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残酷ですか?(後編)

「な、な、な、な…」

 ご飯茶碗片手にしゃもじを構え、ボクは炊飯器の蓋を空けて、衝撃的な不幸にうち震えた。


「ないっ! ボクのご飯がっ! ジャーが空っぽ! そんなっ! 嘘だろっ!!」

 いつもなら必ず用意されているはずのボクの生命線、白飯様がすっからかんじゃないかっ!

 母さんっ! ナニヤッテンダヨ!!


「そんなぁ……」

 もうダメだ。ぼかぁ間違いなく死ぬよ、うん。

怒りを通り越し、しゃもじが床に落ち、膝の力が抜けて体がへにゃっと崩れ落ちた。

悲愴感全開で項垂れるボクを尻目に、空き巣は冷蔵庫を開けて、


「…つーか、こんだけ食材が充実してるのに腹が満たせないとか、二〇〇%自業自得だわな」

 大きなため息をついてボクに小さく舌打ちをして、冷蔵庫から食材を出して、


「…焼きそば作ってやるから、カフェオーレの件はチャラな…」

 そう言って、手を洗って調理を始めた。

「空き巣ぅ…、お前結構いい奴だな。てか、料理できるとか意外だっ!」

 焼きそばというステキワードに気力が回復したボクは、立ち上がってテーブル席につくと、


「コラ…テーブル拭いて箸くらいは準備しろよな」

 キャベツを切りながら空き巣はため息をついて小さく笑った。

「えー、もう、めんどくさいなぁ…」

 言いつつも、まあ仕方ない。お昼に出来立てほやほやの焼きそばが食べられるという思わぬ幸運を獲たんだ。それくらいはやってやろうじゃないか。ボクはテーブルの上を整えた。


 イスに座り、空き巣が調理する背中を見つめて焼きそばを待つ。

「空き巣のくせに、中々見事な手際だな」

 先刻見た無駄のない包丁さばきといい、フライパンの振り方といい、とても素人とは思えない感じだと小さく驚いたら、


「…これでも数日前までは料理人だったからな…」

 空き巣はそう語って皿に焼きそばを盛り付けた。

「へー、空き巣、お前料理人だったんだ」

「まあな。…でもそんな事過去の話だ」

 

 テーブルに焼きそばの皿を置いて、「さあ食え」とボクに促した。


「うっは~っ♪ 綺麗なぷるぷる半熟目玉焼きまで乗ってるぅう~っっ♪ いっただっきま~すっ!」

 ソースのいいにおいと、作りたての温かい湯気を浴びながら、焼きそばに箸を入れ、口へと運び咀嚼する。


「ぎゃ~っ! うんま~~いっ!! やだやだ! ちょっとなによこれ~っ!! うちの母さんが作る焼きそばなんかとは全然格が違うじゃないかっっ!」

 空腹という最上のソースを差し引いてもお釣りがたっぷり来そうなこの旨さってば、もうっ! ど~しようっ!

無我夢中で焼きそばを頬張るボクを見て空き巣は、


「全く…大袈裟な奴だな」

 そう言ったけど、結構嬉しそうにニヤニヤしてるぞ。

「勿体無いなぁ。こんなに旨い焼きそばが作れるのに空き巣なんて」


「仕方ないだろ。借金抱えてまで好きなことやれるほど世間はそんなに甘くないんだ」

「借金があるのか?」

「ああ。やっとの思いで立ち上げた大事な店なのに、友達だったはずの共同経営者に騙されて店の権利を奪われた挙げ句借金だけがオレに残った。金返すあてもないし、もう働く事自体が馬鹿らしくなって…」

「なるほど、それで空き巣に転落したというわけか」


 ボクの問いかけに、

「ああ。だけど初めて空き巣に入った家に、こんなぐうたらで暢気なガキがいたなんてな。もう空き巣やる事自体もアホらしくなっちまった」

 空き巣は、ため息をついて小さく笑んだ。


「ちょっと待て…、お前、最近この界隈を荒し回ってるという連続空き巣犯じゃないのか?」

 些か驚いて空き巣を見つめたら、


「空き巣に入ったのは、ここが初めてだ。オレはその空き巣犯じゃねーよ」

 やんわりと笑った後に、

「まあでもな、盗みをしようと住居侵入した時点で、犯罪者には違いない。自首してブタ箱に入るわ」

「空き巣…」


 寂しそうな顔を見たら、なんだか胸がモヤモヤした。だって、空き巣だって元々は真面目に頑張ってたのに悪い友人に騙されてこんな事しなきゃいけない気持ちに追い込まれたんじゃないか。

