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STYLE(前編)


「ぎゃあああ~っ!」


 午前十時の宮田家に突如響く猛烈な叫び声と共に、僕の隣の部屋のドアが凄まじい音を立てて閉まる音がした。


 声の主は、僕の二つ上の姉である由里香の叫びで、その後ドタドタと猛烈な勢いで階段を降りる足音。


 なんてことはない、毎週末になると恒例の慣れた騒がしさであるので、僕としては大して気にもならないのだが、簡単に説明しておくと、由里姉は本日彼氏とデートにも関わらず毎度お馴染みの『寝坊』という残念を今日も普通にしてるわけだ。


「連続遅刻記録またまた更新だな…」

 僕は失笑してつぶやき、ベッドに寝転び読みかけの雑誌に再度目を走らせた。


 数秒後、今度は階段をかけのぼる音。その音はまるで高速道路を走るトラック並みと言ったら姉は真っ赤になって頬を膨らまして怒るだろうな。

 そんなことを考えてたら、当たり前のように僕の部屋のドアが壊れそうな勢いで開いた。


 由里姉の中では、僕のプライバシーはどうやら『プ』の字もないらしいな。

まぁ、別にいいけどね…。


「カケルちゃんっ! お願いっ!」

 由里姉は、水の滴るセミロングのカカオミルクの髪を振り乱し、ベビーピンクのキャミソールにコットン生地のグレーのショートパンツ姿で、バスタオルを首に巻いたまま、僕に手を合わせて拝むポーズを取った。


「…由里姉、いい加減自分のことは自分でできるようにならなきゃ――」

「お願いお願いお願いお願いお願ぁあーーーっい! 時間があと1時間もないんだよぉおーーーーうっ!」

 僕の言葉を遮断し、ひたすら拝み倒す由里姉に僕は嘆息して読んでいた雑誌を本棚に戻した。


「…5分後に由里姉の部屋に行くから、さっさと着替え済ませて待ってて」

 そう告げる僕に、由里姉は、

「さ~んきゅぅうう~♪ やっぱり持つべきは心優しい弟よねぇえ~っ♪ カケルちゃん大好きっ♪」

「ヘアメイク+メイクでしめて、二千円きっちりと戴きますので」

 きっぱりとした僕の言葉に由里姉は、

「えーーう゛っ!!! 何か先週より五百円高いじゃん!」

「あっそ。嫌なら別に――」

「いやいやいやいやっ! 嫌じゃありませんっ! 全っ然オッケーです!」

 そっぽを向いた僕に、手もみしながらどこまでも腰を引くして、へへっ、と笑う由里姉。全くもってプライドのない姉である。


「早くしないと時間がなくなるよ…」

 やれやれとため息混じりの僕の言葉に由里姉は、はっとして慌てて自室へと駆け込んだ。


「本当、女って面倒くさい生き物だよな…」

 再度嘆息を交えつつ、僕は収納棚へと歩き、黒いメイクボックスと、ヘアメイク専用のベージュのボックスを両手に抱えて、由里姉の部屋の前で指定した五分間を待つ。



「よし、五分たった。開けるよ」

 僕は由里姉の部屋のドアノブを回して中に入るがしかし……


「あ゛ぁあああーーうっ!! ファスナーが上がんなぁあああいっ!」


 …これもほぼ毎度のことである。

「…ファスナー苦手なら、背中にファスナーのない服をチョイスすればいいって、僕は何度も言ったと思うけどね」

 本日由里姉と接触して、さほど時間も経たないうちに、もう何度目か分からないため息を再度ついて、僕は背中の中心辺りで止まっているファスナーを上に上げた。

「だって~っ! このワンピ、超可愛いかったんだもん。マネキンが着てるのを見て一目惚れしちゃったんだもんっ!」

「マネキンが着てる服を衝動買いするのは、由里姉がずぼらな証拠」

「ず、ずぼらって!」

「自分のコーデや外見に自信かないから、容易にマネキンの魔力に引きずりこまれたりするんだよ」


 僕は由里姉の髪を軽くタオルドライしながら指摘を入れる。


「でも、今回のこのキャミソールワンピの型と色は中々のチョイスだね。由里姉は細いのだけが取り柄の幼児体型だから、足長効果があるミニのふんわりしたワンピで正解だね」


「よ、幼児体型…。カケルちゃん…、私、けなされてる? それとも褒められて…る?」

「両方ですね。でも、コーデの基本は自分の弱点を利点に変えることだから、現実はきちんと受け入れようよ」

 小さく笑う僕に、


「うぅむ…。オサレ(おしゃれ)ってのは中々奥が深いものですのぅ…」

 鏡の中の由里姉が苦笑いして唸った。


「でもカケルちゃんが美容師さんの専門学生で本当に良かった~♪ 美容院代は浮くし、こうしてメイクやトータルコーディネートもしてもらえるしねっ♪」

「プロになったらきっちりとした料金、戴きますから。その前にちょっとは自分でできるように努力して欲しいよね…」

 僕は由里姉の髪をブラッシングしながら釘をさした。

 

