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ともだちだから。

 7時30を過ぎた日曜日の朝。

 俺は釣り道具の入ったリュックを背負い、玄関を「行ってきまーす!」と飛び出して、自転車で3分くらいのところにある友達の太一の家に向かう。


 自転車にまたがり空を仰ぐと、思わず胸いっぱいに空気を吸い込みたくなるような、清々しく晴れ渡る秋の青空。

 釣り好きには最高に嬉しい、『絶好の釣り日和』ってやつだ。

 ほんとさ、これでもかっ!てくらい、スカッと広がる、高く広い空は、目がチカチカするくらいすっげー真っ青でっ!


 腕や顔にあたる陽射しはチリっとあっついのに、自転車をこぐと体を通り抜ける風は、ひんやりしてすごく気持ちがいい。


 太一の家の手前に着くと、青い自転車にまたがり玄関前で俺を待っていた。俺はベルを鳴らして

「おーっす!太一。」

 声をかけて自転車をとめた。

「おはよ、大和やまとすっげー綺麗な空じゃねぇ? なあ、知ってるか?こうゆう空の事をさ、《雲ひとつない日本晴れ》って言うらしいぜ。」

 隣で青い自転車にまたがり、空を見上げて『俺は難しい言葉、知ってるぜっ。どうだまいったか♪』みたいな顔して、ふふんっと笑う太一を見て、ちょっとカチンときた。

「じゃあ、もし雲があったら、日本晴れってのは嘘になるな。よし、雲見つけてお前のこと、これから学校で《知ったかマン》て呼ぶからな。」

 俺は意地でも雲を探して、『はいっ♪お前のあだ名、知ったかマン決定っ♪』て笑い返してやろうと思って、空をじっと見つめた。

 

 上を向き、首がちょっと痛くなって、頭がふらっとして自転車ごとひっくり返りそうになるくらいまで、真っ青な空を探す。

 この際、雲のかけらに見えるものでも何でもいい!太一の悔しがる顔がみたいしっ!


「…くっそ、ねーし…、…雲…、全然…ねーしっ…。」

 どこまで見渡しても、うっすらとも言えるものすら何もない真っ青。

 すっげー悔しい。

太一の言う事は結構正しいんだ…。

 ほんと、こいつは一体どっから色んな言葉の情報を仕入れてんだ??

 心の中でつぶやいてみるけど、

「ふんっ!日本晴れって言ったって、アメリカや中国の空が、こんなふうに真っ青でも、日本晴れって言うのかよっ!ロシアはっ?アフリカはっ?インドはっ?…言って見ろよっ。」

 負け惜しみ…いーや、めちゃくちゃな屁理屈だってのはわかってる。

 でも、簡単に太一に負けを認めるのは俺は絶対嫌だから、めちゃくちゃでも抵抗する俺。


「……そっ、そんなの知らねーし…。」


 太一はちょっと自信ない感じで苦笑いしながら、もごもごと口を尖らした。

「へっへ〜んだ!やっぱりお前は『知ったかマン』だしっ!」

 俺は笑って、自転車のペダルを踏み込み、目的地へと進み出す。

「おっ、おーい!待てって!大和っ!」

 太一も慌てて自転車を走らせる。


「今日はぜってー俺がいっぱい釣るし!」

 俺はハンドルの右グリップについている、回転式のギアを1から2に入れて、重くなった自転車のペダルをぐっと踏み込み、加速させる。

 少し後ろからは、カチャカチャとギアが切り替わる音がして、太一は俺の隣に並び自転車を走らせる。

「8センチ以下の雑魚はノーカン(ノーカウント)だからなっ!」

 太一は俺に釘をさす。

「それはこっちのセリフだし。 太一は俺に念を押して笑う。

「お前だって、メジャーで測る時、嘘つくなよっ!」

 俺も太一に念を押して笑った。


 

