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Black and White〜Answergray


・ろね(黒猫XIII)作品

【Black and White】のAnswerストーリーとして執筆させて戴きました。


 ろね先生の本編を先に読んで戴けたら幸いです。



* * *


 人間てさ、基本ほんと弱っちいよね。


 群衆の波に紛れ込んで、傍観者的立場ってやつで物事を観察してれば、少なくとも自分は傷つかなくて済むじゃん?

 いわゆる処世術ってやつ?

 難しい言葉なんて私にはわかんないけどさ…。


 キャラ作って笑って、テキトーに黒に染まるふりして『浮かない』ように目立ち過ぎないようにって、どこか自分に言い聞かせながら周りに溶けこんで生きてく…。

 それが普通に賢い奴。

 ほんと、そう思ってたんだよね…。

 ほんとつい最近までね。

 けど『KY』な誰かさんに感化されちゃって、ちょっと視点が変わった私。

 賢い奴を否定はしない。だけど私は賢い奴にはなりたくないかなって…ね。


 ねえ、沙夜。

 私はあんたみたいな超面白い奴が大好きだよ♪


 もちろん、千くん、なっちゃん、楓くんもね。

 みんな色々面白くて大好きだよっ♪


* * *


(…また…、グロいのが見えた…)

 隣で歩きながら口にパンを頬張り、私に向け会話を発してくる琴美(木ノ瀬琴美)の顔から少し目線を外し、


「琴美、口の中が空になったら喋ろう・・・」

 若干引き笑いになっているであろう私は、やんわりと忠告を促した。


「ふんふん、むにゃむにゃ…♪」

 琴美は聞いてはいる気配で頷きつつも、チョコチップの入ったメロンパンをちぎって再度口に押し込んだ。歩きながらの朝食は妥協するとしても、食べるか喋るかの線は引こうよ…と、小さな苦笑が込み上げた。


「…もぐもぐ…、で何でまた今日はおめめがうさぎさんのように赤いのかなぁ~?」

 琴美はむふっと笑みを含ませて私を覗きこんだ。

「べ…別にぃ…。何でもないよぉ…」

「…あは~ん、愛しの彼を想い、枕を濡らしたのですね?」

 絶対言うだろうと予測済みの言葉が、当たり前のように琴美の口からグロい光景(咀嚼物)と共に放たれる。

「…」

 少しオーバーなため息をついて、私は琴美の言葉をスルーして少し歩く足を速めた。


「…んもぉ…、はっきりしちゃえばいいのにぃ…」

 琴美はやれやれとジェスチャーを交えて首を振った。

(こっちがやれやれだよ…別に私は…)

 そう思いながらも、言葉を発しない私に琴美は、


「…シカトは立派な『いぢめ』だよお~ん♪」

「……」

 そんなおどけた琴美の何気ない冗談が、速めた私の足に急ブレーキをかけた…。



* * *


 え…。どうしちゃった?

 沙夜(桜坂沙夜)が、急に止まっちゃったよ…。

 私は「沙夜…?」と名前を呼んで肩をぽんぽんと叩いた。


 沙夜は少し俯き、足元の少し手前の地面をぼんやりと見つめていた。


「沙夜ぁ…」

 もう一度、少し恐る恐るだけど声をかけてみたら、「…っ!!」

 沙夜は、はっと我に帰るように目を見開き、

「…ご…ごめん、ちょっと考えごとしてた…」

 申し訳なさ気に、私に小さな笑顔を向けてまた歩きだした。

「…楓君のコトでしょ?」 おどけて笑ってみたら、髪、いいや頭皮にピリッとした衝撃が走った!


「いたたたっ! ジョークだよ~っ! マジごめんって!」

 私の後ろ髪をむんずっと引っ張る沙夜の顔は、いつもと変わらない怒り笑いだった。


 そんな沙夜の笑顔にホッとはしたんだけどね…。


 何だろう?

