表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/54

キラキラ♪♪

 人を好きになるなんて、私には無縁の世界だと思っていた。


 明るくてキラキラした世界なんて、私は大キライ。 ずっと、ずっとそう思って生きてきた。


 でもね、彼に出会った今は「おはよう」って笑って言葉をかけるのを心待ちにしている自分を知ったんだ。


 私と彼との接点はこのコンビニ。私はアルバイト店員で彼はちょっと特別なお客様だ。


 だって、私は彼を――



  ◇



 私の名前は、飯田さやか。16才でフリーター。

 高校は、1年の途中で辞めた。理由はありふれてる『生活苦』ってやつだ。

 酒とギャンブルに溺れ、借金まみれで、ろくに働かない最低な父親は、15の私と母を置いていい仲になった飲み屋のオンナと突然逃げた。

 最悪な置き土産である借金取りから逃げるようにして母は私を連れて、母の地元へと戻り、祖父母の助けを借りて安いアパートで生活を一からやり直しているというわけだ。

 しかし母の収入だけではとても高校へは通うことができず、ううん、それ以前にもうこれ以上、母に苦労や迷惑をかけたくなかったから私は、学校を辞めて働くことに決めたんだ。

 まだ歳が歳だし、学歴もないから、働くといってもアルバイト。収入は微々たるものだから、あまり大口は叩けないけど…でも、贅沢しなければ、母子2人で生活するには食費、光熱費くらいは充分補填できるだろうと思ったんだ。


 これが普通から見たら普通じゃない私の世界。

キラキラした世界が苦手な私の現実だ。



 平日午前6時から午後2時までが、私がこのコンビニで働く時間だ。ここは立地が高校の近くという条件で、平日の朝はめっぽう忙しい。朝食を買う学生だけではなく、昼食も買いに寄る学生が朝に集中するからだ。

 このコンビニで働く決まり事がひとつある。それは朝は必ず足を運ぶお客様を「おはようございます」と笑顔て迎えることだ。

そして、店から出るお客様には「いってらっしゃい」と笑顔を送ることも店のルールになっている。


 正直、この決まり事はこの忙しい時間帯には迷惑極まりないと、バイトを始めた頃は本当に鬱陶しいなと感じてた。

 だって、挨拶の声をかけたとてほぼ無視されるだけ。こっちは店員なんだから当たり前なんだけどね。

 まあ、買い物する客にしてみれば、別に店員とのコミュニケーションなんて正直いらないだろう思うし。


 ただ買う人。

 ただ売る人。


 純粋に考えると、ほんとにそれだけの関係でしかないんだからと思ってた。


 けど、悔しいかな、私のそんな考え方はバイトを始めて、たった1ヶ月でいとも簡単に覆されてしまったのだ。



  ◇


 ここで働き出して1ヶ月が過ぎたある日のこと。いつものように忙しい朝の学生客を捌き、客の流れが緩やかになる午前9時過ぎのことだった。


 私は、陳列棚に並ぶおにぎりやサンドイッチを整理前出ししながら、(今日も結構な売れゆきだなぁ。ほんと、みんな毎日飽きもせずおんなじもんばっか…、よく買うよなぁ)

 そんなことを若干呆れながら思いつつ、黙々と仕事を進めていた。

 その時、店の自動ドアが開き、一人の男子高校生が来店したのだ。

(…こんな時間にここに来る奴と言えば…)