 それから、南に15分くらい自転車を走らせたところにある、毎度おなじみの山田釣り具店で自転車をとめる。

「あ、そういえばさ!山田釣り具店のサービスチケット、俺10枚持ってんだ♪」

 俺は自転車のスタンドをカシャンと足で下ろしてニヤッと笑って財布を後ろポケットから出す。

「マジっ?♪」

 太一はスタンドを慌てて下ろして俺の傍に近付く。

「父さんがさ、新しい道具買ったからって、7枚くれたんだ♪んで俺が貯めてた3枚でちょうど10枚♪」

 俺はナイロンの黒い財布のマジックテープをビリリとはがして、中から白い紙束を取り出し太一に見せた。


 サービスチケットというのは、500円の買い物で一枚店からもらえて、10枚貯まるとこの店の300円分の金券になるんだ。

 小学5年生の俺達は小遣いが月に1000円しかもらえないから、この山田釣り具店のサービスチケット10枚ってのは、とてつもなく強い味方なのだ。

「今日はこれ使って『青イソメ』一杯420円が120円で買えるし♪」

「えっ♪チケットで餌買うのか?」

 太一は身を乗り出して嬉しそうに俺を見つめて笑った。

「おう。チケットで餌買う。だから、今日の餌代は割り勘でも210円じゃなくて、120円の半分の60円でいいぞ♪」

 俺はチケットをひらひらとさせて笑った。


「やったぁあ〜っ♪実は俺、今日ハゼ針も小遣いも残り少ないからどうしよっかなぁと思ってたんだ♪大和サマサマだなっ♪」


 太一は大喜び。

「ま、俺ん家は父さんが釣り好きだから、チケットも釣り針も結構簡単に手に入るからな。」

 俺はへへんっと笑う。

「いいよなぁ、大和は。俺の父さんは釣りしないから、道具とか全部自分の小遣いで揃えなきゃいけないし。」

 太一はため息をついて笑うけど、

「でも、俺の父さんケチだから、竿とかリールはくれないし。」

 さりげなく、父さんのケチっぷりを暴露してやった。

「大人はいいよなぁ。父さんなんかさ、竿一本6000円とかするやつ持ってるし。俺には絶対触るなとか意地くそ悪い事言うし。」

「大人になって、働いたら、俺だっていいやつ買うし。そしたらさ、磯釣りとか一緒に行こうな♪」

 太一は笑って俺にそう言った。

「おう!大人になったら、絶対行こうな!♪」

 俺も太一にそう笑いかけた。


 結構おんぼろな山田釣り具店の、ガーッとちょっとうるさい自動ドアが開き、俺達は店の中に入り、まず一目散に飛んで行くのは、釣り竿がずらりと並ぶショーケース。

「太一!まだあるぞ♪」

「ほんとだっ♪」

 俺と太一はショーケースの中に立てかけてある、黒いカーボンの細い釣竿を見つめて安堵する。

「いいよなぁ、この竿……。」

 俺は釣り竿を見つめてため息をこぼした。

「…竿だけで3000円。とてもじゃないけど…小遣いじゃ買えないし…。親に頼んでも買ってもらえないし……。」

 太一もため息をこぼす。それから、リールが飾ってあるケースへ行き、

「新しいリール…いいなぁ。1番安いので2000円かあ……。」

 またまたため息。

「さっきの竿と合わせて5000円…。正月のお年玉まで後2ヶ月…。どうか売切れませんように……。」

 俺と太一はショーケースに向かい両手を合わせて拝んだ。

 