 なんか。…ま、いっか。


* * *



 教室に入ると、なっちゃんが携帯を見つめていた。(また携帯小説読んでるんだ…)

 私は、なっちゃんに歩み寄り、

「おはよう、なっちゃん」

 とお決まりの声をかけた。私の後ろで琴美は、

「なっちゃん、いっつもマジな顔して何読んでるの?」

 琴美は不思議そうな顔でなっちゃんの携帯を覗きこむ。


「…おぉ~のぉぅ~…。字ぃ、びっしり…」

 琴美は0コンマ数秒で携帯画面から逃亡した。そんな琴美をスルーして、

「ダークでシリアスなストーリーは右脳を甘美に活性化させてくれるものよ」 なっちゃんはくすっ…、と私に笑いかけた。


「へえ…、そうなんだ」

 些か返答に困った私は、笑顔と共に当たり障りのない言葉をなっちゃんに返した。

(頭の良い人ってやっぱり言う事や考えてる常人とはちょっと違うような…)

なんて思ってみたりしながら、私は席へと歩いた。



 いつもと何も変わらない朝の教室の景色。

 恋バナに花を咲かせる賑やかな女の子達。

好きなミュージシャンやゲーム等の話しで盛り上がる男子達。


 いつもと何も変わらないその風景が、私には愛おしくもどこか怖い…。


 この場所にいると、いつも心の深部で不快な警鐘が鳴る。みんな、そんな事を考えた事があるのだろうか…。



 * * *


 ガラッ――と教室の引き戸を引く音と共に、


「Oh~~♪ セプテンバ~~♪」


 教室へと到着した雪くんの歌声が耳に飛び込んできた。

(セプテンバー? 誰の歌かな?)

 私は雪くんに視線を向けた。…というか、正確には雪くんの後ろで小さくため息をついて苦笑する楓君に視線を向けたと言う方が正解かもしれない。


 そんな私の視線を見逃す訳なかろう琴美は、ニタリと不気味な笑みを向け、首をゆっくりと上下させた。

「…あの歌何だろうと思っただけだよ…」

 私はため息と共に、こめかみを押さえ琴美に返答した。

「あぁ、あれね。RADWIMPSの『セプテンバーさん』って歌だよ~」


 そう説明しつつ、ニタリとした笑みはやめてくれない琴美に、

「ふーん…そうなんだ」

 私はペンケースを机の中から出して授業の準備に入る。

 とは言うものの、もう一度楓君に視線をちらりと向けてみると、

「…」

「…」


 何だろう。どうしてかタイミングよく視線があってしまい…。

 平常を装いながらも、頭の中ではかなり慌てふためいてしまい、視線を反らすタイミングを逃してしまった…。結果、相手からして見れば『ガン見』状態であろう私を、

(何だ…? 変な奴だな)と言いた気な表情で口の片端をあげ、眉をしかめる楓君は、私から視線を外して席についた…。


「……」

 私は小さくため息をついて机におでこをコツンとつけた…。

「やれやれですなぁ…」

 そうつぶやく琴美は、きっと首を左右に揺り動かすお決まりのゼスチャーを加えているだろう…。でも、そんな琴美にツッコむ気力はない。


「おっはよ~う桜ちゃん♪」

 雪くんが明るい声を放ちこちらに歩み寄ってくる気配がして、突っ伏した顔をゆっくりとあげると、


「――ってっ!」


 雪くんは、急に転んで私の横をズサーっとヘッドスライディング状態で通過した。しかし何事もなかったかのように、すっと立ち上がり「よっ♪」と右手をあげる…。


 目線を少しだけ前にやると、なっちゃんが足を揺らして小さくほくそ笑み、私に向かって自らの人差し指を口元にあてがい、(しーっ)のゼスチャーを見せた。

 なっちゃんて…ちょっとやっぱり変わってる。もちろんそんななっちゃんは嫌いじゃないけど。


「おはよう雪くん」

 私は雪くんに視線を向け、挨拶を返した。


「千クン、朝から超ウケるよっ♪」

 琴美は雪くんを指差し、けらけらとお腹を抱えた。

「あんがと♪」

 雪くんは、にこりと笑い制服をぱんぱんと叩いた。

「ね、ね、桜ちゃん♪ さっき俺のコト超見つめてたでしょ? もしかして――」

「急に歌いだすから何事かと思って…」

 私は苦笑いして、転んでやや雑巾状態の雪くんの制服の埃を指でつまんで取った。

「RADいいよ~♪聴く?」

 雪くんはイヤホンを片側私に差し出した。


「ううん、いい」

 やんわりとお断りして一瞬楓君に視線を向けたが、楓君は頬杖をついて全然あさっての方角をぼんやりと見つめていた。


 その時、私の右耳に信じられないくらいの大音響が。

「――っ!!!」

 耳痛いっ!


