愛おしい気持ち
「いつまでもうじうじとしてはいられない…」
意を決して僕は小さな公園の木製ベンチから立ち上がった。
傍らには、空になった微糖の缶コーヒーと、吸い殻で満タンになった携帯灰皿。
僕がこの場で悩んだ時間が決して短いものではないとわかるだろうか…。
空には薄黒い雲が広がっている。
(雨が降りそうだな…)
この公園のベンチへ座りこみ、ひたすら考えるコト実に2時間。
僕はずっと『彼女』のコトを考えていた。
平日、昼下がりの公園は至って静かで、時々風に揺れる木々の「サーッ」という心地よい音と、ほんのたまに公園の前をゆっくりと通過してゆく、自動車の風を切る音しか耳に入ってこない。
(彼女は、僕のコトをどう思っているのだろう…)
僕は、公園の隅にぽつりと存在している少々くたびれた小さな滑り台をぼんやりと見つめた。
青くて小さな滑り台の側面は、あちこちペンキが剥げていて、剥き出しになった鉄の部分の茶色い錆が、なんとも言えない悲壮感を漂わせている。
(彼女なら、あの滑り台にどんな彩りを加えるだろうか…)
何を見つめても、何を思い浮かべても彼女と結びつけてしまう……。
彼女の大きくはっきりとした瞳。
華奢でいて、均整のとれた美しいラインの身体。
スラリとした足。
ちょっぴりつんとした感じの性格もまた、彼女らしくて、僕はとても好きだ。
彼女を想うと、まるで初恋をした中学生のように、僕の胸はしきりにきゅっと鳴き続ける。
心臓の音が、やけに耳に近いところから聞こえるようで、ほんのりと震えがくるような感覚に、めまいさえしそうだ。
(どうしてこんなにも、愛おしいと思うんだろう…)
いい大人が柄にもない。しかし、この速まる鼓動を止めるコトなどできやしないのもまた事実…。
彼女を思うと、涙が頬を伝いそうだ…。
(そうだ、このまま何もせずに後悔はしたくない!)
僕は、両の拳にぐっと力をいれて、意を決して立ち上がった。
ベンチ横の簡素で錆びた鉄のゴミ箱に空き缶を放り投げ、吸い殻がギッチリ詰まった携帯灰皿を半ば強引に閉じて、ズボンのポケットに捩込む。
「よしっ…。行くぞ」
僕は気合いを入れて歩き出した。
歩き出したら、気持ちの高ぶりと同時に鼓動がどんどん速まる。
つられて歩くスピードもどんどん速まり、やがては走りだしてしまう始末…。
気がつけば、僕は猛ダッシュしていた。
早く彼女に会いたくて。早く、早くこの気持ちを伝えたくて…。
ぽつり、ぽつりと頬に空からしずくがおちる。
(まずいな…、降ってきたか)
しずくはみるみる粒を大きくして量を増し、アスファルトを激しく打ち、町を灰色にけむらせた。
僕は息を切らせながらも走り続け、やがてたどり着いた住宅街の中の細い道の左側、小さな雑貨屋の軒下に目をやった。
(いた!彼女だ!)
軒下で雨宿りをしている彼女は雨に濡れて寒そうに、小さく震えていた。
僕は彼女に駆け寄り、なりふり構わずその濡れた身体をぎゅっと抱きしめた。
彼女は突然の僕の行為に少し驚いた顔で、じっと僕を見上げる。
そんな彼女の愛おしい薄茶の綺麗な瞳を見つめて、
「…僕と、僕と一緒に暮らそう!」
僕は雨に濡れた彼女の頭をそっと撫でた。
彼女は、ゆっくりとまばたきをして、こう一言僕に告げた。
「にゃああ~…♪」
嗚呼……にゃんこ。
世界で1番愛おしい。




