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夕暮れの海で…。


「うっ、うっ、……………うみぃいい〜〜っ☆」

 彼女はサンダルを脱ぎ捨ててやっほーいっ!と波に目掛けて駆け出した。


「おいおい…、服濡れるって……。」

 僕は、やれやれとため息をついて苦笑いする。


 夕方の海は、昼間の賑やかさとは打って変わり、人の姿は少なく、静かで風がとても涼やかだ。

 彼女は、波打ち際に立ち、足にかかる寄せては返す波の感触にうっとりと頬を緩ませる。

 膝より少し下の丈の紺のジーンズの裾が濡れてしまうんじゃないかと、心配しつつも、彼女の笑顔を見て自然と顔が綻ぶわけで…。


「ん〜っ♪たまりませんなぁ〜♪波が引いてく時のこの砂の感触っ♪」

 彼女は、ふるふると震えながら、波打ち際から微動だにせず、ひたすら砂の感触を味わっている。

 うん、全くもって変わった娘だ………。


「りょーすけっ!すごいっ!どんどん足が埋まってゆくよっ!」

 若干興奮気味で彼女は足元を見つめる。


 彼女のふわりとした白いチュニックシャツが風に柔く揺れる。

 頭のてっぺんにおだんごのように纏めた長い髪は、先刻走った影響だろうか?ちょっと緩んでいるように感じるが…。



「気をつけないと転ぶよ。」

 僕はもう一度やれやれと笑って彼女に歩み寄る。

「大丈夫でありますっ♪我輩、こう見えて運動神経はかなり良いほ……」

 言ったそばからバランスを崩す……。

「あぶないっ!」

僕は慌てて彼女に駆け寄り、華奢な体を支えた。

「本当に良い運動神経してるね」

「…いひっ♪」

 僕の言葉に彼女は、ばつが悪そうに照れ笑いを浮かべる。

「りょーすけ…ジーパンの裾、ビショビショ…♪」

「あ………」

 やってしまったよ。。

僕はため息をついて足元を見つめた。

 彼女はくすくすと笑い、僕を指さす。

「髪、ポサポサだよ、歩。」

 僕は彼女の眉にかかる程度の長さの前髪を少し直して笑う。

「んーっ、面倒だから、髪下ろしちゃおっと。」

彼女はてっぺんのお団子を解き、頭を揺すり髪を手櫛でととのえる。

 腰まである長いダークブラウンの髪が結っていたせいで、軽くウエーブがかり、潮風に揺れる。

 口角を上げて、少し目を細めて水平線を見つめる横顔を見たら、何故だろう…少し彼女が大人びて見えた。


「りょーすけぇ……」

 彼女は水平線を見つめたまま、少し声のトーンを落として僕の名前をつぶやいた。

「どうした…?」

 彼女に顔を向けると、少し瞳が揺れていた。



「…永遠に変わらないものって…あると思う?」



 彼女はつぶやくように僕に問い掛けた。



「…どうだろうね…。」

 そうとしかこたえようがなかった……。


 永遠に変わらないもの…。

 そんなもの…あるのかどうかなんて実は考えた事ないから…。


「…私はあると思うなぁ…。」

 彼女は、ゆっくりと沈みゆく夕日から片時も目を離さずに地平線を見つめながら、小さく笑って僕の手をそっと握る。


「…君があると言うなら、あるのかもしれないね……。」

 僕も、彼女の手を握り返して小さく笑った。


「西からのぼったお日様は、東に沈むのだ♪

これでいいのだっ♪」

 彼女はエッヘンと笑う。

「・・・・・え???」

 僕は面食らう。

「・・・・ェ???」

 彼女は何?って顔で僕を見つめる。


「天才バカ○ン??」

  僕も彼女を見つめる。

「そうなのだ♪バカ○ンの歌なのだ♪」


・・・・・・???

「ねぇ、歩…ほんとの太陽って、東から西って知ってるよ…ね?」

 僕は恐る恐る聞いてみた。


「……ェ??………………………………………………………あ、あ、うんっ!もちろん知ってるとも〜っ♪」

 彼女は明らかに動揺している・・・・・。


「ぷっ……きみ…『素』でボケたね。」

 僕は俯き吹き出してしまった。

「うっ…!…ち、違うもんっ……け、計算されたボケだもんっっ!」

 慌てる彼女を見て、ますます笑いが込み上げる。

「ひ、酷いでありますっ!りょーすけのくせに生意気でありますっ!」

 真っ赤になって手をバタバタさせている。

 繋いだ手が大きく揺れ動く。

「ははは♪やっぱり君は渡辺歩だよ♪」


 うん。渡辺歩だ。

 変わり者で意味不明。


 出会った頃から変わらない………。


 僕はふと気付く。


「…永遠に変わらないもの…見つけたかも…。」

 僕は、彼女を見つめて頭を撫でた。


「何なのだ?それは?」

 歩は動きを止めて、僕をじっと見上げる。


「………秘密。」



 僕はくすっと笑って、彼女の頭に軽くキスをした。

「……むうぅ…。」

 ちょっと膨れっ面だが、照れ笑いの彼女を見て心の中で思う。



 君のそのおかしな性質は永遠に変わらないかもね………。

 ま、そんな君を大切だと思う僕も結構変わり者なのかもしれないけど…



 もう一度彼女を見つめて小さく笑った。


 彼女は小首を傾げながらも、ニッコリと笑顔を僕に向けた。




::::