「よし、ハゼ針買おう。」

 太一は店の入口の近くにズラリとかけてある釣り針売り場へ、小走りにかけていく。

 俺はレジの隣の横長いガラスケースに向かい、

「おはようおじさん、青イソメの中、一杯ちょうだい♪」

 顔なじみの山田釣り具店の白髪のおじさんに声をかける。

「おはようさん。今日は中野川の水門でハゼがよく釣れてるみたいだぞ。」

 おじさんはおが屑が入った透明のビニール袋(金魚すくいで金魚を持って帰る袋)にガラスケースから青イソメをひと掴み取り出して入れて、レジの横に置いた。

「うん!俺達もこれから中野川に行くんだ♪あ、おじさん、これ。チケット使うからね♪」

 俺は代金を入れるトレイにチケットを置いて、120円を出した。

「はいよ。毎度ありがとな。また頑張って貯めるんだぞ。」

 おじさんはにかっと笑いそう言って、内緒で俺にチケットを一枚くれた。

「いいのっ!?おじさん。」

「お前のお父ちゃんはウチの大事なお得意さんだからな。たまにはサービスしてやるよ。」

「ありがとうっ♪俺父さんに、山田釣り具店以外で絶対釣り道具買うなって言っとくからさ♪」

「おう。そりゃあ是非よろしくな♪」

 おじさんはあははっと豪快に笑う。

「おじさん、おはよう。これちょうだい♪」

 太一はハゼ針と代金をレジに置いてニコッと笑った。

「はい、おはようさん。160円な。…お前ら二人ほんと仲がいいなあ。」

 おじさんはニカッと笑って太一にも同じように内緒でチケットを一枚渡した。

「いいのっ?♪」

 もちろん太一も目を輝かすわけで。

「そのかわり、お年玉たんと貰って、もし釣り竿とリール買うなら、ウチで買っておくれよ。」

 おじさんは釣り竿のショーケースをちらっと見て、

「正月が明けるまでは、誰にも売らずにとっといてやるから。」

 もう一回ニカッと笑って、太一と俺を見た。


「「ほんとっ!?」」

太一と俺は、レジに手を付き、おじさんのほうに身を乗り出す勢いで前のめりになる。


「ああ、そのかわり、正月明けるまでだぞ。」

 おじさんはニカッと笑ってうんうんと頷いた。

「お年玉貰ったら、ソッコーで買いにくるしっ!」

 嬉しくて、息が弾む。

「絶対!ぜーったい買いにくるしっ!」

 太一も同じリアクション。

「はははっ、楽しみに待ってるからな。」

 おじさんは豪快に笑った。





「ほんと、山田釣り具店のおじさんは俺らの強い味方だよなっ♪」

 自転車を中野川水門へ走らせながら、俺はウキウキしながら太一に話しかけた。

「ほんとだよ♪あそこのおじさん、顔は怖いけどすっげーいい人だもんな♪何気にイソメもちょっとオマケして多めに入れてくれるし♪」

 太一もワクワクしながら息を弾ませる。


「大人になっても、俺達、絶対山田釣り具店で釣り道具買うし♪」

「んな事当たり前だって。お前がもし他の釣り具店で道具買ったら、俺お前と絶交するし。」

 太一は声高らかに笑う。

「俺だって、お前が他で買ったら絶対絶交だし。」

 俺もあはははっ♪と笑った。

「早く正月がこないかなぁ♪」

 太一はにまにまと笑う。

「ほんと、楽しみだなぁっ♪」

 俺も、もちろんにまにまと笑った。


 



 中野川水門に着いたのは、8時ちょっと前。

 満潮が9時半頃だから、釣り人が結構いて賑やかだった。

 俺と太一は水門の端っこに自転車を停めて、竿の準備に取り掛かる。


 リュックから小さなプラスチックの道具箱と釣竿とリールを取り出して、釣竿のグリップの上にリールをセットする。

 リールのテグス(みち糸)をガイドに通して、ゆっくりと竿を延ばし、ガン玉と言う鉛で出来た丸い重りをテグスに通して、サルカンと言う金具を重りの下に結ぶ。サルカンって言うのは、小さな輪っかが2こついている金具で、上の重りを固定させる役割と、下の輪っかにハリス(テグス付き釣り針の糸)を結ぶ役割とを果たす、釣りの基本の仕掛けだ。