 私はびっくりした勢いで、ガバッと立ち上がって椅子をひっくり返してしまった。

 椅子のガタン! とひっくり返る音で、教室内の視線が否応なしに私に集まった。


「……」

 琴美は、ぷっと吹き出し、雪くんは、

「あっ、ごめん!音デカかった?」

 申し訳なさ気に苦笑いするが、私は、自らに投げ放たれた多数の視線が怖くなり、思考も体もフリーズしてしまった。



 * * *


 まただ…。

 沙夜が急にどこかへ行ってしまったようなこの感じ…。

 今も登校中と同じように表情を無くして身を固めている沙夜を見ると、もしかしたらっ…て、あるひとつの予想にたどり着いてしまった。でもそれはきっと聞いちゃいけない事だってブレーキが勝手にかかっちゃう。


 でも…なんか淋しい。

 何か隠し事されてるのってさ…。


 淋しいよね…。


(沙夜には散々KY発言しておきながら何考えてるんだか…)

 そんなわけわかんない自分に何となく毒づきたくなった。


 * * *



 眠気混じりの頭に、いきなりうるさい音が飛び込んできた。(何事だよ…)視線を音の方向に向けると、桜坂が放心状態で立ってる。 足元には椅子が倒れてて、雪人(ゆきひと)と木ノ瀬が桜坂をじっと見つめてた。

何だか様子がおかしい…。いつもはちょっとウザイくらい『KY』でお節介な桜坂の顔は見たこともない位に蒼白し、脆弱な空気を出してた。

 何故だろう。そんな桜坂の横顔と『あいつ』があの時見せた横顔が重なって見えた…。

 なんのつもりか…。俺の足は勝手に意志を持ったように桜坂に歩み寄り、その手を引いて保健室へと進路をとってた。

 木ノ瀬が後について来ようとしたが、俺は木ノ瀬に視線を投げ無言で首を2~3度振った。

 いや…、何やってんだ…俺…。

「……」

 木ノ瀬は立ち止まり、不安げだが事を見守る選択をしたように小さく頷いた。(俺、…。マジ意味わかんねえな…)

 そんな事を考えながら少し歩いたところで、明後日の方向へと飛んでた桜坂の瞳に急に生気が戻り、まさに文字通り、はっと我に返った。


「かっ、楓君! どうしてっ!」

 桜坂は驚き慌てて俺の手を振り払おうと試みるが、所詮女子の力は知れていて…。無理だと諦めたのだろう消沈して俺の後ろをとぼとぼと歩き出した。


「……」

 俺はそんな桜坂に別に何も聞く気はなかった。いや、むしろこいつに何を話せばいいかなんてわかんねえなと。会話の糸口すら掴めないでいた。

 そもそもだ。こんなお節介な行動をとった事自体、自分でもバカじゃねえねか? と呆れてしまってた。

 でも、妙に気になった。 俺を散々問い詰めて、挙げ句ビンタまで食らわしてくれた桜坂が何故『あいつ』と重なったのか…。


 でも、事情を聞くなんて器用な話術は俺には皆無だ。だから黙りこみ歩く、ただそれだけ。


「…ごめんなさい。…あの、授業…」

 桜坂はぽつりぽつりと途切れたように話しかけてくる。

「気にするな。付き添いは保健室までだから」

 俺は、それだけ告げると歩みを止めることなく桜坂の手を離した。

「……」

 申し訳なさ気に桜坂は笑っているだろうが、当人の顔は見ないでおこうと思った。

 見たら、思わず余計な感情が口をついて出てしまいそうだったから…。


 結局2人、なんの会話をする事もなく、保健室へとただ歩くのみだった。




 * * *


(なんだかなぁ…)

 授業が始まったというのに内容が全然頭に入らない。い~や、元々普段からたいして授業なんて聞いてないんだけどねぇ…。

 カチカチとシャープペンシルの頭をノックして芯を出してはしまい…と、何度か繰り返してたら、楓君が一人で戻ってきた。

 私は(もちろん千クンもなっちゃんもだろうけど)楓君を見つめ、様子を伺う。

 楓君はいつも通りの無表情だけど、私に小さく目で頷きを見せて自分の席についた。


 とりあえず、放課を待ってみようと思う。




 * * *


 根暗バカの楓 (かえでらい)があんな行動をとるとは、正直ビビったぞ!

