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始発電車に乗って

「う〜、寒い…。」

 とある町の小さな無人駅で、一花いちかは一人身を縮めながら、短いプラットホーム内を右往左往小走りし始発電車と誰かを待っている。

 早朝六時のプラットホーム。夜が明けたばかりのまだ薄暗い十一月の景色は、肌寒い灰色のもやがかったようにくすんで見えて、なんとも不気味だなと一花は思う。


「こんなに静かでうす気味悪〜い中、いつまでも私を一人で待たせるなんて。−−誠の奴ぅ、駅に着いたら思っきりぶっ飛ばしてやる…。」


 一花はかじかむ両手にハァーっと息を吐き手を擦る。

「自販機くらい置いとけってのよ…。あ〜、あったかいココアが飲みたい…いや紅茶でもいい…ううん、この際贅沢はいわない。あったかいモノなら何でもいいや…。」


 短いプラットホームを小走りに十往復程したところで、無人駅の改札口付近で錆びたような自転車のブレーキ音が響き渡る。


 静まり返る駅の中に、カシャンとスタンドが立てられる音が聞こえ、丈の少し丈が短めのファー付きのフードの黒いダウンに、黒に限りなく近い濃紺のジーパン。少しくたびれたカーキーのリュックを右肩に掛けて、のんびりと一花のいるプラットホームへ歩み寄る青年の姿を目で捕らえると、


「おっそーーい!自分で誘っといて!あんたは私をどんだけ待たせれば気が済むんだよーーっ!」

 一花の怒声が静寂極まりない駅にこだまする。

誠はそんな怒声をモノともせずに鼻唄混じりでのんびりと歩いている。


「全くよ〜っ!ルーズ過ぎるにも程があるしっ!レディーをこんなクソ寒い中待たせるなんて!凍死したらどうしてくれるのさっ!こんちくしょ〜っ!」

 じだんだを踏みながら一花は全身で怒りを表現するが、誠は全然気にする様子もなく、

「何時から待ってるか知らないけど、寒いなら待ち合わせに間に合う時間ギリに来ればいいだろ?」

 若干失笑気味に一花に話しかけた。

「何だとコノヤロー!普通は待ち合わせ時間の十分前には現地に着いてるのが常識−−−」

 金切り声を上げる一花に誠は上着のポケットから温かい缶のココアを取り出して緩やかな笑みと共に一花に差し出す。


「コ、ココアぁ〜♪」

 一花の怒りのバロメータが一気に下がり、まるでオセロの黒が白にくるりと変わるかのように、

「誠、あんたはいい奴だ♪」

 ご機嫌で温かいココアの缶にほお擦りをする。

(すげー変わり身の早さだな)と誠は心の中で小さく苦笑するが、実はこのコロコロと表情豊かな素直な一花が何となく好きだなとも思っている。


 二人は恋仲ではない。

誠は製菓の専門学校を経て、いずれは継ぐであろう実家の洋菓子店で働いている二十三才のパティシエ(菓子職人)である。


 一花はと言うと、現在製菓の専門学校に通いながら夕方誠の実家でアルバイトをしている十九才の学生である。

 実は一花の実家も洋菓子店であるが、一花の父は「学業を終えるまでは他店で接客から勉強しろ」と実家で働く事を拒否する、所謂「昔堅気」な性質であるが為に、一花は隣町にある誠の実家の洋菓子店でアルバイトをしていると言うわけである。


「は〜っ♪甘い♪あったか〜い♪」

 ココアを飲みながら感嘆し、笑みをこぼす一花。


 髪は少しドライな赤銅色のウエーブがややはっきりとした肩より少し長めのパーマヘア。

 少し多めの前髪は眉の辺りでぱつっと揃っている。そしてやや太めの赤いフレームの眼鏡をかけている。背丈は自らもコンプレックスとしている150センチギリギリない、歳のわりには結構なオチビさんである。