 今日の狙いはハゼだから、1番簡単な仕掛け。

 俺も太一も手慣れたもので、仕掛けを完成させるのに5分もかからない。

 セットした針にさっき山田釣り具店で買った、青イソメをつけて、

「よっしゃあ♪釣るぞ♪あ、太一、バケツの準備よろしく♪」

 俺はスペースの空いている、水門のアスファルトの橋の上から海側に釣り糸を垂らした。

 太一はロープ付きの折りたたみビニールバケツをふたつ延ばして、ロープを握り水面にバケツを投げ入れて水を汲み上げて餌の隣に並べて置いた。黄色いバケツは太一ので、緑色は俺のバケツ。

 太一は「よし♪準備完了」とつぶやき、俺の釣る反対の川側に釣り糸を垂らした。

 中野川は、海水と川の淡水が入り混じり、川なのに海と一緒に満ち干きするんだ。

 川が満ちると、ボラの稚魚が群れをなしてキラキラと泳ぎ、エイが川を泳ぐ傍に亀が泳ぐという面白い光景も見れる。

 釣れる魚は、ハゼやセイゴ、ボラ、時期によってはキスなんかも釣れる。

 魚の大きさは12センチくらいのが釣れたらラッキーな位で、そんなに大きくないけど、釣れる日(当たりの日)は2〜3時間で30匹とか、すごいと50匹は釣れるくらい、入れ食い状態になる。小さくても、結構アタリ(魚が餌をつつく事)がすごくよくわかるから、それがめちゃくちゃ楽しいんだ♪


 何てったって、食べれるし♪

 お母さんは今日の朝、お握りを握りながら、

「沢山釣れたら、大和の大好きな南蛮漬け作ってあげるから、頑張れ♪」

 って笑ってた。内心では晩御飯のおかずが一品節約できてしめしめと言ったところだ。

 父さんも釣りに行ってボウズ(何にも釣れない事)の日は、「全く!晩御飯の一品期待してたのにいっ!」ってよく怒ってるし。。。


 よし、母さんの為に、そして、大好物の南蛮漬けの為にも頑張らなきゃな♪


 そうこう考えてると、ビクッ…と竿を伝いアタリの振動が両手に来た。

「…いるし♪なんか♪いるし♪♪」

 慌てず竿を動かさずに、にしっかりと餌を食ったアタリを待つ。

 ビクッ…と今度はさっきより強めのアタリを感じて、俺はチョイッと素早く竿を上に上げる。

 両手に伝わる小さな振動。水の中で暴れる何か……。

「よっしゃ♪なんか、かかったしっ♪」

 その何かってのは、大体感覚でわかるんだけど、釣り上げて姿を確認するまでは、何が釣れたかは言わない。これ、実は俺の小さなこだわり。


 リールを軽快に巻き、水面から飛び出したのは、薄く茶色掛かって透き通る細長い魚…予想通りハゼだった。

「よっしゃあ♪ハゼゲットだせっ♪」

 俺はみち糸を掴み、にんまりと笑う。

「うわっ!くっそ!先にゲットされたしっ!」

 太一は振り向き、悔しそうにぴちぴちともがくハゼを見つめた。

「結構いいカタだぞ♪10センチはあるし♪」

 俺はハゼを針から外して、釣り用のタオルの上に乗せてメジャーで計る。

「やった♪10センチオーバーだし♪」

 リュックの横のポケットから釣り用のメモ帳とボールペンを取り出して、日課としている釣果を記入する。

「わっ!俺もきたっ!♪」

 太一の弾む声が後ろから聞こえる。

「今日は爆釣ばくちょうの予感がするぜ♪」

 俺はにんまりと笑ってハゼをバケツに入れた。




 それから満潮を迎えた9時半から1時間くらいは、久々にびっくりするくらい釣れて釣れて!

