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『何とか』だって風邪はひくらしい。

「うぅ〜…、何故だろう…頭がいたい……寒気がするぅ…。」

 ちゅんちゅんと雀が鳴く早朝6時。

 あゆみはうめき声をあげ、ベッド頭の小引き出しを開けて体温計を取り出し、熱を測る。


 

 ピピピ…

と測定終了の音が鳴り、体温計を見つめて、


「さっ、さっ、さんじゅうはちど ろくぶっ…!」

 仰天した声を上げて、

「…のぉぉ〜…熱、測るんじゃなかった……。熱があると自覚すると…余計に病状が悪化するような気がする〜っ……。

あぁ〜、学校休むの嫌なのに〜っ!」

 授業はアレだが休み時間に図書室には行きたい…ああ、読みかけの本、是が非でも借りたいのに〜なんて思っているが、関節が痛くて体がついていかず、ベッドから中々出られない。


「たちゅけてほちいのよさぁぁ〜…ブラックジャックせんせ〜・・・」


 ・・・無視無視。

 …いやしかし…。

『なんとか(バカ)は風邪をひかない』と言う言葉は絶対に嘘だなと妙に頷いてしまう……。


「も…もしかして、これは今巷で、超ウワサで持ち切りの流行語大賞ひそかに狙ってんじゃないのか?的な流行り病でわなかろーか…」

 すぱっと『新型インフルエンザ』と言えばいいのに…。いちいち面倒クサイ子である。木塚氏はよくこんな面倒クサイ子と付き合いを続けているなともう一度嘆息。。。


「……病院に行かなくては…。ところで、我輩、ケロン星人なのに、ペコポンのお薬ははたして効くのでありますか…?」


 またケロ◯軍曹かよ…

ツッコミを入れるのがもう面倒であります!

 

 

「……誰もツッコミを入れてくれない。あぁ…病気になると何故こうもセツナイのだろう。サブい…あーんど淋しい。」


 ……早く病院に行け。

そしてストーリーを進めてくれ!いい加減飽きてきたぞ、とクレームがくるだろうが!


「…………はぁ…。」


 あゆみは重いため息をひとつこぼして、のそりとベッドから起き上がる。

「あぁ…、目が回る〜…ふわふわするよぉ〜

うひゃひゃひゃひゃひゃ………」


 わ、笑ってる…。

普段からおかしな子だが、更にパワーアップしておかしい!

 誰か〜っ!救急車を!


 ……いい加減ほんとに疲れてきたので、話を進めよう。。。



  ◇




 かかりつけの個人病院で受け付けを済ませ、『新型インフルエンザ』の疑いがある為、インフルエンザ判定検査を受け、結果が出るまでの15分程、感染者専用の個室(隔離部屋)で待たされる。

 個室の中にはあゆみを含め感染の疑いがある患者が3人。

「おっほほ〜い♪今週号みっけ♪」

 あゆみは本棚からジ◯ンプを引っ張りだし、読み始めた。


 熱で体が辛いのではないのか…?

「おおっ!ワンピースっ!!激アツっ!」

 個室に響くマスクを通したくぐもってはいるが元気そうなあゆみの声。

 彼女には薬ではなく、マンガを処方すれば瞬くまに回復するのではないかと本気で思う。。。


 個室で待っている他2名はというと…

 一人はあゆみと歳の近そうな少年。

 少年は、携帯画面から目を離さず、何やら忙しそうにカチカチと文字を打ち込んでいる。友人とメールのやり取りでもしているのであろう。

 この少年も意外と元気そうである。推測するに、インフルエンザの為の出校停止を解除しに診察に来たのではないかと思う。


 もう一人は、歳の頃は30代半ばくらいだろうか…

 こちらも男性である。

かなりつらそうな顔だ。若干欝陶しそうな顔であゆみを横目でジロジロと見つめている。

 もちろんマンガに夢中な彼女がそんな視線には気付くわけもなく…。


 その時である。


 カチャリと個室のドアが開き、隔離者がもう一人参上。

 またしても男性である。渡辺あゆみは、逆ハーレム状態であるがしかし、漫画に勝るものはナシ−−−普通に状況に気付いていない。

 患者は非常に辛そうな顔である。歳の頃は20代後半−−


「あ゛……、」

 男は小さく呻き身を固めた。

 視線の先にはジ◯ンプを読んでけらけら笑う渡辺あゆみ。。。

 

