父と猫科のモンスター
やあ、ボクの名前はチョビと言うにゃ。
この斎藤家でまた〜りと暮らす3才になる雑種のオス猫にゃ。
今日はこの斎藤家で日々繰り広げられる、にゃんとも呆れるおバカな人間バトルをみんなにひとつお披露目するにゃ。
まあ、暇つぶしになるかどうかわかんにゃいけど、とりあえずお付き合い戴けたら幸いにゃ〜。
人間世界には、血液型による性格判断とは別に、基本性質をなんとな〜く大まかに分けるメジャーな方法があるらしいのにゃ。
どんな方法かにゃと?
それはボクのような
「猫型気質」と、ボクの天敵である「犬型気質」ってのに分ける方法らしいのにゃ。
ボクにしてみりゃ〜なんともばかばかしい分けかただにゃ〜と小首を傾げたいところだけど、まあボクは猫だからそれほどは別に深くは考えはしないにゃ。
「何で突然父さんのケーキが真っ白になっちゃっちゃってんのかなぁ〜っ!?」
ほ〜ら…、始まったにゃ。。。
全くこのウチはいつもこの二人が顔を合わせるとうるさいにゃ〜と思いながら、ボクはリビングのソファーの上で薄目を開けて声の主をジロリとにらんでやった。
「ありえないよね?突然に真っ白なケーキって普通〜にないよねっ!?
真っ白いケーキには今しがた、真っ赤で甘酸っぱくておいしい素敵なメインがこう、真ん中にバーーン!と乗っていたよねっ!?」
(一応)このウチの主である「としひろ」が、また訳のわからない事で怒ってるにゃ〜。
「アンナ、知らないモン。いちごなんて。」
テレビを観ながら、ふんっと鼻を鳴らして言い放つのは、としひろの娘で、ボクの正当なご主人であるアンナちゃん8才である。
「……知らない訳ないだろーがっ!父さんが手を洗いに行く前には確かにここにちゃーんと乗っていたんだからっ!」
としひろは、ケーキの真ん中を指差してぷりぷり怒っているにゃ。
「はぁぁ…、べ〜つにいいじゃん、イチゴなんて無くたってケーキはケーキなんだから。ていうかぁ、そんな事でいちいち腹立てるなんて、バッカみたい。」
アンナちゃんは、顔色ひとつ変える事なくそういい放ち、ジュースを飲んだ。
「お、お、親に向かってバカとは何ですかっ!?」
としひろはソファーから立ち上がりアンナちゃんを指さしてさらに怒っている。
「おとなだってな〜っ!おとなだってっっ!!
愉しみにしていたものを勝手に食べられたら怒れてくるんだぞ〜っ!」
としひろの言葉に
「はぁぁ…なんか超ウザイ。あのさ〜、テレビの声聞こえないから黙っててくんないかなぁ〜。」
アンナちゃんはため息混じりにとしひろを睨む。
「ひ、人が話してるのにテレビって!」
わなわなと奮えながらとしひろもアンナちゃんを睨み据えている。
その時である。
「もーっ!あんた達は何をまたギャーギャーと騒いでるのよっ!!」
2階のベランダで洗濯モノをとりこみ戻ってきた、としひろの妻でありアンナちゃんの母である和美さんが二人を叱り飛ばす。
「別に私、ギャーギャー騒いでないし。勝手にお父さんがうるさくしてるだけだし。」
小さくため息をこぼしアンナちゃんはつぶやいた。
「かずちゃんっ!聞いてよっ!アンナが僕のイチゴを盗み食いしたんだよっ!手を洗いに行ってる間にっ!愉しみにしていた僕のイチゴをっ!イチゴを〜っ!!」
叫び訴えると、
「全くぅ、イチゴくらいでけんけんと吠える事ないでしょうに…。」
和美さんはこめかみをぐりぐりと中指で押さえてため息をついた。
「だっ、だって、だってぇええっ!!」
いい歳したおじさんが首をぶんぶん振ってごねているサマは、猫であるボクから見りゃあ、何ともバカらしいにゃ。
しかもなーんか泣いちゃいそうな感じだしにゃ〜。
「はぁぁ…、わかったわよイチゴくらい、私のをあげるわよぉ…。」
和美さんは冷蔵庫から皿に乗った自分の分であろうショートケーキを取り出して、としひろに差し出しやれやれと苦笑いをした。
「マ、マ〜マ〜〜っ♪」
としひろはまるで神様でも見るような目で和美さんを見つめて、情けな〜い声をあげた。
「その代わり、お風呂掃除よろしくね♪」
和美さんの一言に、
「任せてっ♪カズちゃんの言う事なら僕、なんでもきくからっ♪」
息を弾ませるとしひろを見て、ボクは心の中で思ったにゃん。
…忠犬て言葉、としひろにぴったりにゃんと。
そんな事を考えながらとしひろを見つめていると、アンナちゃんはすっとソファーから立ち上がり、
「あ〜やだやだ。プライドのない男って。」
そうつぶやいて嫌悪感いっぱいの顔で2階にある自室へ向かう階段へと歩みを進めた。