 俺も太一も笑いがとまらなくなるくらいだった。

 またたくまに釣り餌も底を尽きて、予定してた終了時間の12時前に強制終了となってしまった。

「初めてじゃねぇ?こんなにあっというまに餌無くなるなんてさ!」

 太一はバケツを見てちょっと興奮気味に笑う。

「スゲーいっぱい釣れたしっ♪二人で100匹以上は釣れたんじゃね?」

 俺も、もちろん興奮気味。

「「まさに、絶好の釣り日和っ!!」」

 俺達は、偶然にも同時に発した言葉に、顔を見合わせて、あははっ♪と笑った。



 それから、二人で個々のバケツの中のハゼを数えたら、

「イェーイ!♪俺56匹っ♪♪」

 買い物袋にハゼを詰めて、思わず叫ぶ俺。

「うわっ!俺53匹っ!3匹差で負けたしっ!」

 悔し気に太一は言うけど、めちゃくちゃ顔が嬉しそうで、全然悔しそうに見えないし。


 お互い、自転車の前カゴに積んてある保冷剤入りの小さな青いクーラーボックスに釣れたハゼをしまい、

「これで南蛮漬けがいっぱい食べれる♪」

 笑う俺。

「俺はから揚げにしてもらうし♪父さんのお酒のつまみになるから喜ぶだろうな♪」

 太一も笑う。

「よし!ちょっと早いけどお握り食べようぜ♪」

 俺の言葉に太一は

「どうせならさ、あっちの海岸で海を見ながら食べようぜ♪」

 と笑う。

「よし!♪そうするか♪」

 俺は太一の提案に乗って、自転車を海岸に向けてゆっくりと走らせた。




 海岸の道路を挟んで、最近新しくできた小さな公園の手洗い場所でしっかりと手を洗ってから、屋根つきのベンチに座って、水筒とお握りが入ったランチバッグを出す。

「俺今日は、昨日の晩御飯の残りの味ごはんのおにぎりだし♪」

「うわっ!いいなぁっ!味ごはん、お願い、いっこ交換して♪」

 太一は青くて四角いランチバッグを開いてお握りを見せる。

「今日焼肉が入ったおにぎりある?」

 俺は太一に尋ねる。

「あるよ♪あとさ、から揚げとウインナー♪」

 太一はおにぎりを取り出して焼肉入りのおにぎりを俺に差し出す。

 俺も味ご飯のおにぎりを太一に差し出してトレード成立。ラップに包まれたおにぎりをほお張り


「「めちゃくちゃうまいしっ♪♪」」

 俺達は笑った。


 道路を挟んだ海には、ウインドサーフィンをする人が結構いて、キラキラ光る海にいくつも小さなヨットが浮かんでいて、楽しそうだ。

 海の奥のほうでは、ブゥォーンとジェットスキーが走っていて、

「スゲーよな?寒くないのかな?」

「ほんどだよな?水ぜってー冷たいよなっ?」

 なんて話をしながら、おにぎりを食べて、お茶を飲んで……。


「あーあ、早く大人になりたいよなぁ。」

 太一はため息混じりに笑って水筒のお茶を飲んだ。

「なあ、高校生になったらさ、いっぱいアルバイトして、お金貯めて、二人でフェリーに乗ってさ、篠木島しのぎじまに行かないか?」

 太一は俺にそう尋ねた。

「おおっ!それ!いいな!行こうっ!篠木島っ。絶対頑張ってバイトしよう!」


「その前にさ、正月お年玉で釣り竿買ったらさ、ソッコーで釣り公園の堤防で釣りしような♪」

 太一はニカッと笑って息を弾ませた。