(この状況で彼女と鉢合わせるのはいかがなものでしょう?まさに神の悪戯…)

 そう心の中で重〜いため息を吐く男。

 神のご都合主義に振り回される星の元に生まれた男、渡辺あゆみの彼氏である木塚良介28才。どこにでもいる平凡なサラリーマンである。


 まだあゆみに存在を気付かれていない今、そーっと個室を出ようかと、後ろ手にドアノブを回そうとするが、そうは問屋がなんとやら!


「あ〜っ!りょーすけっだっ!♪」

 いぬまるだしっ!を読み終えたところで、首がちょっと疲れて顔をあげた瞬間、渡辺アイ(目)にキャッチされて−−−


(…勘弁して下さい。神様…)

 熱が40度を越して、体温計が壊れる恐ろしいイメージに苛まれ、足元が若干よろけそうになる木塚良介であった。。。


 だがしかし、この男はは結構寛大というか、お人よしと言うか…流石は大人と言うか…(人の10倍我慢強いと言う説もあるが…)


「…君も熱でたの?」

やれやれと言う苦笑いを浮かべてあゆみの隣に座る。

「そーなのであります!38度6分と言う高熱に体内を侵略されてしまったのであります!わがはいっ、ペコポンを侵略しにきたはずなのにっ−−−−」

「高熱出てる割には…随分と元気なご様子で」

 良介はため息混じりで再度苦笑い。

「わがはいっ!ケロン人であり、ケロロ小隊の隊長で軍曹であるからして!」


 ぺちんっ……。

亮介はあゆみのおでこを叩くが、いつもの半分以下、非常に弱々しいツッコミである。


「りょーすけ、ツッコミにキレがない……。」

 あゆみもご不満なようだ。

「……本当ね、病院に来ているから当たり前なんだけど、とてつもなく具合が悪いんだよ。」

 良介はちょっと泣きそうな声でため息をついた。

「…それは可哀相に…。よし、…彼女である私の膝でごろんとしてもいいよぉ♪」

 亮介の頭を撫でながらあゆみは左手で自らの膝をぽんぽんと叩く。

「…丁重にお断りします。」

 同室で順番待ちの少年と中年男性の視線がイタい……。亮介は別の意味でも泣きたくなり、ぼんやりと虚ろな表情で天井を見つめた。


「りょーすけぇ…、大丈夫ぅ?」

 あゆみは少し心配そうに良介を見つめる。

「…大丈夫じゃありませんね…。もう半端なくキツイ………。」

 力なくそう言い放ち目を閉じて、ちょっとぐったりとしている良介を見てあゆみは、ますます心配そうな顔で良介の左手の甲を無言で摩る。


 患者の名前が呼ばれ、少年が部屋から出て行った。

 少しして中年男性も呼ばれて部屋から出ていき、個室に二人きりに。

 良介はあゆみの細い肩に頭をそっと傾げて相変わらず目を閉じている。

 あゆみは、思う。


 こんな時、一人暮らしはさぞ大変だろうなと…。そして、危険な事をひらめく。


 ここは彼女である私の出番だ!良介を看病してあげよう!と・・・

 

 いや、君も病人だろ!とツッコミを入れたいが、彼女には声が届くわけもなく…。

 