ボクはソファーからストンッと降りて、アンナちゃんの後について歩き、一緒に部屋へと向かった。
何故アンナちゃんの部屋へ向かったかと言うと、リビングで繰り広げられる大人がイチャイチャする姿は見るに耐えないからであるのにゃ。
◇
アンナちゃんは部屋に入るとベッドに寝転び、お気に入りのキッズ向けのファッション雑誌を読み始めた。
その隣でボクは丸くなり、雑誌のページのめくれる音を聞きながらうとうと〜と…眠いにゃ…。
「あ〜んっ♪このピンクのチェックのワンピかわいい〜な〜♪」
…ま〜た始まったにゃ。。。
「ブーツもいいなぁ〜♪あっ!このキラキラアクセもかわいい〜♪
こうゆうオシャレアイテムはやっぱり外せないよなぁ〜♪」
アンナちゃんは感嘆しながら雑誌を見つめている。
「……ママにお願しても絶対ダメだって言われるよなぁ、−−となると、やっぱりあの作戦を使うしかないなぁ〜♪」
アンナちゃんはにやっと笑い、雑誌を閉じるとボクの丸まった背中を撫でる。
う〜ん、気持ちよいにゃ〜♪
アンナちゃん、頭も撫でて欲しいにゃ〜♪
ボクは「にゃ〜」と小さく鳴いておねだりをした。
「チョビはほんとにおとなしくてかわいいねぇ〜♪」
アンナちゃんはボクの頭を撫でながらにこにこと笑みをこぼす。
(おとなしくしてるのはぜーんぶ計算にゃ)
猫たるモノ、うまく世を渡っていく為には、甘えて猫をかぶるという技も適度に必要なのだにゃ、これ。
人間は知らないにゃ。
愛玩動物と称されるボクら猫の頭の良さを。
ボクらは人間をよく見るのにゃ。
気を許して良い人間、いけない人間を観察し見極めて、その人間に最もあった接し方を日々寝たフリしながら研究してるのにゃ。
もちろん、主君には義理堅いぞ。
猫は恩を忘れるなんて言葉は大嘘にゃ。
義理堅さは実は犬なんかとは比べものにもならないくらいにゃ。
この間も和美さんに常日頃のごはんの御礼としてスズメを狩り、和美さんの縄張りである台所にそっと置いてあげたのだが、何故だ?けたたましい悲鳴をあげた後にものすご〜く怒られたにゃ。
時々わからないのだにゃ〜、人間て。。。
閑話休題にゃ〜。
アンナちゃんはスクッとベッドから起き上がると、ボクに「行くよ」と声をかけて部屋のドアへ歩く。
(ははぁ〜ん、アンナちゃん、またあの手を使う気だにゃ…)
ボクはベッドからスタッと降りて、アンナちゃんの後ろに続く。
向かう先はもちろん(?)としひろのところである。
◇
揺るやかで段の浅い木の階段を降りて正面のリビングへたどり着くと、としひろはソファーで一人、テレビを観ながらクスクスと笑っている。
何が面白いんだか…。
テレビの中で人間が二人わーわーと騒いで、わけのわからない事をとぼけた顔で言うとなりの人間の頭を、バシッと叩いてもう一人の人間がわめき立ててるにゃ…。
ボクは猫なのでこのテレビの面白さ謎なんだにゃ〜…。
和美さんがいない。
ソファーにはエプロンが置いてある。
なるほど、多分夕飯の買い物だにゃ…。
アンナちゃんはにんまりと口の両端をあげて、「よしっ作戦かいし♪」
と、としひろのいるソファーへと歩き進む。
ボクは白いレースのカーテンからあったかい日差しがさす、窓際の絨毯の上で二人の様子を伺うことにするにゃ。
「あははっ♪面白いよね〜♪」
アンナちゃんはさりげなくとしひろの隣に座り穏和な雰囲気で話しかけた。
「………。」
としひろはさっきの「イチゴ」の事をまだ根に持っているのだろう、少しムッとした顔をして知らん顔してテレビを見つめている。
「お父さ〜ん、さっきはいじわるな事しちゃってごめんねぇ〜。」
アンナちゃんは上目使いをしながら猫撫で声
(ふに落ちない表現だにゃ)をだしながら、すがるような態度をしめした。
でたでた。
アンナちゃんの反省したふり攻撃にゃ。
としひろは少しだけ態度を緩めた。
「アンナね、ほんと〜は、お父さんとも〜っとお話したり、遊んだりしたくて、イチゴにやきもちやいちゃったんだよぉ〜…。」
…嘘ばっかりにゃ。
としひろのイチゴを食べた時の顔はまるで悪魔みたいな笑顔を浮かべてたにゃ。
「アンナぁ…。」
としひろはアンナちゃんを愛おしむ目で見つめているにゃ。
この甘えた話術もアンナちゃんの作戦なのに、全くバカな男だにゃ〜。
「アンナね、ほんとはお父さんが1番大好きっ♪お母さんより、お父さんが大好きだよっ♪」
アンナちゃんはとしひろにぎゅっとしがみついて天使(悪魔)の笑顔を振り撒いた。
おおっ!でたにゃっ!