 誠は身長170センチ半ば。少し長めの黒髪の痩せ型。方向を変えると若干「草食系」にも見えるが、まあ、今時の平均的な普通の若者である。


 駅の側にある小さな踏み切りが電車の到着前を報せる。


「さて‥と電車が来たな。」

 誠は小さく笑みを浮かべる。

「ねえ、誠ぉ、こっから紅葉谷もみじだにまでどれくらいかかるの?」

 一花は肩から少しずり下がる紺色のトートバッグを直しながら誠に尋ねる。


「途中乗り換えを含めて一時間半くらいかな?」

 誠はそわそわと身を乗り出しそうな一花の肩に腕を回して、黄色いラインの後ろの点字ブロックよりやや後ろへ身体を下げる。

「何だよぉ〜っ!セクハラかっ!訴えちゃうぞ、このやろ〜。」

 一花は少し頬を上気させ冗談混じりに笑う。

「世話の妬けるちびっ子が線路に落ちないように監視するのが、保護者の優しさだよ。」

 誠はくすっと意地悪な笑みを浮かべる。

「レディーに向かって!いっ今、ちびっ子って言いやがったなっ!」

 一花は誠のふくらはぎ辺りに軽めのローキックを放つ。

「いてっ!おいおい…、レディーが普通人なんて蹴らないだろーが。」

 はははっと笑いながら、さりげなく一花の右手を左手に取る。黙って笑い、頬の上気がとまらない一花もまた誠のさりげなく気遣いの効く性格が何となく好きであるようだ。



 少し冷たい冬の風を運び、始発電車が駅に停車する。

 年期が入った真っ赤な車両が軋む音を発してドアが開く。

開いたドアの中からふわりと暖かい風が吹き二人を包む。


「貸し切りだな。」

 誠はご満悦に笑う。

「始発バンザイだね。」

 一花も同じくご満悦に笑って電車に乗り込んだ。



   ◇



 横に長いベンチタイプの暖かい車内のドア側の隅に二人並んで座り、小さく安堵の息をこぼし笑みを浮かべる。

 

「けど、紅葉を見て新作のヒントになんて中々考えたよね。」

 一花は誠に話しかけた。

「今洋菓子でも和菓子の要素を取り入れたモノがどんどん作られてるだろ?どうせ新作の洋菓子を作るなら、和風テイストなモノ、それも季節感のあるモノがいいんじゃないかと思ってな。」

 誠はニコッと笑い一花に返答を続ける。

「どうせ新作を作るなら、間近で景色や色に触れて日本的な情緒を織り交ぜたい。俺だけにしか表現できないオリジナルを作りたいからな。」

 職人の顔を少し覗かせながらそう一花に告げた。

「むふふっ♪それに便乗できる私はとてもラッキーだ♪学校での製菓の創作試験はこれで難無くクリアーできる♪」

 一花は二週間後に控えている専門学校の試験の題材である「オリジナリティ」を調達する為に、紅葉谷へ新作菓子作りのヒントを得る為に紅葉を見に出掛けようと言う、誠の誘いに乗ったというわけだ。


「わぁあっ!誠っ!見てっ♪海っ♪綺麗〜♪」

 振り返る後ろの車窓、木々が矢のように流れる切れ目の奥に広がる海。 朝焼けの朱に色づき、穏やかで静かでどこか力強ささえが漂うような、初冬の朝の美しい景色が広がる。

「本当、この時期の景色は胸を刺激されるな…」

 誠は感嘆気味で、穏やかな笑みを浮かべて車窓の向こうの海を見つめた。

 そんな誠の横顔を見つめて、何故だか胸がじんわり熱くなるのを感じて、一花はぬるくなったココアを一気に飲み干して缶を握る手にそっと力を込めた…。


 誠の独特な『感性』や創作熱心さが好きでありながら、自らも洋菓子店の娘であり、同じパティシエの道へ進む一花にとって誠は尊敬する先輩でありながらもちょっとしたライバル心も抱いているのだ。

 