  ◇



 案の定、『新型』の判定が出た木塚良介は、とりあえず薬を出して貰い、帰路につく為に重い体を無理矢理動かし、自家用車に乗り込んだ。

 助手席のドアが開き、さも当たり前のようにそこに座り、シートベルトをするあゆみ。


「なんの冗談ですか?」

 思わずつぶやき顔をしかめる良介に

「なんの冗談も言った覚えはナッサブル、ヒーハーっ!」

「・・・・・」

 呆れる良介…。

 彼女には常識と言うものが通用しない。そんな事はわかりきってはいるが、やはり大人としてちゃんと軌道修正してやらねば…。良介は

「…あのね、渡辺あゆみさん。」

「はいっ!」

 キリッとした返事を良介に返す。

「…君は『新型』じゃなかったわけだよね?」

「ええ、ものの見事に普通の風邪でありましたなあ♪注射一本で熱もとれて元気いっぱいでありますっ!」

「…と言う事は、僕に接触するとうつる可能性があるって事だよ。」

 良介は真面目な顔であゆみの瞳をしっかりと捕らえる。

「大丈夫だよぉ、…マスクしてるし。」

「…家まで送るから。」

 良介はなるべくあゆみに感染しないよう気遣い、密室状態にならないように車の両窓を3分の1程開け、小さくため息をついてキーを回しエンジンをかける。

「…心配なんだよぉ…」

 あゆみは俯いて小さくつぶやいた。

「………。」

 良介は黙ったまま車を発車させた。


 沈黙した車内には、カーステレオから流れる明るくポップな音楽が小さな音量で漂っている。

 

「…良介はズルイ。」

「…………。」

「いっつもいっつもいーっつも!私を子供扱いして!」

「…………。」

「彼女なんだよ!私は木塚良介の彼女なんですよっ!」

「彼女だから!馬鹿みたいに心配するんだろ!!どうしてわかんないかなーっ!」

 珍しく良介は声をあらげる。

あゆみは、唇を噛み締めてバックミラー越しに良介を見る。

 良介は、怒っているとも、悲しんでいるようにも取れる複雑な表情で前方を見つめている。

 そんな顔を見て、唇を噛み締めて必死で堪えていた涙が目からぽろぽろと零れ落ちて、あゆみの黒い長袖のシャツの胸元やシェルピンクのスエットパンツの太腿を濡らしていく。


 良介はハザードを出して道路の路肩に車を止めて、

「…ごめん。…。」

 あゆみの頭に左手をぽふんと乗せてつぶやいた。

「…やだ。許さない。」

「………あのね、…」

「りょーすけの優しさは、凶器だ。」

 あゆみは涙を拭い、抗戦的な瞳を良介に向けた。

「…凶器…って…」

 困惑した瞳を返す良介に、あゆみはぴしゃりと言い放つ。

「過保護すぎる好意は、遠回しに拒絶されてるのと同じくらい傷つくんだよ!」

「……………。」

 良介は、はっとして黙り込んだ。

「私はまだ18で、高校生で10も歳が上の良介から見たら、まだまだ何も知らない子供かもしれない。

でも、人を好きになる気持ちも、心配する気持ちも大切に思う気持ちも、歳は関係ないじゃん!」

 黙り込み視線を逸らす良介をじっと見据えて唇を噛み締めるあゆみの瞳からは、またぽろりと涙がこぼれ落ちた。

 

「……。」

 良介は黙ったまま、路肩から車を出発させた。

 互いに沈黙しあう車内。こんな気まずいタイミングの中、カーステレオからはタイミングがいいのか悪いのか、悲しいラブバラードが漂う……。


「…おかゆ、作れる?」

 良介は運転中である視線を前から離さずに、ぽつりとあゆみに尋ねた。

 あゆみは、ふぇっ…?と一瞬バックミラーで良介を見つめる。

 ミラーの中の良介は、やれやれと穏やかに笑っていた。


「…!…ああ、作れるともさぁ〜……。」

 あゆみは鼻をぐすっとすすりながらも、ぱああっと嬉しそうに笑った。

「…おいしいの、お願いします。」

 良介はバックミラーに写るあゆみに穏やかな笑顔を向けた。

「わがはいっ!りょーすけ殿のために『たまご粥』にチャレンジするでありますっ♪」

 チャ、チャレンジ??

今なんか危険フレーズが聞こえたような……。


 あゆみは、バックミラーに写る良介をみつめて、敬礼しながら、にししっと笑った。



(……今日は完全に僕の負けだな…優しさは凶器…か。中々鋭い事言ってくれるなぁ)

 良介は、心の中で何となく反省してしまったのであった。

 いや、あ、あのさ……チャレンジって−−−−−−まあ、いいか。。。


「…でも、長居はダメだから。君だって一応病人なんだし、学校だって休んでるんだし。」 

 だがしかし、やっぱり釘を刺す良介。

「わかっているであーりますっ♪」

 脳天気なあゆみの声に、やれやれと苦笑いする良介なのでありました。


 

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