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雨ふり。


「紫陽花の 葉にかたつむり ギザキモす」


何となく俳句じみたものが浮かんできたのでつぶやいてみた。

「あーあ…ついてないなぁ……。」


小さくぼやき俯いて、激しい雨にぼんやりと霞む煉瓦色の階段を見つめた。

「図書館に行きたいが為に学校をサボってしまった天罰なのでしょうか…おー怖っ、神様って奴は…ほんとにいるのかねぇ…全く。」

一人、図書館の入口でぼやいてみるが、状況は変わる事もなく…ああ、いと虚しって感じです。


ん?何を一人ごちゃごちゃとぼやいているのかと?

そりゃあぼやきたくもなりますって。

だって、傘…盗まれちゃったんだもん。

傘立てにちゃあんと綺麗にたたんで入れておいたのに、帰ろうと思ったら無くなってるんだもん。


しかも、この土砂降り。

加えて今日は何故かしら気温が異常に低い。


家に帰るまでには、20分はゆうにかかるから、絶対風邪ひきますね。


そんな事を考えると、ぼやきたくもなるさ…ちきしょーっ!

「はぁ………、最悪だねこりゃ。」

どんよりとした梅雨空を見上げ、ため息ひとつ。


その時である……、


「歩……?」

「!!!」

おおっ!まさに拾う神!

なんて素敵な偶然なんだろう!


「りょーすけっ殿っ!」

私はバンザイしてぶんぶん手を振り回す。


良介は相変わらず、やれやれとため息をつき、ゆっくりと私に歩み寄る。


「こんな時間に私服で何でこんなところにいるんだい?……学校はどうしたんですか?渡辺歩君。」

良介は私の頭をコツンと叩き、2回目のため息をついた。


「えーとですね、なんとかインフルエンザと言う凶悪な殺人ウイルス…」

「この地方に発症者はまだ確認されていませんが?しかも殺人ウイルスではありませんしね。」

良介は私の会話を遮り覗きこむ。ちょっぴり顔が怒っている…当たり前か……。

でも何だろう、なんか年上なのに可愛いいなぁ…と思う心の誘惑には勝てず、覗き込んだ良介の唇にちゅっ♪としてしまいました。んふふっ。


良介は、鳩に豆鉄砲のような顔で私を見つめてフリーズしてしまいました。27歳という年齢にしては純情な人でありますなぁ、しかし。


「……ほんとに君の思考回路は読めないよ。」

本日3度目のため息。

加えて顔が赤いであります。何かこっちまで恥ずかしくなるのであ〜りますっ!


「…本が無性に読みたくなり、誘惑に負けてしまったのであります。」

私は良介を見上げて、いひっと笑った。


ぺちんっ!

いてっ、またおでこ叩かれちゃった♪


「学生は学校に行くのがお仕事です。たとえそこが退屈であろうが何であろうが、僕はサボる人間は嫌いです。」

良介は真面目な顔で私を見つめる。


「…行きたくない事情があるなら、ちゃんと話して。何か辛い事があるのなら、ちゃんと聞くから。」


穏やかな瞳を私に向けられると、非常に罪悪感いっぱいになります。

ほんとに本が読みたかっただけで学校をサボってしまったのだから。


「…ごめんなさい。どうしても読みたい本があっただけです。」

「読みたいなら、学校終わってから借りにこればいいでしょ?」

ため息4回目…。

「図書館で読む事に意義があるんだもん。」

「……何読んでたの?」

「アドルフに告ぐ…」

私はぽつりとつぶやいた。

「…それって…漫画じゃん。」

5回目のため息と共に、本日初の緩やかな笑顔。

「手塚治虫は素晴らしいですぞ。何てったって漫画の神様なのであるからして。」

「…素晴らしいのはわかるよ、うん。僕もブラックジャック好きだしね。」

「私はブッダが1番好きであります。おしゃかさま万歳♪無宗教だけど」

「……で、どうして入口で突っ立ってるの?」

6回目のため息とちょっぴり呆れた顔が私に向けられる。


「…そうなのであります!大変なのでありますっ!りょーすけ殿っ!我輩の傘が何者かに盗まれてしまったのであります!」

私は思い出したかのように状況を説明した。


「…そりゃ災難だったね。ま、でも学校をサボった罰だと思えば何の事でもないか。」

良介はちょっぴり意地の悪い笑みを私に向けた。


「そんなぁ………………酷い…、今ものすごーく傷ついたよぉ……。」

私は顔を真顔にして俯いた。

「……」

良介は何も言ってくれない。

「…あの傘、すごく気にいってて、大切に使ってたのに……。」

小さくつぶやいてみた。


「……もう学校サボらないと約束しますか?」

良介は突然私に尋ねる。

声からすると、真面目な顔をして話してしるである事が伺える。

だから私も真面目に答える

「はい、約束します。」

と。

ちょっぴり張り詰めた空気がふっと緩む。

良介を見上げると、穏やかな笑顔で私を見つめて、

「では、傘を買いに行くとしましょうか。」

そう言って、私を傘の中に招き入れてくれた。

「お仕事は大丈夫なの?」

「今日は外回りが以外と早く済んだから、会社に戻るまでに1時間くらいは時間があるから。」

良介は私が濡れないように傘を少し斜めに構えて、歩調を併せて歩く。

「背広が濡れちゃうよ」

「君に風邪をひかれるくらいなら、背広なんてどうって事ないよ。」


んーっ!なんて女泣かせなセリフなのだろう。

何でこんなセリフが極自然に出て来るんだろうね、この人は……。


全く、木塚良介って男は…………………。

私は顔の熱さをごまかすように俯き、

「よくも恥ずかしい事をさらっと申しますなぁ…木塚殿は。」

ひゃひゃっ♪と笑っておいた。


「ぷっ…、君、もしかして照れてるの?」

良介はクスクスと笑う。

「………。」


しまった…。

黙り込んでしまった…。

んー、参ったなぁ。なんかますます恥ずかしい。


そんな私の心中を察してか、良介は

「傘、何色がいいかな?」

話題を変えてくれた。

「…りょーすけは何色が好き?」

「うーん…茶色かな?」

「オッサンクサイ。」

「オッサンじゃない。まだ27歳です。」

「…やっぱり、自分の好きな色を選ぶ事にしよう。」

私はため息笑いで良介の腕にしがみついた。

もちろん良介もため息をついて笑った。

「ふふっ…7回目。」

「えっ?何が?」

良介は視線だけを私に向ける。

「図書館で私とエンカウントしてから、ついたため息の数。」

「…そんなの数えてたのか?」

良介はやれやれと笑う。

「あ、また。8回目♪幸せが逃げまくりですなぁ…ひゃっひゃっ♪」

からかうように笑う私に良介は言う。


「大丈夫。君に向けて出るため息は不思議と幸せな気分になるから。」


何という言葉を……。

ほんと参りますね。


「………………。」

良介を見つめて沈黙する私を見て良介は笑う。


「どうやら、今日は僕の勝ちのようだね。いつも君にやられっぱなしじゃあ…ねぇ。」



うーん……木塚良介。

恐るべしである……。


加えて言おう。


傘、盗まれてほんとによかったぁ……♪♪


      

      おしまい。

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