(いつかは誠と肩を並べる…いや!誠よりもスゴイ職人になってやる)そういつも思って製菓の勉学に励んでいるのである。


 誠の事は好きだけれど、恋愛感情も少しはあるが、それだけとは少し違う何かを一花は感じていた。


 誠もまた、バイトにも関わらず店で一番熱心な働きと、時折アトリエ(菓子を作る工房内)に向ける熱意溢れる一花の向上心をひしひしと感じる瞳が好きだなと思っていた。

 互いに同じ道を進み追求すると言う部分で惹かれ合う二人だが、恋愛成就と言うラインにはイマイチ踏み込めないと言ったところである。


 俗に言う、『友達以上恋人未満』をお互いにキープしていると言う感じだ。


 電車はのんびりと各駅停車を繰り返し、目的地である紅葉谷へと進む。

始めはちょっとした旅のワクワク感で良いテンションだった一花だが…。

 暖かい車内、カタンコトンと規則正しいレールの音…。

 若干早起きの苦手な一花は睡魔に襲われつつ、向かい側の単調な車窓の景色に小さく欠伸を始めた。


「着いたら起こしてやるから、寝てもいいぞ。」

 職業がら早起きはお手のモノな誠は、くすっと笑い自らの肩に一花の頭を寄せた。


「面目ない…。」

 そうつぶやきながら、誠の肩に寄り掛かり一花は目を閉じた。

 誠は小さく笑みを浮かべて、右ポケットからiPodを取り出し、音楽を聴き始めた。




   ◇



「う〜んっ!よく寝た〜っ♪」

 紅葉谷の最寄駅に到着し、電車を降りた一花は伸びをして元気とテンションを取り戻す。

「ここから紅葉谷までは結構歩くからな。頑張ってちゃんとついて来いよ。」

 誠は一花の頭をポンッと撫でて反応を伺う。

「ふんっ♪私は結構体力には自信があるのだよ。誠の方こそ年寄りなんだから身体痛めないように無理はしない事だね、あっはっは♪」

 一花は勝ち誇ったかのように高らかに笑う。

「年寄りって……4つしか違わねーし。」

 そう苦笑する誠に

「ふっふっふ…、甘いな。10代と20代の壁を思い知るがいい…♪

さ〜て、レッツゴー♪」

 一花は陽気な声をあげて歩き出す。

「足のリーチの違いに限りなくハンデがあるから、しょうがないからお前のテンポに併せてやるよ。」

 誠も負けじと鼻を鳴らす。

「いーや、ハンデはない♪足の長さは同じだよ。見栄っぱりはよくないね〜♪」

 身長の事を言われ一花も負けじ魂を燃やすが…

「お前…、自分で言ってて悲しくなんないか?」

 くすくすと笑い出す誠に対して、

「うるさい、短足。」

 ちょっと頬を赤くして歩く足を速める。

「離れると迷子になるって。道わかんないのに先に行くなよ。」

「…くっ…、、、」

 一花は腑に落ちない表情を浮かべて渋々歩くテンポを緩めて誠の隣へと収まる。

「ほんと、負けず嫌いだなぁ、お前。」

「あんたもイイ線言ってるよ。」

 一花はむくれながらべーっと舌を出して笑う。


 小さな屋外の駅の改札口を抜けた右側は、稲作を終えた田んぼが広がるなだらかな景色。右側には朱、黄色、茶、深緑が混じる山々が連なる景色が広がっている。


 海の近い地域に済む一花や誠にとっては、山の景色はやはり少し珍しいものであり、二人揃って感嘆してしばし眼前に広がる景色を眺める。


「すごいなー、自然が作り出す配色って…。」

 誠は目を細めてため息混じりにつぶやいた。

「うん…、ほんとにすごいね〜……。」

 一花も同じく目を細めて、ため息混じりにつぶやいた。

「いい収穫が期待できそうだ。」

 誠は柔らかな笑顔で一花の右手を取る。

「想像以上の収穫になりそうだ♪」

 胸奮わし笑顔を浮かべる一花。繋いだ手に自然と力がこもる…。


 そんな一花の意欲的な姿勢を感じて、誠もほんの少しだけ力を入れて一花の手を握り返した。




   ◇




「結構人が少ないね。」

 駅から歩き出して十五分程、紅葉谷の入り口である石畳を歩きながら一花は誠へ向けてつぶやいた。

「ここは穴場だからな。逆にあんまり観光整備が整ってないから、不便って言えば不便だけどな。有名処と違って出店もトイレも山頂にしかないし。」

「え゛…山頂ってどれくらい歩くの?」

「登りで三十分くらいかな。」

「さっ、三十分…?」

「何?お前歩けないの?」

 誠はやれやれと笑う。

「あっ、歩けるさ!一時間くらい歩いても全っ然へっちゃらだねっ♪なんなら走ってでも登ってやるしっ。」

 息をまき強がる一花を見て、

「ほー、そりゃ楽しみだ♪」

 くすっと笑う誠。

(ほんとに一緒にいて飽きない、まるでブリキのおもちゃみたいな奴だ)

