笑顔がまるで、切り取られた1枚の絵画のように心に焼き付いた………。


「1年しか…、待たないよ……。」

つぶやく私を抱きしめ包み、政樹は耳元で小さく呟いた……。



「帰ってきたら−−−−−−−。」



私は政樹のシャツの背中をぎゅっと握り、小さく頷いた。







あれからもうすぐ1年。


私はこの新緑揺れる公園の遊歩道を歩く。


彼の帰りを待ちながら…………。




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