そりゃ、泥棒は、犯罪はよくないよ。

だけど空き巣は悪人にはなりきれずに空腹で困り果てたボクにこんなに優しくしてくれたじゃないか。


 ガムテで拘束されたり包丁で脅されたりカフェオーレを盗まれたのはそりゃ、頭にきたけど、そんな怒りを消し飛ばすくらい美味しい焼きそばを作ってくれた。そしてなによりこいつは自分の罪を認めて自首まで考えてる。


「お前は空き巣だけど空き巣じゃないよ」

 そう言ったボクに驚いた顔を見せた空き巣に、

「ボクは空き巣なんて見なかったし出会わなかった。ボクが出会ったのは、ちょっと神経質だけど気のいい焼きそば職人だったって事だ、うん」

 そう言って頷いたら、


「…こんなガキに同情されるなんて…」

 空き巣は、「情けねぇ…」と呟いて、

「もういいんだよ、どうせ何をやってもうまくいかないんだ。オレはそういう星回りの人間なんだよ。だってそうだろ? 頑張って頑張ってやっとの思いで自分の好きな事、大事な大事な夢が叶ったのに! これからもっともっと夢を広げていこう一生懸命やってきた全てが一瞬で無くなっちまったんだぞ!」

 胸の中の憤りをぶちまけて、俯き肩を震わせた。


「全てが無くなったなんて嘘だね!」

 ボクは、両拳を握りしめて、テーブルを叩いて、


「お前には一番大事なものが残ってるじゃないか!」

 驚いた顔を向けた空き巣に、


「自分が作った料理が沢山の人達の笑顔になる! それが嬉しくて好きで、その為に努力して積み重ねた料理の腕が、人に優しくする気持ちがお前にはちゃんと残ってるじゃないかっ!」

 盛大に怒りをぶつけ返してやった。


「社会なんて知らねーゆとりのクソガキが! わかったような事言うんじゃねーよ!」


「いいかはっきり言うがボクはゆとりじゃない! さとり世代の人間だっ! だから世間知らずなりになにかと悟ってんだよ! 努力がいかに無駄な行為か! 一生懸命がいかに損か! この先努力したとて大きく勝ち得るものなど無いに等しいのが世の現実らしいからなっ! 未来に夢も希望もないクソつまらない事だらけの世界に生まれた事を悲観もせずぬるま湯に浸かって極々平凡な毎日にだらだらと埋没するだけで、なんの取り柄もない、秀でた何かもなく大きな期待もされず、周りの大人にこれだからゆとりは…なんて生あたたかく笑われて頑張る事を知らない世代だと否定され、真剣に怒られたこともなく真剣に頑張れとも言われず中途半端に嫌味だけを言われ適当に甘やかされながら適当にあしらわれ、いずれは自分の身の丈を見て適度な安定を得てして生きればいいと釘を刺すように言われ続けて育ってきたさ! そんなボクだからこそわかる事だってあるっ!」


 ガキはガキなりに個々にちゃんと気持ちがあるんだっ!

ひとくくりしてゆとりださとりだってカテゴライズされて没個性の仮面をかぶって生きてく事なんて、本当は真っ平ごめんなんだよ!


「一生懸命努力し積み重ねて勝ち得る事が出来る奴は、夢を生あたたかく笑われても自分を貫き通せる、自分を信じて頑張れる奴は、凄い奴なんだよ!! 羨ましいっ!! 羨ましくてどうしようもなくムカつくんだけど出来る奴に努力を否定されるのはもっともっとムカつくんだよっ!!」 


 なりたい自分、真剣な気持ちを笑われて、ボクは頑張るを諦めた。

夢なんて見るな。世間はそんなに甘くない。

努力したって叶わない事ばかりなのが世の中だって。

そんな否定を跳ね返す強さもなく、ボクは諦めて生ぬるい生活や怠惰に身を沈めた。


 あの日泣きながら心と共に破り棄てた夢の絵図。

だけど破り棄てきれなかったひと欠片の心。

いつかは。そう、またいつか。そう思うだけでいつ訪れるだろういつかにどこか期待しながらも、いつかに備えての努力の積み重ねはしなかった。

そんな自分が嫌なのにそんな自分でいいやと諦めたり悲しんだり腹立たしくなったり。


「好きなんだろ! だから大変でもいっぱい努力できたんだろ! だから一生懸命頑張って一度は手にできたんだろ! だったらつまんない事言わないで、もう一度一生懸命頑張って勝ち得てみろよ!」