 当たり前に遅刻者だと思い、舌打ちしたくなった。 面倒臭いな…。

せっかくウザったい挨拶から解放されたのにと心の中で毒づきつつもしかし、相手は店からしたら大事な客だ。たとえ数百円でも、お金を落としていってもらわなきゃ…。


「おはようございます。いらっしゃいませ」

 私は、作業する手を止め、営業スマイルを客人に向けた。


「やぁ、おはよう♪」

 そいつは、ニカッと笑い私に手を振って挨拶に応えた。

(何…? このバカみたいにフレンドリーな奴は…) 私は客に悟られないように小さく鼻を鳴らし作業に戻ると、

 パン棚のパンを整理して並べ直しているとそいつは、こっちに近づいてきて、

「ん? 久々にここに来たら、ニューフェイスっじゃん♪」

 私の名札を覗き込み、

「へえ、飯田さんって言うんだ♪ ねえ、飯田さん、最近のオススメは?」

 へらへらした笑顔で私にそう尋ねた。


(…ウザイ)と思いつつも仕事だから仕方なく、

「最近、デラックスヤキソバロールが新商品で出たんですよ。ボリューム満点で学生さんには人気商品です」

 営業スマイルで応対したら、

「へえぇ、うまそうっ♪ じゃ、それにしよっと」

 新商品を手に取りにかっと笑った。

「ありがとうございます」 私は、軽く頭を下げてパックジュースの陳列棚の品だしをする為に高校生に背を向けた。すると、

「あ、飲み物、飲み物。ねえ飯田さん、何が好き?」 再度私の隣へ来てそう尋ねた。

 何かホントウザったい奴だとイライラしたから、

「…パンには牛乳じゃないですか?」

 視線を合わすことなくテキトーでつっけんどんな返答をしたら、

「おおっ…、確かにそうだよねぇ。飯田さん、俺今高2なんだけどさぁ、牛乳沢山飲んだら、今からでも背ぇ、伸びるかなぁ?」

 空気が読めないバカなのか、男はまるで会話を止める気配がない…。

確かに隣のそいつは157センチの私と比べても、頭半分も高さの差がないチビだなとは思ったけど、(あんたの背の事情なんて知るか…)と心で呆れつつ、

「えー、きっと伸びると思います」

 と、テキトーに話しを合わせた。

「じゃ、2こ買おう♪」

 そいつは、にかっと笑いパックドリンクの陳列棚から、500mlのパック牛乳を2つ手に取った。

「じゃあ、レジよろしくぅ♪ 飯田さんっ」

 そう告げて、屈託のない笑顔を私に向けた。

(レジにおばちゃんいるじゃん…)

 私は、もうひとりの40代のバイトの黒田さんをちらっと見たら、私の視線に気付きレジから出て、

「私、品だし補充するから、レジよろしくね~」

 若い子同士でどうぞとでも言いた気に、笑みを浮かべてバックヤード(倉庫)へと消えた。

 最悪。…うざい勘違い。私は一刻も早くこのお喋りな男から解放されたいのに…。


 私は、ばれないように小さくため息をつき、このウザったい客を早く店から追い出したいが為に商品のバーコードをテキパキとスキャンし、さっさと袋に詰めた。

「ねぇ、飯田さんて幾つ?」

「……」

 とりあえず笑顔は絶やさないが、個人情報だから返答はしない。

「絶対俺より年上だよね?なんかわかるよ」

 私のスルーになんの躊躇もなくひとりで勝手に話を進めて笑った。

(本当に残念だけど、あんたと同じ歳だよ)

 胸中では馬鹿馬鹿しくて盛大にため息をつくが、顔は何とかスマイルでしのいだ。

 お金を受け取り、お釣りを渡すと、

「ありがとう、飯田さん。またね~♪」

 男はお釣りを受け取り、大変ありがたくない言葉の置き土産を私に放った。


「ありがとうございましたぁ。いってらっしゃい(ウザイからもう来るな)」

 心で毒を吐き軽く頭を下げてやっと解放されると小さく息をつくと、

「うんっ、行ってきまぁす。飯田さん」

 男は、ひらひらと手を振り自動ドアをくぐり店から出ていった。


「なぁにが飯田さぁんだ。馬鹿じゃない…」

 私は、床に小さく毒を吐き再度品出しの業務に戻った。



  ◇



 時刻は、バイト終了時間午後2時の5分前。

(…なんか今日は普段の倍疲れたな…)

 私は、雑誌を整理する為に屈ませていた体を立たせて、小さく伸びをした。

 と同時に、店の自動ドアが開き客を迎えるチャイムが鳴った。

「げっ…」

 私は、その姿を見て若干ギョッとして小さくつぶやいた。私の目に飛び込んできたのは、今朝のフレンドリーな男だったのだ。

「い、いらっしゃいませ」 引きつりそうになる顔に無理矢理な笑顔を浮かべて、お決まりの挨拶を放つ。 すがるように時計を見ると業務終了まであと3分もある…。

(全くもってウザイ)

 そんな私の腹の内なんて知るわけないだろう男は、「ただいまぁっ♪ 飯田さん♪」

 今朝同様に屈託のない、人なつっこい笑顔で私に近づいて来た。私は品出しをするふりをして奴から少し、また少しと遠ざかる。

しかし、そんな私の心情なんてお構い無しで、へらへらとした笑顔で私についてきた。

(何? こいつ…。マジでウザすぎる)

 イラッとした空気を放つ私に、

「飯田さぁん、ヤキソバパン超うまかったよ。ありがとう♪」

 ニカッと笑い、私にお礼を告げた。

「…よかったですね」

 こいつは露骨な引き攣り笑いの私に全く気づかないのか?

