ゆる恋。
ある日曜日の早朝7時。
アパートの呼び鈴が鳴った。
「…誰だよぉ…、こんな朝っぱらから…」
僕は昨日友人と遅くまで飲んでいた為、当然の如く寝不足で、おまけに体内にアルコールがしっかりと残っていて、思考回路がおぼつかない…。
ベッドから渋々のっそりと起き上がり、若干ふらつく足どりで玄関へと歩み寄る。
「……」
ドアについている小さなのぞき穴を覗くと、
「……真っ暗…………………。」
こんな面倒クサイ事する人って彼女しかいないよね。
のぞき穴を指で塞いでにんまり笑っているだろう姿を想像すると、重いため息がでた。
「あの…、どちら様ですか?」
呼び鈴の主が誰かはわかっているがしかし、とりあえず尋ねてみた。
「早朝からご利用ありがとうございまぁす♪ご指名を受けたデリヘルのうららでぇ〜っす♪♪」
「うわああっ!!」
また人聞きの悪いジョークをデカイ声でっ!!
僕は慌ててドアを開け、彼女を部屋の中に引っ張りこんだ。
「おはよー、りょーすけ♪お腹空いたでしょ♪
朝マック持って参上してやったぞ♪」
だから、声デカイって…
しかもいつになくテンション高いし・・・・。
ていうか二日酔いで辛い朝にマックの匂いは正直キツイぞ………。
「おや?りょーすけ、なんか顔色が悪いよ。」
うなだれてこめかみを押さえる僕を不思議そうに彼女は覗き込む。
普段なら目の保養になる端正な顔なのだけど、何せ状況が状況なだけに…ちょっと迷惑さを感じてしまうのが正直なところの気持ちだ。
「あのさ、悪いんだけど僕ね、相当寝不足なんだよね……。」
「ははぁん…次の日休みだからって、いかがわしいDVDを夜通し見てたのですね?うっひゃっひゃっ♪」
「……………。」
僕は、ますますうなだれた。
「ま、まさか…女を連れこんで…あんなことやこんなことを…?」
「…ご想像にお任せします…。」
僕はため息混じりで小さく首を振り台所へ水を飲みに歩いた。
「……。」
彼女は黙り込み、僕の後ろをついてくる。
「何飲む…?」
僕は冷蔵庫からミネラルウオーターを取り出して、コップに注ぎながら彼女に尋ねる。
「不潔な浮気者から恵んで戴く程、私は落ちぶれちゃいないさ……」
彼女はふっ…、と鼻を鳴らしてつぶやいた。
「はいはい、…そりゃどうも…。」
正直面倒だから、いい加減に返事を返して、コップの水を飲み干した。
「……ほんとに…女の人と一緒だったり…しないよね?」
彼女は少し不安げに尋ねてくる。しかし、頭痛とだるさと眠さで僕の虫の居所は当然悪くて
「さあ?どうだかね…。」
鼻を鳴らしつつ、少し意地の悪い言い方で彼女を軽く突き放した。
「………。」
ん?沈黙したぞ…。
まあいいや…。ちょっと放置しとこう。
「………すんっ…。」
えっ…??嘘?今鼻すすった??
「………ぐすっ…。」
……マジですか?
マジで泣いてるのか?
「あゆみ…?」
僕はコップを置き、彼女に歩み寄った。
「……。」
「…ごめん…、ジョークがキツすぎた。昨日友人と遅くまで飲んでたから…二日酔いで頭痛くてさ………。」
僕は彼女の頭をそっと撫でた。
「…友人て男の人ぉ…?」
「…当たり前な事聞かないで。」
「…ま、まさか木塚殿…そちらの趣味も??」
…でたよ…。また訳のわからない想像力。
彼女の思考回路は本当に謎だらけだね…。
僕は無言で彼女のおでこを軽くぺちんっ…と叩いた。
「うーん♪ナイスツッコミ♪」
彼女は嬉しそうに笑っている。
ってか…、泣いてなかったんだな…。何か微妙にホッとしてる自分に腹が立つんだか立たないんだか…………。
「僕は朝ご飯は食べないから、ちょっとここでテレビ見ながら座って食べてて。」
とりあえず、彼女をテレビの前の小さなテーブルへと誘導し、僕は二日酔いのダルさを少し醒ます為にシャワーを浴びる事にした。
シャワーを済ませ部屋へ戻ると、
「ギヤーーっ!!」
「!!!」
けたたましい悲鳴にびっくりして足が止まる。
彼女を凝視すると………
「グロいっ!映像がリアルでグローーいっ!!」
彼女は黒いコントローラーを忙しそうに動かしている。
「…なんだ、ゲームやってたのか…。」
僕は胸を撫で下ろし、台所へ行きコーヒーを入れてテーブルへ向かった。
「りょーすけぇっ!ヤバイっ!レオンが死んじゃうよおっ!」
「小屋の裏にハーブがあるから、使えば。」
「小屋っ?どこっ?」
「右、…そうそこの奥」
僕は画面を指さしながら彼女を導く。
「ギヤーーっ!チェーンソー持ってるーっ!足早っ!!」
部屋にチェーンソーの音と彼女の奇声が響く。
「あああっ!!やられたぁあっ!」
彼女は肩をがっくりと落としゲームの電源を切った。
「…ていうか、マック食べてないじゃん……。」
僕はため息笑いで彼女を見つめる。
「おおぅっ!忘れてた♪」
彼女はごそごそと紙袋からハンバーガーとポテトとシェイクを取り出して頬張りだした。
「…うわっ…、シェイクなまヌルイ!」
「…まずそうだね。」
「うんにゃ、これはこれで中々♪」
……僕には理解不能。
ヌルイシェイクが美味しいわけないでしょ?