 そんな事を思いつつ歩く足を進めた。


「おっ♪どんぐり発見♪」

 一花は足元に沢山落ちているどんぐりを拾い、まるで子供のようににんまりと笑う。


「へー、いろんな形があるんだなぁ…。おっ、これデカイ。」

 誠は丸い形のどんぐりを拾いほほ笑みを浮かべた。


「すっごいピカピカ♪中々可愛いじゃん、どんぐりってさ♪」

 帽子のついたどんぐりを誠に見せて一花は笑う。

「ほれ、見てみろこれ。お前の分身。」

 誠は小さなどんぐりを一花にさしだし笑う。

「何だとっ!ちきしょ〜っ!くらえっ!どんぐり爆弾っ!」

 一花は片手に集めたどんぐりを誠に投げ付けた。

「ちょっ、バカ、お前やめろって!」

 言いつつも笑顔が絶えない誠。どうやら童心に還っているようだ。

「お〜っ!栗のイガイガ発見っ!」

 一花は誠に向けてニヤリと笑う。

「おま…、それは絶対投げるのやめろよ…。」

 苦笑気味の誠を見て、一花はけらけらと笑いながら、

「山ってのも結構楽しいもんだね〜♪」

 と、軽快に歩いていく。




 …がしかし。


「…つ、疲れたぁ。山頂はまだかぁ?」

 十五分程歩くと一花は肩て息をしながらのろのろと歩く。

「お前…はしゃぎすぎなんだよ。バッグ持ってやるから貸せ。」

 誠は手を伸ばしてバッグを受け取ると、

「おんぶしてくれ〜っ。」

 両手を伸ばしてすがろうとする一花に、

「バカか…無理に決まってるだろう。」

 ますます苦笑して、一花の手をとり、ゆっくりと歩きだした。

「あ〜っ、足がぱんぱんっ!腰が痛い〜。」

「走って登れるって言ってたわりには全然体力ないのな、お前。」

「うるさ〜ぃ、今日はたまたま調子が悪いだけなんだよ〜っ。普段はもっといけるはずなんだ。私の実力はこんなもんじゃないぃ〜。」

 若干息を切らしながらも強がる一花。そんな一花を見つめて、

「そんなに減らず口叩けるなら、しっかり歩けよ。」

 誠は歩きながらくすくすと笑い出した。

「う〜っ…、足がぁ〜〜っ、棒になるぅ〜。」

 一花はため息をこぼしつつ、誠に連れられるような形で歩みを進めた。



    ◇



「ほら、あとちょっとだから頑張れ。」

「はぁ… はぁ… …」

 一花は誠に手を引かれて、頂上に向かう最後の階段を息を切らしながら無言で登る。

 登る段の残りが少なくなってくると、両側に分かれた真っ赤に染まったな木々の葉の真ん中に、冬の透き通る青い空が広がる景色が二人の目に飛び込んできた。


「うわぁあ…。」

 一花は目を見開き、急に息を吹き返したかのように階段を駆け登る。


 頂上までの階段を登りきると、平らに開けた小さな広場の横には、真っ赤に色付く紅葉が立ち並び、まるで来訪者を出迎えるかのようだ。

 そこにひとつ、すこし古い木造建ての茶屋が建っている。

「日本だ…和だ…。」

 一花はぼんやりとその風情溢れる景色を見つめて感嘆しながらつぶやいた。

そんな一花を見て、誠は満足気に笑みを浮かべ、

「茶屋で休憩いれるか。」

 一花の頭をぽんと撫でた。



 茶屋で胡桃味噌の団子を頼み、二人茶屋の前の木製ベンチに並び舌鼓をうつ。

「おいし〜っ♪胡桃の濃厚さと甘い味噌がよくあう〜♪」

 一花は歓喜の声をあげる。

「胡桃味噌かぁ…。」

 誠はなにやら考えながら団子をゆっくりと食べている。

「生地に練り込んでサブレにするってのもいいかもな。バターにも合いそうだし。」

 誠の提案に一花は、

「茶色いサブレの形はどんぐりで?」

 団子を頬張りながら笑う。

「ははっ、それは狙いすぎだろ。」

