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心に花を

 ある秋の夕暮れの事でした。


少女は歩く足を止め、川沿いに咲き並ぶ色とりどりの秋桜や、キラキラとちりばめるように光輝く川面のその全てが暖かく美しいオレンジ色に包まれていく様子を、ぼんやりと眺めていました。


 今日も何も出来ないまま一日が終わってしまうのか…。

暮れてゆく空を見上げると、思わず愁いた息がこぼれました。


 少女には叶えたい夢がありました。

その夢というのは、デザイナーが作り上げた美しい服を着て、沢山の光と音楽が降り注ぐランウェイを歩く事でした。


 幸いな事に、少女はモデルにとって欠く事の出来ない背の高さに恵まれました。

そして、幾度となく、諦める事なくオーディションを受け続け、小さいながらもモデルの仕事ができる事務所に所属する事ができるようになり、少しずつ仕事も貰えるようになりました。


 少女の貰える仕事は、カタログ雑誌の片隅のワンカットや、地方のショッピングモールのセール広告等、どれもランウェイを歩く事からは程遠いものでした。

 しかし、それを卑下する事なく、それは夢に向かっての大切な一歩であり、自分の存在を少しでも世のデザイナーに知って貰う為に与えられた大事なチャンスだと懸命に頑張りました。


 洋服を美しく着こなす為に必要な努力はどんな小さな事でも惜しみなくしました。

 細くしなやかな体型を保つ為に、苛酷な節制や運動を身に課す事も時にはありました。


 そうした努力を積み重ねて、少女は年に数回開催される大きなファッションショーのモデルとして選ばれ、ランウェイを歩くチャンスを得たのです。 


 しかし少女は、突然治る事のない病に倒れ、その夢は遠い遠いものとなってしまいました。


病によって大きな負荷のかけられない体を抱えてしまった事で、今まで当たり前のように夢に向かう為にしていた事が出来なくなってしまったのです。


 以前のように顔をあげて背筋をピンと伸ばし、颯爽と歩く事が出来なくなり、今ではまるで亀か蝸牛かと自嘲してしまう程にゆっくりと歩く事しかできません。

 音響の強い室内にいることも出来なくなりました。

 撮影の為に浴びるライトも、連続してフラッシュを浴びる事も、どれも少女の体にとっては良くないとされる事へと変わってしまいました。




 突然夢を、生きる糧を奪われた事で、少女の瞳は失望で光彩を失いました。

幾月も空になった心を抱えて、生きているのにまるで生きているという感覚のない、沸き上がる感情も無い、そんな毎日を過ごしました。


 病を抱えたとて、激しい事はできなくとも普通の生活は出来ると励ます友人や、夢は決してひとつだけではないと優しく諭す母の言葉も、まるで他人事のように少女の頭を素通りしていきました。


 病を責める事をしても、病は身から去ってはくれません。

立ち向かおうにも、治す術がありません。

理不尽に誰かを責めたとて癒す術には繋がらず、何も変わらない。

どう考えても結局辿り着く答えは全て同じなのだと少女は思いました。


 

 どう考えても諦めるしかないんだ。


 捨てる決断をしなくては…。



 そう思い、少女は元気だった頃、憧れのランウェイを思い描き毎日歩いていた夕暮れの川沿いの道へと、ゆっくり、ゆっくり歩きました。


 少し肌寒さを感じる秋風に揺れる、オレンジのベールに包まれ咲き並ぶ白やピンクの秋桜。

その、細く長い茎や葉はとてもしなやかで、軽やかに揺れ動き、短い秋を精一杯謳歌しているように見えました。 


 羨ましいな…。


 少女は心の中で小さく呟き地面に視線を落としました。

もう、夢へと歩く事が出来ない。積み重ねてきた自信も誇りも失ってしまったんだと背中を丸めて萎れた自分の姿が、日暮れの長い影となり瞳に映り、とても惨めな気持ちになりました。


 そんな辛い影から目を背けるように、少女は川面へと目をやりました。


 すると、どこから飛んできたのでしょう?

萎みかけて浮力を失いかけた赤い風船が、川の上をゆらゆらと越えて、少女のいる川沿いの土手へと飛んできて、秋桜の花に引っ掛かるように着地しました。



 少女が風船へと歩み寄ると、紐の先にビニールで包まれた手作りの小さな封筒がついていました。

中を開けて見ると、そこには小さなカードと、花の種が入っていました。


カードには、


『生まれてきてくれてありがとう。あなたの未来に色とりどりの花が咲きますように』


 そう書かれていました。


 メッセージを読むと、少女ははっとした表情の後に、瞳からまるで堰を切るかのように大粒の涙を溢したのです。


 少女は思い出したのでした。

今日は自分の生まれた日、誕生日だという事を。



 きっと風船は少女の為ではなく、名も知らぬ誰かが何かに、誰かに願いを込めて飛ばしたのでしょう。

けれども少女はそれでも嬉かったのです。


受け取ったメッセージがたとえ偶然でも、名も知らぬ誰かに、生まれて生きている事に感謝の言葉をかけて貰えるなんて、思い描く事のできない奇跡だと感じたのです。


 病になり、夢を失い、どんなに大変でも頑張る事を止めてしまい、顔をあげて生きる誇らしさを失った何もない空っぽの自分なんて、誰にも見向きもされる事がないのだ。


 そう思って心を閉じた私に、

『生まれてきてくれてありがとう』

というメッセージが届いた。


 未来を諦めた私に、

『あなたの未来に色とりどりの花が咲きますように』

そんな温かいエールが届いた。


 少女は、小さなカードと種を両手にしっかりと包み、胸に抱き締めるようにあてがい、大きな声をあげて泣きました。


 望む自分を諦めて下を向いて生きていくのは嫌だ。

 たとえ、美しい服を着て威風堂々と光輝くランウェイを歩く事には手が届かなくても、いつか顔をあげて輝きを放つ場所が私にはきっとあるはずだ。


 ひとしきり泣いた後、少女はゆっくりと立ち上がりました。

そして、オレンジ色が藍へと色を変える空を見つめて、


「種を蒔こう」


 少女は、つぶやいてゆっくり、ゆっくりと歩き出しました。




 それから、一年の月日が流れました。



 夕暮れ、開け放たれた少女の部屋の窓。

涼やかな秋風が机の上のノートを揺らし、そのページを軽やかにめくりました。

 ノートに描かれていたのは、色とりどりの沢山の洋服のデザイン画でした。


 少女の家の庭には、あの日受け取ったガーベラの種が、色とりどりの花を咲かせて、夕やけのオレンジに包まれ、歌うように風に揺れていました。




 

ガーベラ

10月12日の誕生花

(誕生花は他にも色々な種類がありますが、私はこの花が大好きなので選びました)


花言葉


「希望」「常に前進」「辛抱強さ」「神秘」


赤「神秘」

ピンク「崇高美」

黄「究極美」

オレンジ「我慢強さ」



Happy birthday to you


2012.10.12(Fri)



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