 夕方の短い景色は、朱を帯びた露草色から徐々に紺、濃紺へとその姿を変えてゆく。

 白い外灯が辺りを転々と照らし、少し離れた砂浜では、夏休みの学生だろうか?花火の光りや煙と共に、明るくはしゃぐ声が海辺に響き渡る。


 僕と彼女は砂浜へ続く広く長いコンクリートの階段に腰掛け、夜の海を見つめる。


「そういえば、もうすぐ誕生日だったね。」

 僕は彼女に問い掛けた。

「おおっ♪覚えていてくれたの?りょーすけっ」

 嬉しそうに瞳を輝かせ、彼女は僕に身体ごと視線を向ける。

「…そりゃあ…一応ステディな関係ですから。」

 僕はやれやれと笑って

「何か欲しいものはありますか?」

 とりあえず彼女の要望を聞いてみた。

「…りょーすけの部屋の鍵♪」

「それは無理。」

 にこやかに笑い却下。

「ぶーっっ!」

 彼女は膨れっ面でブーイング。

「…私、もう18になるんですぞ!大人の階段のぼっちゃうんですぞ!」

 膝を抱えてちょっと拗ねる。

「いや、まだ大人とは言えないね。」

「なんで?車の免許だってとれるし、パチンコにだって行けるんだよ!」

「僕はギャンブルは嫌いです。」

 彼女の頭を軽くぺんっと叩き、嘆息する…。


「成人しないとね……。まだ保護者の管理下なわけでしょ?」

「…りょーすけは堅い!考えかたが古臭いっ!」

「……。」

 僕はもう一度、深く息を吐く。

「歩…。」

 拗ねた顔の彼女を下から覗き込むように視線を合わせる。

 納得がいかない。

彼女の視線が物語る。


「…ねえ、歩。君が大人として扱って貰うって、どういう事だい?」

 僕は真顔で彼女に尋ねる。

「……そ、それはぁ………そのぉ……あのぉ…」

 視線を外し、しどろもどろになる。

 外灯に背中を照らされた彼女の顔は、暗がりではっきりとは見えないが、きっと赤くなっているだろう。

 普段は馬鹿な口調で撹乱しても、彼女は僕がいざ本当に真剣な顔をすると、『純粋な素』に戻る。

 17歳とは言え、まだあどけない少女なのだ。今時珍しいくらい世間の色に染まっていない。


 逆に僕は彼女より10も年上の27歳。

 歳相応な恋愛も人生も順番を得て、それなりにこなしてきたつもりだ。

 彼女が知らない世界だって色々知ってる。


 もちろん、綺麗な世界もあるけど…そればかりじゃない。

 いずれ、嫌でも知るであろう、大人の世界を、慌てて彼女に教えるつもりはない。


 大切なものを壊したくない………。


 彼女にはいつまでも純粋でいて欲しい。

 それは僕のわがままだろうな…。


 僕は、恐いのかもしれない…………。

 彼女がどんどん大人びて、ますます綺麗になっていくのが……。


 自信なんてないんだ。

ほんとは…。

 自信じゃなくて、今は彼女を心から信じたいだけ……。


 彼女と肌を併せるのは確かに簡単な事だ。

 理性を取っ払い、本能のまま、彼女を僕の部屋のベッドに押し倒すだけなのだから。


 でも、興味本位でそんな事したくない。

 付き合ってるから、抱き合うのは当たり前…。

 僕はそいいう考えが苦手なのかもしれない…。


 刺激の欲しい歩くらいの年頃の女の子には、つまらない男なのかもしれないな………。


「…ねぇ、あゆみ…。」

 僕は彼女の髪をそっと撫でた。

「………。」

 珍しく彼女は黙り込む。

「…今晩僕のアパートに泊まるかい?」

「!!!」

 彼女は驚き、目を見開く。

「……僕がどう言う意味でこうゆう事を言ってるか、理解できるかい?」

 僕は彼女の身体を包みこみ、ゆっくりと言葉を投げる。

「あ、あ、あにょ……」

「・・・・ぷっ…。」

 噛んだ。

言葉の『意味』を理解したのか…相当焦っているのだろう。

 色々知りたくても、いざとなると腰がひける。

 本当に純情というか、何と言うか……。

「…別にね、えっちする事が、大人なわけじゃないし、それが、最大の愛情表現なわけじゃないと僕は思うんだよ。」

 僕は彼女の頭を撫でながら、僕なりの考えを述べる。

「君はまだ10代で、これからまだ色々な事を学ぶと思う。

僕はね、確かに考えかたが古い人間かもしれない。でもね、あゆみ…、僕は、焦って君をどうこうするのは本当は嫌なんだ。」

 彼女は顔を上げて、僕を見つめる。


「僕はね、ゆっくりと長い時間をかけて君の傍にいたい。」

 照れ臭いから、小さく笑って彼女を見つめた。


「……ずるいぃ…。

りょーすけ…ずるいよぉ……………………。」

 彼女は、今にも泣き出しそうな顔で、ぽつりぽつりと言葉を発する。


「…そんな事言われたらぁ………もう何も言えないじゃないかぁ……。」

 僕の腕の中で嬉しそうに笑う彼女を見て、心底ホッとする自分にやれやれと思いながらも、

「…さあ、あゆみ…

プレゼント…何が欲しい…?」

 僕はもう一度彼女に質問する。

「…新劇場版エ○ァのペアチケット&パンフレット…♪」

 彼女はヘヘッと笑う。

「じゃあ、ついでにランチとボウリングもセットでね。」

「……うんっっ♪♪」

 飛び切りの笑顔を揺らして、彼女は笑った。



 ゆっくりでいいんだ。

僕らはまだまだ、始まったばかりなんだから……………………………。





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