「おおっ♪そん時はさ、大物狙おうな♪20センチオーバーのやつ♪」

「今度は負けないし♪数もサイズも俺のほうがスゲー釣りまくりだし♪」

 太一は気合いを入れて笑う。

「俺だってスゲーの釣るし♪釣りではまだお前には負けないし♪」

 俺はけらけらと笑って水筒のお茶をごくごくと飲んだ。


 ほんと太一は俺の1番の友達だ。

 きっと、中学生になっても高校生になっても、大人になったって、ずっとずっと一緒だって………。


 そんな事当たり前だって思ってたんだ。




  ◇ ◇ 




 季節は冬。12月の半ばを過ぎたある日。

 もうじき、冬休みで、クリスマスで、正月で…

楽しい事だらけの日々を想像して毎日ウキウキしてた俺に、突然悲しい報せが届いた。


 いつものように学校から帰った俺に母さんが、

「太一君のところ…………引越しするんだってね…。」

 といきなり言ったんだ。

「は?母さん、何言ってんの…?」

 俺はそんな事、太一から何も聞いてなくて…

 ただ笑った。

「太一はそんな事一言も俺に言ってないし!あいつだって、いつもと何も変わらずに馬鹿みたいな事言ったり、釣りの話とかして笑ってるし!」

 俺は母さんに鼻を鳴らして笑った。


「…そっか…、太一君…あんたに何も言ってないんだ……。」

 母さんはそれ以上何も言わず、滅多に見せない悲しそうな顔をして、口を閉ざしてしまった。

 そんな母さんの顔を見たら、猛烈に不安になってしまって、

「それどうゆう事だよ!ねえっ!母さんっ!」

 俺は母さんに詰め寄り、怒鳴ったような声を上げた。

 母さんは、

「……太一君に直接聞いてごらんよ。ひょっとしてさ、母さんが聞いた事が間違ってるかもしれないし……。」

 そう俺に言うと、洗濯ものを取り入れに、2階へ上がって行ってしまった。

 俺はランドセルを放り投げて、玄関を飛び出し、太一の家へ自転車を飛ばした。


 太一の家のピンポンを鳴らして、

「たいちーっ!!」

 と名前を呼ぶと、2階の窓が開いて、太一がひょこっと顔を出した。

「ちょっと聞きたい事がある!!」

 血相を変えた俺の顔を2階から見下ろして、

「……ちょっと待ってて……。」

 その顔に笑顔はなかった………。




 俺と太一は、自転車に乗って5分くらいにある小さな公園に行き、

「…転校…なんてしないよな??」

 俺は太一に詰め寄った。


「……お父さんと、お母さんがさ……離婚するんだ……。」

「!!!」

 太一のつぶやきに俺は驚いて言葉を失った。


 太一は、自分の家庭の事情を俺に打ち明けた。

 

 今年に入ってから、ずっと太一の父さんと母さんは仲が悪くて、喧嘩ばっかりしてたって事や、……離婚が決まって、太一の母さんの実家のおばあちゃんのところに行く事が一週間前に突然に決まった事。

 あまりにも悲しさが大き過ぎて、親友の俺にさえ言えなくてずっと苦しかった事……。


「あの時、いっぱい釣れたハゼ……あれを父さんと母さんと3人で食べてさ、ちょっとでも仲良くなって欲しいと思ったんだけど…、結局父さんに食べてもらえなくて…………母さんが次の日、泣きながらゴミ箱に捨てたんだ。」