「パンにはやっぱり牛乳だよね。あ…、ねぇ、俺、背ぇ伸びたかなぁ?」

「…そんなに簡単には伸びませんよね」

 くだらない問いかけに更にイラッとして眉をしかめる私に、

「あははっ♪ だよねぇぇ~♪」

 手を軽く叩き笑う男。

(バカを相手にするのはキツい。早く帰りたい…)

 再度すがるように時計に目をやると、よしっ、時刻は2時を回った!

 私は「勤務時間終了ですので」と軽く頭を下げレジへ行き、次のシフトのバイトの佐々木さんに、

「お疲れ様です。お先に失礼しまぁす♪」

 頭を下げ、金庫とレジキーを渡した。

「飯田ちゃん、あの子と知り合い?」

 佐々木さんは、興味津々という感じで私に尋ねる。「…勘弁して下さい」

 私は、真顔で佐々木さんを数秒見つめて、

「では、さようなら」

 と告げ、ダッシュでバックヤードへとエスケープした。

 バックヤードのパソコンに、タイムカード代わりの名札についたバーコードをスキャンして、ロッカーに制服をしまいバックヤードのドアのマジックミラーから、店内を覗き見る。


「よしよし、奴はもういないな…」

 私は、男が店内にいないのを確認して、労働後の自分へのご褒美にパックのカフェオレを陳列棚から取り、レジの佐々木さんの元へと歩いた。すると、

「…あの子、外にいるよ」 佐々木さんは、くすっと小さく笑い、バーコードをスキャンした。

「マジでウザったいですよあの客。べらべらしゃべりかけてきて…。こっちは仕事してんのにぃ…」

 私は、佐々木さんに愚痴をこぼした。

「でも、中々可愛い子じゃない? ニコニコと温厚そうで。今時いないよね? 店員に素直にありがとうって言う子♪」

 佐々木さんは、お金を受け取り、私にレシートを渡しながら外に目配せした。「私はああいうへらへらと頭の悪そうな奴は超苦手です」

 そう言って私は、レシートをゴミ箱に捨てて、

「お先に失礼します」

 と軽く頭を下げて、ジーンズのポケットから携帯を取り出し、メールなんてものはひとつも飛んでこないけど、確認をするふりをして外部をシャットアウトしながら、店の自動ドアをくぐった。


「あっ♪ 飯田さん、お疲れ~っ」

 店の外で男は、案の定私に声をかける。

 業務から離れた私にとってこいつはただのウザイ男。それを無視して素通りした。それなのに、バカはニコニコしながら私の後をついてくるのだ。

 一体…どういうつもり?てか、もしかしてこいつ、ストーカーじゃないの?

 胸の中で、瞬く間にイライラが募った。

 次に話しかけたらマジでキレてやる…。


 そう心に決めた瞬間――

「うわっ! 飯田さんっ見てっ! UFOだっ!」

 男は、突然叫び空を指さした。

「はっ? ぇ? 何っ!?」 私は迂闊にも声につられて空を見上げた。

「なんちゃって、飛行機だよ~♪」

 あはっと男は笑う。

「……」

 そんなバカの笑い声に、イライラが限界を越えた心が、GOサインを出した。「…マジいい加減にしてくれない? 何? アンタ。店の外まで付き纏わないで」

 私は、立ち止まり振り向き様にキッと男を睨みつけた。

「…? 俺さぁ…帰り道、こっちなんだけど♪」

奴は、自身の帰路を指さす。


「…………。」

 私のいらつきを気にしないかのように、奴はさらりと言い放ち笑う。何だか私は勘違いな女みたいで急に恥ずかしくなり、男から遠ざかる為に歩くスピードを速めた。


 けど、男は私の歩くスピードに併せて足を速めてついてくる。腹が立つ。腹が立つ!

「ねえ、飯田さ――」

「話しかけんな!」

 私は会話をシャットアウトして早歩き。

「うわっ! 犬のう〇こっ!」

 叫ぶ声に,

「(マジかっ!)!!!」

私は、さっと足元を確認する。

「な~んちゃってぇ♪」

 男は愉快そうにあははっと笑った。

(…おちょくりやがって…一発殴ってやる!)