 誠も笑う。

「でもさ、ケーキの上に小さなどんぐりのサブレってのも可愛いくない?」

「…ああ、悪くないな。でも土台は?」

「抹茶ムースにこしたあんこを薄く何層か挟む。下からミルクプディング、こしあん、抹茶ミルクプディング、あんこ、抹茶ムースで上に抹茶の粉をまぶしてどんぐりのサブレを飾る。」

「うーん…、抹茶の深い緑は初夏のイメージが強い。ちょっと季節感がズレるな…。」

 少し唸り誠は、

「土台はそれでよしとして、表面はあえてガナッシュを削って落ち葉のイメージを作って、どんぐりサブレに紅葉を象った色濃いめのミックスベリーのチョコをのせるってのも面白いな。」

 一花の反応を伺う。

「くぬぅう…、悔しいけどナイスアイディア。」

 若干落胆した渋い表情で、一花は串に刺さる最後の団子をほお張りため息をおとした。

「そんな顔すんなって。どんぐりのミニサブレはナイスアイディアだぞ。」

 誠はやれやれと笑い、頭をぽふぽふと撫でる。

「ふんっ…、次こそはナイスアイディアで誠に勝つ!」

 一花は誠に挑戦的な瞳を向けて鼻息を荒げた。


「しかし…、ほんと綺麗だなぁ。」

 誠は空を見上げて目を細め笑った。

「…うん、ほ〜んと綺麗だ。」

 一花も同じように空を見上げて笑う。

透明感溢れる青空と対象的な紅色の木々の葉。時折、はらりはらりと舞い踊りながら落ちる紅葉。

 静かで儚くも美しい日本ならではの風景に、二人はしばし心を奪われ時間を止める。

「ほんとに来てよかった…。」 

 一花は、はにかみながらそうつぶやいた。

「まだここで感動するのは早いぞ。」

 誠はすっくと立ち上がり、

「さて、そろそろ行くか。」

 一花に笑みを向ける。

「えっ?ここがゴールじゃないのか?」

 少し困惑の表情を誠に向け、尋ねる。

「この先にもっとスゴイ場所があるんだ。」

 誠は紅葉の木々が並ぶ奥を指さしほほ笑みを浮かべた。

「もっとすごい場所っ?早く行こうっ!そこっ!」

 一花は勢いよく立ち上がり誠に体を向け、声を弾ませた。

「よし、行くか。」

 誠は一花の手を引きゆっくりと歩きだした。




   ◇



 紅葉の並木道を奥に向かいゆっくりと歩くこと三分弱。

 段の少ない石の階段があり、誠は階段を登る前に、

「一花、ちょっと目つぶれ。」

「えっ?何でさ…。」

「いいから、目をつぶれって。」

 何やら企みを含めた笑みを一花に向ける。そんな誠の表情を見て、

「わかった…。」

 一花は目を閉じる。

「いいって言うまで絶対目ぇ開けるなよ。」

 そう念を押す誠に、

「わかってるよ、開けない。」

 一花はそう答えて誠と繋いだ手にぎゅっと力をいれた。

 誠は一花の手を引き、足元に気遣いながらゆっくりと階段を登っていく。

 階段を登りきると、全身に暖かな日の光りと瞼に眩しさを感じた。

 髪や頬に吹き抜ける少し冷たい初冬の風。(目の前に遮るものを感じない)一花は胸をドキドキさせる。

 少し前に歩くと誠は一花の体を止める。

「よし、…目ぇ、開けてみな。」

 頭上から降り注ぐ誠の声をうけて、一花はゆっくりと目を開けた……。


「……………。」

 一花は目の前に広がる景色に、胸より少し低い赤い鉄柵を握りしめて、半ば呆然として言葉を失い立ち尽くした。


 眼前の景色は、山々が連なり、紅、朱、橙、黄、そして深い緑の木々が雄大に広がっている。

 大自然が織り成す人が表現し作る事のできない奇跡のグラデーション。

 連なる山々のバックはどこまでも澄み渡る淡い群青色。

 