僕はコーヒーを飲みながらもうひとつため息をついた。
「ポテトはいかがですか?」
彼女は僕にポテトを向ける。
「んー……。」
せっかくだから、1本だけ食べてみた。
「ふふっ♪ひな鳥に餌を与える母鳥の気分だね、こりゃ…♪」
彼女はうふふと笑い、
「私にもやって♪」
口をぱくぱくさせる。
「……はいはい。」
僕はポテトを1本彼女に近付ける。
そして、彼女が食べようとしたら、わざとひょいっと引っ込めてみた。
「んにゃっ!」
彼女が変な声を発してちょっとお間抜けな顔をしたので、なんか軽く吹き出してしまった……。
こんなベタな手に引っ掛かるか?普通。
「やってくれるな、りょーすけ殿……。」
若干頬を赤らめて口を尖らす彼女見て、迂闊にもちょっと可愛いな…と思ってしまった。
「はい、食べないの?」
僕は彼女の目の前にポテトをぶら下げた。
「食べるっ♪」
ぱくっ…と彼女はポテトに食いつく。
うーん。ひな鳥に餌をやると言うより、魚釣りをしてる気分だね、こりゃ……。
朝ご飯を食べ終え、彼女は
「DVD見ていい?」と尋ねてきたので、
「ご自由にどうぞ」と告げた。
「アダルトなやつは?」
と言う彼女のジョークにとりあえず愛想で頭を1発軽く叩いておいた。
「……んっ!面白そうなの発見!」
彼女がチョイスしたのは、
「図鑑に載ってない虫」という作品。
「それ、結構面白いよ」
僕は彼女に告げた。
彼女はDVDを見て、ひたすらうひゃひゃ…っと笑っているが、僕は睡魔に勝てずに、座椅子に座りうとうとから始まり、揚句には熟睡していた。
「ん……なんか重い…」
目を覚ますと、彼女は僕の肩を枕にしてすやすやと寝ていた。
長い髪が唇にかかっていたので、起きないようにそっと直す。
サラリと柔らかな髪。
シャンプーの香り。
少し上から見下ろす彼女の閉じた瞳からのびる長い睫毛。もちろんマスカラなどしていないナチュラルな美しさ。
(ほんと黙ってれば素敵な子なのになぁ……)
ちょっと頭を撫でてみた。
彼女の頬がにんまりと頬が緩む……
(はは、笑ってるし。)
もうしばらくこのままでいようかな……。
なんてちょっと思ったけど……。
フローリングの上に座ったまま足を延ばして寝ている彼女を見ていると、なんだか寒そうだから、
「あゆみ、風邪引くよ。寝るならベッド使って。」
彼女をそっと揺り起こした。
「うーん……、連れてってぇえ……………。」
寝言…??
「ベッドすぐ後ろでしょ…。」
僕は小さく笑って、彼女をそっと抱えた。
僕は彼女をベッドに降ろすが、首に回された腕が離れない………。
起きてるのか……。
「……こら、離しなさい。」
「…やだ。」
あっさり拒否。
「いい加減にしないと怒りますよ。」
「……んーー、じゃあ…ちゅっ♪てしてくれたら離してあげよう。」
彼女は目を閉じたまま、んふっと笑う。
僕はやれやれ…とため息笑いを彼女に贈り、
「………」
「………」
短く軽く唇を重ねた。
「えへへへぇ…♪」
彼女が頬を赤らめて笑ったから、なんか僕まで異様に恥ずかしくなってきた……。
「早く離してくれないか?」
「えー…、もうちょっといちゃつきたい。」
「……」
返答に困った…が
「…焦らずゆっくり育みましょう。僕らはまだ始まったばかりなんだから。」
そう彼女に告げ、頬を撫でた。
「……なんか…なんか…非常に照れるであります…。」
彼女は真っ赤になって、ふんわりと笑って僕から腕を離した。
「そりゃ、よかった。」
僕はくすっと笑って彼女の頭を撫でた。
ちょっとは伝わったかな…?僕は君を以外と大切にしてるって事………。