 私は、足をピタリと止めて、

「マジウザイ! いい加減にしろよっ!」

 私は、これでもかっ! っていうくらい男を睨みつけて、右手に力を込めた。 その時、

「うわああっ!すっげえっ♪」

 男は空を見上げ歓喜の声を上げて指をさすが、ふんっ、もうやすやすと騙されるもんかっ! と鼻を鳴らした。そんな私の怒りをスルーして、男はズボンのポケットから携帯を取り出し、指さした方角に写メを構えた。


「すっげえよ! 見て! 綺麗な虹だっ♪」

 カシャリとシャッターを切った。

「……」

 私は、思わず男が携帯を構える方角に視線をやった。


「うわぁ…、すごい…」


 目に飛び込む景色に思わず小さく声がこぼれた。

 薄雲が掛かるこちらの天気とは打って代わり、田んぼが広がる平らな空の奥の住宅街には暗く重い雲が掛かり、そこだけがまるでこちらとは別の世界のように、濃い棒状の虹が、まるで生えているかのように空へと伸びていた。


 しばらくぽけっと虹に心を奪われてた私に、

「今日は、ほんといい日だよねっ? 飯田さん♪」

 満足気に、どこまでも緩やかに笑う隣の男を見たら、何だろう…?

 私の胸の中にはじんわりと心地の良い敗北感が広がった。

「あんたって、本っ当変な奴…」

 小さくため息笑いを地面にひとつ落として、私はカフェオレにストローを刺した。

「営業スマイルもいいけどさあ、俺今の飯田さんの笑顔の方が好きだな♪」

 笑顔で私をしげしげと見つめる男に、

「…恥ずかしげもなく、よくべらべら喋る奴だよね…」

 私は、熱を帯びる顔をごまかすかのようにくるりと背中を向け、また歩きだした。

「佐藤わたるだよ。飯田さやかさん」

 男――佐藤は名前を告げながら私の後から横へと足並みを揃えて歩いた。

「…さんはやめてよ。こう見えても私、佐藤君と同い歳。悪いけど年上じゃないから」

 私は、カフェオレを飲みながら佐藤をじろっと見た。

「ふぇえ~っ! すげっ! 超大人っぽい同い年だよねっ!」

 佐藤君は、少し長めの黒髪を掻き上げて、驚きを隠すそぶりすら見せず少し大きめな瞳を輝かせて私を見た。

「…いや、そっちが幼なすぎるんじゃない?」

 私は、小さく吹き出してしまった。

「幼いとは、失礼な」

 佐藤は、拗ねた口調を放ちながらもニコニコと笑っている。

「ねぇ、俺も喉渇いた。それちょっとちょうだい」

 佐藤は、私のカフェオレを見つめて手を差し出した。

「…しょうがないなぁ。…一口だけだからね…」

 カフェオレを佐藤君に差し出と、

「サンキュー、さやちゃん」

「馴れ馴れしい呼び方しないでくれる?」

 そんな私のクレームをよそに佐藤は、カフェオレを受け取り一口吸い上げた。「…うはっ、ぬっるっい」

 小さな苦笑いを浮かべた。

「文句ゆうなら飲むな」

 私はそんな佐藤を見て鼻を鳴らして笑った。

「…ってかさ、これって何げに間接キス?」

 若干赤面を交えてにんまり笑う佐藤に、

「…今時、中学生でもそんなコトじゃ喜ばないと思うよ」

 私は、盛大なため息笑いを向けた。

「…え、そうなの?」

 佐藤は驚いて、再度カフェオレを飲んだ。

「…全部飲んだら…マジ怒るよ…」

 横目でジロッと牽制したら、

「…ははっ、はいありがと」

 佐藤は再度苦笑いで私にカフェオレを返した。

「…超軽い…どんだけ飲んでんのよ」

 私はカフェオレをストローで吸うが、少し飲んだら、ズズッと終了の音が。

「…最悪…。もうないじゃん」

 私は小さく込み上げる笑いと共に佐藤軽く睨んだ。「うん、うまかった♪」

「は? ぬるいとか文句言ってたくせに…」

 ため息笑いが地面に落ちた。


「ねえ、さやちゃんはなんで学校行ってないの?」

 歩きながら佐藤はふと私に尋ねた。

「…ノーコメント」

 興味本位で尋ねられて、自分の情けない事情なんて言えるわけない私は、ふいっと佐藤からそっぽを向いて歩いた。


「…ごめんね…、俺余計なコト聞いた」

 佐藤君は、緩やかだけど申し訳なさそうに笑みを浮かべた。

「…てか、佐藤君て本当にお喋りだね。いっつも笑ってべらべら喋って疲れないの?」

 ちょっと皮肉混じりにそう尋ねると、

「普段は全く喋らないし、笑わないよ」

 相変わらずニコニコしながら、矛盾したコトを口にする佐藤は、

「俺にはトモダチなんてのはいないしね」

 なんの悪びれもなくさらりとそう言って、私に笑みを向けた。

