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お別れですか?

 私は今日も部屋のベッドの上に座り、ご主人である葉月様の様子を眺めています。

 葉月様はここ数日、白くて大きな紙箱に部屋の荷物を整理してはせっせと詰めています。

 時折、やかましい音の鳴る小さな電話の画面を開き、それを見つめては頬を緩ませ、

「あと一週間かぁ…」

 と、しんみりと小さく息をつくのです。

 …そう、一週間。葉月様がこのお部屋にいる時間は、あとたったの一週間しかないのです。

 しばし感慨深げな顔の後、葉月様は再度、荷物の整理を始めました。私はそんな姿をただ、複雑な気持ちで見つめることしかできないのです。だって、私は動く事も話すこともできない人形なのですから。



 私が葉月様と出会い、このお部屋に迎え入れられて、もうどれだけの年月が流れたでしょうか…。

 私達の出会いは、きっと他からしたらたわいもないことでしょう。しかし私にはそれはそれは運命的な出会いでした。

 

 ここから少し離れた町の商店街のゲームセンターで、私はたくさんの兄妹や仲間達と共にクレーンゲームの景品として暮らしていました。

 しかし、私達のようなモノには、流行り廃りが当たり前のようにあり、それ相応に日を重ねると、流行遅れの廃棄物としてクレーンゲームの中から排除されるのです。そして私達にはその日が目前に迫っていたのです。


 そんなある日のことです。

学生服に身を包んだ葉月様が、クレーンゲームの前に現れて、

「わあ、この人形、超かわいいっ!」

 とガラス張りの中に積まれた私達に熱い視線を下さったのです。そんな歓喜の声に、葉月様の隣に寄り添う男は「よし…」と小銭をゲームに投入し、私達を吊り上げる為にクレーンのアームを動かしました。

 皆、我が吊り上げられますようにと必死に祈りました。

 しかし、右隣の兄妹が吊り上げられ、落下。奥の仲間は擦って終わり……。

 小銭が投入されていくたびに、私達は一喜一憂し、最後は落胆し…。

「これで最後だ…」という苦笑を交えた葉月様の隣の男の顔を見て、私はどうか、どうか…と必死で祈りました。


 すると、私の頭上にクレーンのアームが。そして、それが機械音と共に近づき、私の頭をむんずと掴んだのです。

「よし、いいぞっ!」

「きゃっ、落ちそうっ! もうちょっと! あとちょっとっ!」

 お二人の興奮を交えた声に私の胸も否応なしに奮えました。あと少し、あと少しで…。しかし、

「ああっ!」

「あちゃぁぁ……」

 私の体は、不運にも出口を擦って、横にコロンと転げ落ちてしまいました。

 しかし、片足が出口に入っている状態だったので、葉月様は慌てて店員を呼びに行き「足が出口に入ってるからセーフでしょっ!」と私を指さして店員に詰めよったのです。

 店員は苦笑を交えつつも、ガラスのドアの鍵を開けて、私の体をむんずと掴み、葉月様に「どうぞ」と渡したのです。

「やったぁ~♪ ありがとうっ! ようちゃんっ」  葉月様は私にうれしそうに頬擦りをして、想い人である人の腕にしがみつきました。

「けど、いいのか? 付き合って一年目の記念日のプレゼントが、こんなゲームの景品なんて…」

「ようちゃんが私の為に一生懸命とってくれたんだもんっ、どんなプレゼントより嬉しいよっ♪ それに、ほら、この子本当にかわいいしっ♪」

 焦げ茶色のおかっぱ頭を揺らしながら、少し幼さの混じる笑顔のご主人様は、まるで天使のようでした…。

「こんなブサイクな猫の人形がかわいいなんて…」

 そう苦笑いする葉月様の隣の男を是非とも呪ってやりたいと思ったのも、しかと覚えています。


 それから、私は葉月様と共にこのお部屋でたくさんの時間を過ごしたのです。

 学生服の時代を終え、大学生になり卒業を迎えるつい最近も、葉月様は私にたくさん話しかけてくれました。

 そのお話の内容は、想い人とのデートのお話や、ケンカした愚痴話や、将来のお話などが主です。その、どれをとってもご葉月様があの男をどれほど大切にしているか…。それが否応なしに伝わり、嬉しいやら悲しいやら…。

 いた仕方がありませんね。私が葉月様をどんなにお慕いしても、所詮は人形、叶わぬ想いなのですから…。


 そんなことを考えていたら、ふと、片付け中の葉月様と視線が合いました。  その視線は、どこか寂しそうにも見えて、私は即座に別れの時が来た…と悟りました…。


 …仕方がないのです。

 私の体は年月を重ねてくたくたにくたびれた、端から見たら小汚い人形です。きっと、いらないモノとしてゴミ袋に詰められ――

「あ~ぁ…、こんなところに穴が開いてる」

 葉月様はそうつぶやいて私を抱き上げ、机の中から裁縫箱を取出し、私の小さく綻んだ肩をちくちくと縫い治してくれたのです。

「洋二に初めて貰った大事なプレゼント…」

 ご主人様は私をじっと見つめて、

「この子は絶対置いてけないなぁ…」

 と、あの日、初めて出会った時にくれた幼げな笑顔とは別の、とても女性らしく穏やかな笑みを私に向けてくれました。

「これを見たら驚くかな? にゃ~ちゃんを貰ってもう、五年も経ってるからなぁ。う~ん、その前に覚えてるかなぁ?」

 葉月様はそう私に話しかけましたが、無論私には声を発する力などはありません。いや、今声を発する奇跡が起きたとしても、最早胸が詰まり…言葉など、とてもとても……。


「にゃ~ちゃん、私、幸せになれるかな…?」

 葉月様は私を胸に抱いて、不安そうにつぶやきました。

 もしも私の大切な葉月様を僅かにでも泣かすようなことをしたらば、おぞましいほどの邪気を放ってやる。洋二よ、心しておけ…。


 私はそんなことを思いながら、大好きなご主人様の胸に抱かれるのでした。




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