 空き巣に言ってるのに、自分の言葉が全て自分に返ってきて、泣けてきた。そんなボクに、


「…お前、本っ当に変わった奴だなぁ…」

やれやれと笑って、


「全く…、お前みたいなクソガキに大事な事諭されるなんてよぉ…」

 キャップを更に目深にかぶり、


「そうだな…。確かに全てを無くしたわけじゃねえよな…」

 少し俯き、照れ笑いしながら、


「もう一度、やってみるわ」


 小さな声で「ありがとな」と呟いた。


「そーだそーだ、空き巣なんて大胆かつ、セコい事しよう勇気が持てたなら、なんだって出来る!」

「…なんかムカつくなぁ」

「なんだと! ボクはめいっぱい褒めたつもりだが?」

「ぷっ、つーか、なんだろな? そのボク呼称に慣れてきたら、中々それも悪くない」

「ふっふっ、良いだろ? ボクっ娘はボクの中では最強キャラ、ナンバーワンなのだよ」


 そう言ったボクに、空き巣は、

「お前も頑張れよ。女なんだから、ちったあ身だしなみくらいは気を遣え。あと、トイレ行ったら手は洗えよ」

 クソ空き巣め! 吹き出して笑いやがった!


「今は春休みだから! 普段はちょっとは頑張ってるのだよ! 本当だぞっ!」


 …神様嘘です、ごめんなさい。

膨れっ面を空き巣に披露しつつ、食べ終えた皿を流しに置きに歩くと、居間からおかしな物音がしたと思って振り返ると、


「空き巣っ!! 危ないっ!!」

「――っ!!」


 空き巣の後ろにむさ苦しい黒ずくめのいかにもなオッサンがいて、躊躇なく空き巣にナイフを降り下ろした。

「チッ!!」

 舌打ちした空き巣は顔を歪ませながらも、

「料理人の根性と体力なめんなよ! クソがあっ!」

 顔面に痛烈な拳を一撃。オッサンは白目を向いて倒れてのびた。


「ガムテ持ってこい!」

 空き巣に叫ばれボクは慌ててガムテを持って、オッサンの手足をぐるぐる巻きにして、冷や汗を拭い息をついた。


「よし…、警察に…電話…」

 空き巣は小さく笑いながら崩れ落ちた。


「空き巣っ!!」

 駆け寄ると、空き巣の足元には赤い血溜まりが…。

「ははっ、本当、ついてねえな…」

「しっかりしろ!」

「大丈夫だ、これくらいの事で死ぬかよ。つーか、空き巣って呼ぶのはいい加減やめろよ。オレには秋津亮二って名前があ…る」

 空き巣は自分が秋津亮二だと名乗り、意識を失った。



 警察と消防に連絡して、オッサン…、連続空き巣犯は捕まり、空き巣の秋津は救急車で病院に搬送された。

警察の事情聴取を受け、秋津は色々疑われたけど、秋津は空き巣ではなく、ボクの知り合いで助けてくれた恩人だと言い張ったら、警察もそれ以上の追求はやめてくれた。


 両親に泣いて延々説教された。

姉にも、散々バカだと罵られた。

だけど嬉しかった。凄く心配されてる事が理解できたから。


 騒ぎが収まり、ボクはまたいつも通りのぐうたらなボクに戻った。

二週間が過ぎ、ボクは新学期を迎えて学生生活に勤しむ振りをして授業中に船をこぎつつもなんとかやってる。

 だがしかし、以前とは船をこぐ理由は変わった。アニメを見る為の夜更かしではなく、本当にやりたい事をやる為の夜更かしをしている。

 一〇〇円ショップで買える安いお絵かきちょうと、2Bの鉛筆と定規。それがボクの夢の為の大事な大事な道具だ。

 両親は呆れながらボクの可能性、開くやも知れぬ未来の才能を否定して相変わらず嫌味混じりに説教してくる。

 姉はボクを苦労知らずの気楽なバカだと、そんな事出来るのは学生の今だけ。現実は甘くないんだと生あたたかく笑って鼻を鳴らす。


 でも構うもんか。ボクはボクが好きだと誇れる自分に、好きな夢に向けて積み重ねて頑張れるボクになるんだ。

 どんなに笑われたって平気だ。

 だって、好きなんだよ! 物語を、自分だけの世界を描く事がね。

 書きためたマンガのネームを読み返して、

「ボクは諦めないからなっ!」

 そう改めて決意してにんまりと笑ってやった。



 あれ以来空き巣の秋津とは音信不通だ。 

だけど、きっと近い未来、またあの美味しい焼きそばを、料理を食べられる時が来る。なんだかそんな予感がするんだ。


『世界は残酷だ』


 ふとそんな言葉を思い出す。

うん。確かに残酷だ。大きな夢も心踊る希望も、大成功する輝かしい未来も、一瞬で失う不幸絶望だってあるだろう。


 だけどボクは知ってる。 

 それでも壊れない、壊せないものがあるって事を。


「よしっ! やるぞっ!」


 ボクは鉛筆を握りしめて、今日も未来を積み重ねる。


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