夏の終わりの・・・
8月もそろそろ終わりを告げる今日この頃。
「宿題や ああ宿題や
宿題や・・・
あゆみ、心の俳句。」
「俳句って…季語はどこに入ってるんだい…?」
テーブルに突っ伏して、どこぞの
「と◯ぞー」さんみたいにつぶやく彼女、渡辺歩(17歳)を見つめて、やれやれとため息をつく。
「あーやだやだ。読書感想文なんてさぁ…。」
「…本、好きなのに、読書感想文が苦手なんて、ほんとおかしな子だね…君は。」
僕は立ち上がり、冷蔵庫から紙パックのアイスコーヒーを取り出し、空になった彼女のグラスにコーヒーを注いだ。
「だぁってさぁ……、毎年読書感想文書くと、必ず先生にダメ出しされて、書き直し命令がくだるんだもん………。」
「ダメ出し…?なんで?」
僕は彼女に尋ねる。
「知らないよぉ…、そんなのぉ……。」
膨れっ面でアイスコーヒーを半分程一気飲みして、
「ふい〜っ」と息をつく彼女…。まるで居酒屋で愚痴をこぼすサラリーマンのような哀愁を漂わせている。
「ちなみに、去年はどんな本の感想を?」
そう尋ねると、彼女は
「爆笑、三十路風俗嬢奮闘日記。」
「・・・・はい??」
僕は耳を疑う。
「だーかーらー、爆笑、みそじ風俗嬢…」
べしっっ!!!
僕は彼女のおでこを若干強めに叩く。
もちろん、ここは突っ込みを入れなくてはね……いやもとい、大人として叱らなければっ!
「そりゃあ、書き直し命令出すよ!僕でも出します。」
うなだれて、軽く痛む頭を押さえる為、こめかみをぐりぐりと押して嘆息……。
「なんで、ダメなのさぁ〜…、ちゃんとしっかり本読んで真面目に感想文書いてんのにぃ…。読みもしないであとがき拾って、無理矢理原稿用紙を埋めるより、よっぽどいいじゃんかぁっ!」
おでこを摩りながら、ますます口を尖らす彼女を見て、
「もっと学生らしい本を読みなさい!」
「学生らしい本てなんなのよさぁ〜〜っ!!」
彼女はテーブルをバンッと叩いて抗議の構えを見せる。
「健全なノンフィクションや文学小説とか、歴史小説とか、ファンタジー小説とか、推理小説…とにかく色々あるでしょう?」
「……そんなのつまんないし…。」
「つまんないって…君…」
「どーして読みたい本に自由に感想文書いちゃいけないのさっ!」
「君の場合は自由すぎるよ……。」
彼女の担任を真剣に気の毒に思う……。
「もーやだっ!!読書感想文なんてやーめたっ!」
彼女はシャープペンシルを放り出し、パターンと後ろに体を倒して、ふて寝の体制をとる。
「…歩ぃ…」
僕は深いため息をつき、彼女の名前を呼ぶ。
「りょーすけはいいよねぇ…。社会人だから宿題なんてないしさぁ…。」
「…僕は学生さんみたいに長ーい夏休みはありませんけどね。」
「…勉強だってしなくていいし」
「…勉強はしてますよ。社会人としてするべき勉強は。」
「…テストだって、受験だってないし」
「会議の資料作ったり、報告書作ったり、電話対応したり、営業の為の外周りとかはありますけどね。」
重いため息がでた…。
「……ねぇ、りょーすけぇ…」
「…何…?」
「大人って…大変…?」
彼女はぽつりとつぶやいた。
「…そうだね…、大変だと思えば大変だよ。」
僕はテーブルに片肘をついて頬杖をつき、小さく笑う。
「……私は早く大人になりたいよぉ…。」
僕は学生に戻りたい…。そう思うがそれは言わないでおくとして……。
「…いずれ嫌でもなるよ、大人になんてさ。」
「早く自由になりたい。」
「…今でも十分自由だと思いますけどねぇ…。」
まったくやれやれだ。
「………。」
黙り込む彼女を見て、僕はため息笑いで立ち上がり、小さな木製の本棚から一冊の本を取り出して、テーブルの上に置いた。
「…これ、読んでみて。」
「………。」
彼女はのそりと起きあがり、テーブルの上のオレンジの表紙の本を見つめる。
「僕が君の歳に読んで、読書感想文を書いた本。…僕が1番好きな作家の本だよ。」
小さく笑って、彼女を見つめる。
「アルジャーノンに花束を……?」
「うん。」
「どんな話?」
「知的障害を持つ主人公の青年が、知能を得る研究の実験台になって、脳の手術を受けるんだ。そしたら、どんどん頭がよくなってね…今まで知る事ができなかった現実を知り、葛藤してもがき悩むという話。アルジャーノンは主人公と同じ手術をうけて、賢くなったはつかねずみ。主人公のたった一人の親友なんだ。」
「……。」
彼女は本をめくり、活字に目を走らせていく。
「…………………。」
テレビのついていない静かな部屋の中。
本のページをめくる音がなんとも心地良い。
僕はいつものように、座椅子に座り、うとうとと、うたた寝を始める。
目を覚ますと僕の体にはタオルケットがかけられてあった。部屋を見渡すと彼女の姿はなく、テーブルの上には一枚のメモが。
『読み出したら面白かったから、家に帰ってじっくり読む事にするよ。だから、本借りてくね。
見てろよ!りょーすけ!すんごい感想文書いて先生に参ったと言わせてやるから!』
「ははっ♪」
僕はメモを手に取り思わず笑う。
「頑張れ、あゆみ。」
僕は小さくつぶやいて、ふたつ並んだ空のグラスを見つめた。
「もうすぐ9月か…。」
レースのカーテンを揺らす夕方の風がとても涼しくて、
「もう…なんか、ほんのりと秋って感じだなぁ…。」
なんて少し黄昏れを感じてしまった8月の終わりの休日であった。




