月夜。
「今、どんな景色がみえる?」
私は彼に問い掛けた。
『今夜は綺麗な月夜だよ。』
彼は電話口で穏やかに笑った。
私は、ベランダで夜風に揺られながら、夜空を見上げて、小さく息を吐く。
「ほんとに綺麗な月夜だね………。」
私はつぶやくように彼に語りかけた。
黒に程近い濃紺の空に、優しく光る月が浮かぶ。とても静かなのに、何故だかとても暖かい月夜だ。
彼の見つめる夜空と、私が見つめてる夜空。
空はひとつにつながってるから、晴れた日の夜空は同じ景色。
でもね、離れていながらもこうして同じ夜空を、同じ時間に見上げているって、幸せなのにちょっぴり切ない…………。
二人の距離を考えると、会いたいなんて贅沢は言えない………。
私の精一杯の強がりに気付いているかのように彼の口調は、まるで幼な子をあやすかのように穏やかで、優しい。
『また二人で一緒に夜空を見よう。』
「またって…いつ?」
少し意地悪な質問かな…
そう思いながらも、つい口をついて出た私の一言に、
『理恵が会いたいと思った時…かな。』
彼は穏やかに笑う。
叶わない願いだとはわかってても、やっぱり私は余計な一言をつぶやく。
「今すぐ会いたい…。」
私はぼんやりと滲み揺らぐ月の輝きを見つめて、携帯を握る手に少しだけ力を込めた。
そんな願い、叶うはずはないとわかっている。
我が儘な私の気持ち…。
(ごめんね……)
言葉がうまくでないから、心の中で小さく謝った。
電話の向こうの彼に気付かれないように、私は袖口で零れる涙をそっと拭いた。
『泣いてるとこ、隠さなくていいよ。』
電話の向こうから宥めるような彼の声で、余計に涙が止まらなくて……
『ねぇ、理恵。下見てごらん。』
私は、見上げた月からゆっくりとベランダの下に目線を落とす。
「………うそ…。」
思わず携帯を落としそうになり、あわてて手に力を入れた。
目線の奥の歩道で、手をあげてゆっくりと大きく振る彼は、間違いなく笑っているだろう………。
私は、携帯を閉じて駆け出した。