 太一は俯いて、肩を震わせて小さく笑った。


「これから、楽しい事………いっぱい待ってるって、信じてたけど…、やっぱり無理なんだ…。

……ごめん、大和…………おれ、…おれ……。」


 太一は俯いて両目を腕でゴシゴシと擦り、しゃくり上げるように泣き出した。


「…………。」

 俺はそんな太一を見て、どんな言葉をかけていいのかわからなくて…。

 気がついたら、二人して公園に立ち尽くして、ただ、ただ…何も話す事もせずに、泣いたんだ。



 お互いいっぱい泣いて、少し落ち着きを取り戻したところで、俺は太一に尋ねた。

「いつ、おばあちゃんとこに行くんだ…?」

「終業式が終わったら……。」

「あと2日しかねーじゃん………。」

 俺は小さくつぶやいた。





 それから2日なんて、あっというまに過ぎて……太一との最後の帰り道で、あいつは俺に、

「俺、お前と友達になれてほんと楽しかった。

ありがとう、大和。」

 そう別れの言葉を告げた。


「……出発、何時だ?」

「1時には引越しのトラックが来る……。」

「1時だな?」

 俺はもう一度時間を確認して、

「見送りに行くから。俺が来るまで絶対行くんじゃねーぞ!」

 俺は家へ走った。


 玄関を開けて台所へ走り、

「母さん!お願いがあるんだ!!」

 俺は母さんにあるお願いをした。

「………。」

 母さんは時計を見つめて、ふっと笑顔になり、

「…もう12時半過ぎてるから、急いで。あ、でも車には絶対気をつけるんだよ。」

 小さくくすっと笑って頭をぺしっと叩いた。


「…うんっ!!ありがとうっ!母さんっ!」

 俺はダッシュで自転車に飛び乗り、ある場所へ急いだ。




 それから、自転車を飛ばして、1時をちょっと過ぎた頃、俺は太一の家に着いた。


 太一の家の前には、銀色のトラックが1台停まっていて、玄関前には太一がそわそわと俺の到着を待っていた。


「たいちーっ!!」

 俺は息を切らしながら、太一の名前を叫んだ。

「大和っ!!」

 俺の姿を見つけると太一も俺の名前を叫んで、俺に駆け寄った。

 俺は自転車を降りて、素早くスタンドを足で払い下ろして、


「はあ、はあ、はあ……なんとか ま、間に合ったしぃー!」

 太一は、うんうんと頷き、涙ぐみながら笑った。

「太一っ!これっ!お前にやるしっ!」

 俺は太一に山田釣り具店の名前が印刷されている紙袋を差し出した。

「…大和…… えっ!これって!!」

太一は紙袋をのぞき、息を止めて、驚き両目を見開いた。


 紙袋の中身は、釣り具店のおじさんが俺達の為に売らずに取っておいてくれた、太一がずっと欲しがっていた、黒いカーボンの釣竿が荷物にならないように、小さく縮められてリールとセットで入れられていた。

 実はさっき母さんにお願いしたのは、お年玉の前借りだったんだ。俺は新しい竿もリールも買えなくてもさ、いいんだ。

 でも、太一はさ、新しい学校でも、大好きな釣りが一緒にできるイイ友達ができるように…新しいピカピカの竿を持って行って欲しい。勿論、それは俺達が大好きな山田釣り具店の竿じゃなきゃさって思ったんだ。


 その紙袋の中にはもうひとつ、驚きの品が。


「…これ、って……山田釣り具店の……サービスチケ…ット。」

 太一は輪ゴムで綴じられている紙の束を見つめて、みるみるうちに泣き出した。


 サービスチケットの有効期限は1年。でもこのチケットは、1年のところがマジックで消してあって、赤いボールペンで『有効期限無し』と書いてあったんだ。


 実は、釣り具店のおじさんに事情を話したら、

「今までいっぱい店の品物を買ってくれた大事なお得意さんに、店からの餞別代わりに持っていけ。」

と太一に、サービスチケットを30枚渡してくれと頼まれたんだ。


「……また、…いつかハゼ釣りしような……♪」

 俺は一生懸命笑顔でそう太一に言った。

「篠木島にも行こう!それから磯釣りも!絶対!絶対!いつか一緒に!」

 俺は太一に右手を差し出した。

 太一は目をゴシゴシこすり、ニカッと笑って、

「おう!絶対いくしっ♪大和と絶対、ぜーったい行くしっ!」

 そう言って、差し出した俺の右手をぐっと握り、かたい握手を交わした。

「離れても、俺たちは、ずっとずーっと友達だからな!」

 そう言って、笑って別れるはずが、堪えきれなくて、やっぱり泣いてしまった俺。

 太一は、

「俺、あっちにいっても頑張るし!ばあちゃんとこ、パソコンあるから、メールするから。」

 俺からゆっくりと手を離した。

「元気でな。たまにはでんわもしろよな。」

「お前だってちゃんと電話しろよな。」

 太一は笑う。俺も涙をふいて笑った。



エンジンをかけて、出発した引越しの車が見えなくなるまで俺は太一に手を振る。


 きっとまた、絶対に会おうな!そんな気持ちをこめて。


 トラックが見えなくなり、俺は小さくつぶやいた。


「太一は、ずーっと1番の友達だしっ。」


 見上げた空は、冬なのに、あの時と同じくらい真っ青に澄み切っていた。



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