必殺、1番大好き攻撃!
男親が泣いて喜ぶ、「お母さんより好き♪」と言うところがミソらしいにゃ。
「………。」
ほーら、としひろ…。
泣きそうだにゃ。。。
次はとどめにゃ。
アンナちゃんはあの禁断の呪文を唱えるにゃん…。
「アンナねぇ、−−−−−大きくなったらぁ、−−−−お父さんのぉ−−−オヨメさんになりたいっ♪」
おおおっ!
今日の笑顔はいつもの作戦の数倍まぶしいにゃ!
さすがはお高いモノをねだる時は気合いがちがうにゃ〜。
ボクも和美さんにちくわをおねだりする時には、アンナちゃんのように気合いをいれて可愛さをアピールするにゃ。
「ア、ア、アンナァ〜〜〜〜〜〜〜♪♪♪」
としひろはアンナちゃんを抱きしめて……
あ〜あぁ、号泣しちゃったにゃん。。。
さすがは伝家の宝刀だにゃ。
これでとしひろは、ほぼ陥落だにゃ…。
素晴らしき技だにゃ〜、ボク自身とても勉強になるにゃ〜。
「でね、でね♪アンナぁ、実はぁ、お父さんと手を繋いでお散歩しながらお買い物に行きたいなぁ〜−−−−」
「アンナっ!!」
…あちゃ〜、和美さんが帰ってきちゃったにゃ〜。。。
「……。」
アンナちゃんは小さく舌打ちして、口を尖らした。
「お父さん、騙されちゃダメよ!アンナが猫撫で声で擦り寄ってくる時は、ほぼ100パーおねだりする時なんだから!
いい加減、その手にひっかかるのはやめてよ。」
和美さんはとしひろのバカさ加減をばっさりと切り捨てたにゃ。
「あ〜あ…、あともうちょっとだったのに…。」
アンナちゃんは嘆息してぷいっとして、としひろから離れた。
「あ、アンナ?」
至福の号泣顔が、哀しみの涙顔へと変わりゆくとしひろ…。
さすがにこのボクでもちょっと可哀相になってくる位のヒドイ顔にゃ…。
「胡麻する意味なくなったからもう部屋に帰るし。」
アンナちゃんは立ち上がると、フンッと拗ねて、階段の方へと歩きだした。
「全くぅ…、私がいない間に姑息な手を使うとは。お父さんもアンナの猫かぶりにまんまと乗せられて!甘やかしは絶対ダメよっ!」
和美さんは腰に手をあてて、としひろにお説教を浴びせた。
「…すみません。」
しゅん‥とうなだれるとしひろ、全くもって哀れだにゃ…。
そんなとしひろの隣に座り、
「まあ、そんな優しいあなたが好きで、私は結婚して幸せで暮らせているんだけどね。」
和美さんは優しい優しい笑顔をとしひろに向けた。
「かずちゃん…。」
あ〜あ、また泣きそうになってるにゃ。
ほんとにとしひろは涙もろいにゃ。。。
としひろは和美さんを抱きしめた。
和美さんもとしひろの背中に腕を回して、
「ねぇ、としくぅん♪」
「ん〜?何だい?かずちゃん。」
「さっき、お買い物に行ったら、素敵なワンピースがあったのぉ♪それを着て、いつまでも、としくんの為に綺麗でいたくてぇ〜♪
実はねぇ〜、ボーナス払いでカードで買っちゃいました♪♪」
・・・にゃんだって!?
「もちろんいいよぉ〜♪かずちゃんは、いつも家族の為に頑張ってくれてるんだから♪」
としひろは喜んでしっぽ振ってるにゃ・・・
今日から和美さんを師匠と崇める事にするにゃ。。。