「凄いなぁ…。」

 一花は瞳を潤ませて小さくつぶやいた。

「凄いなぁ…。」

 再度つぶやく。感無量でそれ以上の言葉がでないのだ。

「俺もここに来て、この景色を初めて見た時、お前とおんなじように凄いとしか言葉が出なかった。」

 誠は小さく笑ってそうつぶやいた。一花は目頭を拭い、

「ありがとう、誠。」

 景色を見つめたまま柔らかな笑みを浮かべて感謝の言葉を述べた。

「喜んで貰えてよかったよ。」

 誠はくすっと笑い、

「新作スイーツのイメージ、固まったわ。」

 そうつぶやいた。

「どんな?」

 一花は誠に顔を向ける。

「…青い陶器の四角い器にレアチーズとカルバドス(リンゴの蒸溜酒)をしっかりと効かせたスポンジを交互に重ね合わせて、土台をつくり、表面を紅玉りんごとオレンジのジュレでコーティングする。飾り付けはアクセントに薄いパイ生地を木の葉に、紅玉で紅葉、オレンジピールをシロップに浸けたもので楓の葉。そして、ミルクチョコで−−−」

「どんぐりっ?」

 一花は目を輝かせ誠を見つめる。

「ははっ、お見事、正解だ。」

 誠は一花の頭をくしゃっと撫でて、満足そうに笑った。

「やっぱり凄いや、誠は…。」

 敗北の切なさが混じる笑顔を浮かべて、一花は再度景色に顔を戻す。

「俺なんてまだ全然だよ…。」

「誠が全然なら、私は−−」

「そんな事ねーよ。お前にはお前だけの良さがあるだろ?」

 やれやれと笑って誠は小さく息をこぼした。

「私の良さって…何さ。」

 一花は真っ直ぐな目を誠に向ける。

「好きな事に向かう情熱。」

「情熱だけじゃ、…敵わないモノがあるじゃん…。」

 一花は鉄柵をギュッと握りしめて唇を噛み締めた。

「情熱がなきゃ、何かを貫く事なんて不可能だ。眠ってる才能、自分にしかないモノを引き出す一番のキーだと思わないか?」

 誠は一花を諭すようにゆっくりと語る。

「パティシエだけの話じゃない。何かを追求する道を歩むって事はさ、きっと努力と挫折の繰り返しなんだよ…。挫折しても挑まなきゃ新しいモノなんて見えてこない。そして挑む力の源はやっぱり情熱なんだと思うんだ。」

「…でもやっぱり才能のある人には勝てないじゃん…。」

「才能のある人間は努力してないようなモノの言い方はするな。才能がある人間のほうがきっと苦悩も努力もうんと大きい。」

「………。」

「才能を開花させる努力、可能性の広がりを信じて進む力。辛くても掴みたいモノに向かう勇気みたいなモノのは、それに対する情熱がなきゃ生まれてこない。」

 誠は黙り込む一花をじっと見つめて反応を伺う。

「くそっ…負けるもんか…。」

(誠にはやっぱり敵わない。悔しいけど…でも、考えや想いは胸に響いてしかたがない)

 そう思いながら、今にも泣き出しそうな顔で一花はつぶやいた。

 誠はふっと瞳を緩ませて小さく笑みを浮かべた。

「…絶対いつか誠よりもっ!誰よりも凄いパティシエになってやるからなっ!」

 前向きな瞳と共に誠に挑戦状を放つ。

「ははっ、一花はそうじゃなきゃつまんねー。」

 誠は一花の頭をくしゃっと撫でて嬉しそうに笑った。




   ◇



「本当、今日は早起きして来た甲斐があった。」

 帰りの電車の中で一花は笑みを浮かべてつぶやく。

手には、紅色に染まる紅葉もみじの葉。

「また、来年来よう。二人で。」

 誠は一花に笑いかけた。

「…うん。」

 一花はニコッと笑い、誠の肩に頭を寄せて目を閉じた。

「また寝るのかよ…。」

 やれやれと笑う誠は、ポケットからiPodを取り出し、行きと同様に音楽を聴き始めた。



 

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