「…ごめん…、余計なコト言った…」

 今度は私が、俯き加減で謝罪の言葉をつぶやいた。「いいんだよ別に。だって、俺、正直トモダチなんていらないもん」

 佐藤はけろっとして笑った。

「…なんか、佐藤君って矛盾してるよね?」

 私は、自分の心の中の言葉をストレートにぶつけた。

「トモダチいらない奴が何で初対面の私に、しつこいくらい話しすんの? 意味わかんないよ」

 やれやれと首を振った私に、

「んー…」

 空を仰いで少し考えた後、


「さやちゃんから俺と同じ『におい』がしたからかなぁ?」

 佐藤は私を見て少し寂しそうな顔で笑った。

「…同じ匂い? …何それ、意味わかんない」

「俺ね、親いないの」

 佐藤はそう言ってあははっと笑った。

「父親と母親が離婚してさ、6才の時に母親の実家のあるこの町に来たんだけど、俺が9才の時母親も男作って出ていっちゃってさぁ…。ばあちゃんと2人で暮らしてたんだけど」

 再度佐藤は空を仰いぎ、


「ばあちゃん、先月死んだんだよ。俺ひとりになっちゃった…」

「……」

 そんな佐藤にかける言葉が見つからず、私は黙ったまま歩き続けると、


「ま、ひとりになってもさ、住む家もあるし、祖母ちゃんの保険金やら貯金やら結構あって、生活には困るコトはないんだけどさ」

 やんわりと笑う佐藤に何だかまた私は苛立ちを感じた。

「…同じじゃないよ」

 歩く足を止めて、

「私とあんたは同じじゃないから…」

 私の口からそんな言葉がこぼれた。

「…私、母さんと父親の借金から逃げてこの町に来たの。学校行ってないのは、生活の為だよ。私が少しでも働かなきゃ母さんが大変だもん」

 本当はこんな佐藤に事話すのはおかしいってわかってるし、きっと私が佐藤にイライラするのも間違いだってわかってる…。でも、

「お金があって、働かなくても学校行って普通に生活できてるあんたと私とは全然違うよ!」

 吐き捨てるような言葉を放ったら、逆に酷く惨めな気持ちになった。


「…じゃ、俺と生活を交代してよ。そしたら学校行かずにさやちゃんみたいに一生懸命働いて、さやちゃんの母さんと一緒に暮らすから」

 佐藤は真顔で私をじっと見つめて、

「…ひとりぼっちよりは、うんと幸せじゃん…」

 佐藤は深く緩やかに瞳を揺らして笑みを浮かべ、じっと私を見つめた。

その瞳の奥には孤独を噛みしめる哀しさが入り混じり、何だか笑っているのに佐藤が今にも泣き出しそうな顔にも見えた。

 

「…私、キラキラした世界が嫌いなんだ」

 私は、ぽつりとつぶやいた。

「普通の家庭に生まれて、タルイとか、面倒臭いとかぼやきながらも普通に学校行って…、生活を送る。そんなたわいもない普通すら手を延ばしても私には手に入れられない。そんなたわいもないキラキラした遠い世界が…大嫌い…」

 誰にも言えない、話せない惨めな自分の生活環境。世間から見たら普通じゃなく特殊な私。そんな疎外感と劣等感にがんじがらめになって、そしてやっぱりいつだって一般的な人とは違うんだって孤独を感じていたんだ。


「俺は、さやちゃんの方が、キラキラしてるように見えるよ」

 佐藤は小さく笑い、

「大切な人を思いやって、一生懸命働いて、ちゃんと色んなこと考えて生きてるさやちゃんは、とてもキラキラしてる」

 そんな言葉を向けられたら、今まで頑張って堪えてきた涙が私の目からいとも簡単にポロポロと零れ出してしまった。

「さやちゃんの、おはようといってらっしゃいで、俺の今日はすごく幸せだったよ」

 私にハンカチを差し出して、佐藤は照れ臭そうに、にかっと笑った。

(ほんと私、こいつの笑顔には勝てる気がしないな)

 心からそう思った。


   ◇


「いらっしゃいませ、おはようございます」

 今日も私はいつものようにこのコンビニで生活の為に働く。

「ありがとうございました。いってらっしゃい」

 品物を買う人である客と、それを売る私の間に相変わらず大きな変化なんてない。 

 だけど、ひとつだけ以前と変わったこと、それは…。


 自動ドアが開き、チャイムの音に包まれて笑顔の君の視線が私を探す。そんな君に、

「おはようございます。いらっしゃいませ」

 私は営業スマイルとは違う笑顔で君に言葉と気持ちを送る。

 そして君は、

「おっはよう♪ さやちゃん♪」

 相変わらずの幼い笑顔を私に向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