 ドライヤーを終えて、前髪をヘアピンで止め、メイクにかかる。

由里姉は25歳だけど、顔が丸くて各パーツも丸めのスーパー童顔女だ。


 端から見たら25にはとても見えない幼い顔と低い身長。世のキュート志向な女達はそれはそれは羨むだろうけども、それが由里姉にはとても強いコンプレックスだったりする。


 ちなみに由里姉の身長は149センチ。ナチュラルメイクにラフな格好で繁華街をひとり歩いていたら、25歳のくせに補導されるという珍事を3度ほど味わっているという強者(つわもの)である。


 でも、姉がそんな珍事に見舞われるのはきっと、顔や体型だけの問題ではないと僕は思っている。

(思考回路も相ー当ー幼いからね……)


 可愛いさを残しつつも、ちゃんと『大人』として見えるメイク。それが由里姉が心から望むことだ。


 ベースはナチュラルメイク。

 まん丸でちょっと下がり気味なチワワみたいな目の上の、はっきりとした二重瞼の中心からきわにかけてダークグレーのアイラインを上げ気味に入れて、少しシャープなアイメイクを施す。アイシャドーはブラウンをベースに少し明るめのパープルをいれた。


 チークもブラウンを混ぜたオレンジを軽くのせる程度。唇は薄いピンクのグロスのみでメイク完了。

 

「こんな感じでどうですか?」

 僕は、鏡の中の由里姉に尋ねた。

「完っ璧です♪ 自分で自分をベタ褒めした~い♪」 うっとりと笑みを咲かせる由里姉を鏡越しで見て、僕の頬も自然と緩んだ。


 女って、本当に不思議な生き物だ。

メイクを施していくと、その顔はどんどん自信に満ちあふれ、最後はとんでもなく別人のような輝きを放つ。

 

 男もやっぱり見た目に自信がつくとそうかもしれないけど、やっぱり女の子のほうが放つ輝きの桁が違う。


 それが中々面白いと思ってたりする。じゃなきゃ、僕は美容師なんて面倒な道を自ら進んで歩くことなんてしなかっただろうな…。



 メイクを終えて、スプレータイプのワックスを髪に吹きかけ、ヘアアイロンで髪をゆるく縦に巻いてふんわりとしたテイストを利かせていく。


 セミロングのカカオミルクの髪に施すのはエアリーなゆるふわヘア。

 肩よりちょっと下辺りで弾む大きめの巻き髪は、中々高い女子力を発揮すると思う。ちょっと上品でしとやかにも見えるしね。


 そしてヘアアクセサリーに白いサテン地にピンクの花柄の刺繍が入った太めのカチューシャをアクセントにはめた。


 ワンピースはミントブルーのキャミソールワンピ。アウターはワンピの裾と丈の近いオフホワイトのレースのジレ。ネックレスは細いホワイトゴールドのチェーンネックレス。


「靴はそうだな…、コルクウエッジソウルのストラップサンダル。確か甲にシルバーの花があしらってある白いの持ってたよね?」


 僕がそう尋ねると、

「え~っとぉ~…、確かクローゼットの中にぃ…」

「由里姉…、自分の買ったもの本当に把握不足だよね。その衝動買い好きとモノに対する無頓着さ、いい加減直したほうがいいよ」

 僕は半ば呆れて盛大にため息をついた。


「てか、きっとクローゼットの中…整理できてないよね?」

 僕は鏡の中の由里姉に小さく鼻を鳴らした。図星をさされて頬を赤らめて口を尖らす由里姉だが、言い訳が見つからないらしく、口を小さくモゴモゴと動かすだけだった。


「お洒落は見えないところほど、気を遣うべし。いくら綺麗に着飾ったって、中身がついてこなきゃ、意味がないんだよ」


 由里姉を見てると、ついつい説教したくなる。


「カ、カケルちゃんが几帳面過ぎるんだい…」

 鏡台から立ち上がり、クローゼットへと歩く由里姉は、ぽつりと一言つぶやいた。

「あんまりだらしないと、マジで一ノ瀬さんに嫌われるよ」

 僕の言葉に、

(あらた)さんは、優しいから大丈夫だもんっ!」 少し怒った口調を投げて、クローゼットを漁り、サンダルの箱を取り出した。

「その優しさってやつは、永遠に続くもんじゃないと――」

「続くのっ!!! 新さんはずっと優しくて、私を幸せにしてくれるのっ!」

 由里姉は、僕にべーっと舌を出して、

「カケルちゃんもツンツンしてないで、さっさと彼女作って、ツンツンを直したほうがいいよ」

「…余計なお世話です」

 ちょっとムカついた。


「ふんっだ! 行ってきます!」

 部屋のドアがバタンッ――と閉まり、軽やかに階段を降りる音が数秒で遠ざかった。


「…何だよ。人の気も知らないでさ。もう頼まれたって二度と助けてやらないからな」


 僕はメイクボックスを片付けながら、小さく毒を吐いた。




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