 あいつはあんな優しい事する奴じゃないはずだ。

 あいつは捻くれモンで根暗でスカシたチキン野郎なはずなのに…。


(ま、まさか…! マジで桜ちゃんのコト…?)

 俺は来にじっとりとした視線を投げてやった。

 そんな俺の『ガン見』攻撃に気付いたらしく、来は俺の方を向き、「フン」と小さく鼻を鳴らしぷいっと前を見た。


(全くもっていけすかねえ野郎だな…)

 ちょっとムカついてノートの端っこをちぎって投げてやろうと思ったら、


「…千空…、次読め」

(げっ! やっべ!)

 思いつつ、あたふたするのはカッコ悪いから、一応冷静な振りして立ってはみたが、


「千クン、それ英語の教科書、今現国だよ」


 斜め後ろで琴美ちゃんが肩を揺らして俺にツッコミを入れてきたので、俺はますますクラスの人気者になってしまった。光栄だぜ、はっはっは。


 来を見ると、いつも通りのシケた顔で呆れたため息をついてたから、後で腹に1発入れとこうと思う。


(しかし、桜ちゃん…一体どうしちまったんだろうな~)

 心配はしてる…けど、タルい授業と黒板のカリカリと言う音が異常に心地良い子守唄に聴こえる。


 そんな状況に耐えるメンタルなんてありゃしない俺は、ふかふかと心地よい夢の世界へと旅立ったのである。




 * * *


 耳が痛いくらい静かな保健室。

 白い天井を見つめていると、色々な考えや想いが頭をかけ巡って、とても眠るなんて事はできない。


(ずるいね…私)


 心の中で自分に問い掛けてみた。


 あの日、強く風が吹き荒む屋上で私が楓君の腕を掴んだのは、きっと私の中の罪の贖罪なのではないかと思う。


 楓君に何故あんなにしつこく屋上にいた理由を聞いたのか…。

 きっとそれは自分の中で消える事のない暗闇への答合わせではないかとどこかで感じてる。


 楓君も私も同じ穴のムジナ。ううん、違うな…。

楓君は私なんかよりももっと深い傷みを背負っているだろう。


 自分を救ってくれた親友に突き付けてしまった態度や仕草、メールのメッセージ…。

 目の前で起きた光景。そして伸ばした手が届かなかった無力で残酷な自分…。 ずっとこの先も心のどこかでそんな自分を責めて生きていくんだろう。


 私もきっとそうだ…。

 生きることを止めようとしたあの日の屋上の灰色の景色はいつまでも色褪せることなく灰色のままで私の深部に焼き付いていて。


 そして、そこから下へ向かい飛ぶ事を――結局死ぬ事を恐れて、生きる屍としての道しかないんだと全てを諦めた私の腕を強く掴み、絶望から救ってくれた人がいて…。

 

 人に対する恐怖を深くに残しながらも、それでも平穏に溶け込み何とか生き永らえてる私じゃなく、その全てが順風満帆なはずの彼が、あの屋上の柵を乗り越えて、この世から自らの存在をあっという間に消してしまって…。


 私はつくづく薄情な人間だと思う。救ってくれた人間にありがとうもまともに言えずに、彼が何を思い、何に迷い、何に傷つきもがき苦しんでいたのかなんて微塵も考えることなく、ただ目の前の自分の平穏無事だけを祈り、それのみを大事にして過ごしていたのだから。

 今だってそうだ。

はみ出して浮くことに怯える私の心の中で響く『群衆から外れるな』という警鐘はいつまで経っても鳴り止まないままなのだ。


 もう、あんな孤独な世界を味わうのは嫌だ…。

 生きているのに、存在全てを消される、あの、凍るように冷たく深い暗闇の世界には、もう2度と戻りたくない…。


 楓君の腕を掴んだのはきっと、そんな自分の救い主だったあの人の暗闇に、苦しみに気付けなかったことに対しての自己中心的な、恥ずべき偽善的な罪ほろぼしだと思う。


 楓君を助けることで私の心の奥深くに住み続ける、顔も名前も忘れてしまっていたあの人から、見殺しにしてしまった罪から逃れたい…。

 結局、自分が少しでも楽になりたかったからなんだと思っている。


(ほんとに…ずるいや。楓君に散々『KY』な行動を取っておきながら、私は自分の事を誰にも言わずにいるなんて…)


 私は、こみあげるものを堪えようと制服の心臓辺りをぎゅっとつかみ、息を殺した…。


 カーテンの隙間から見える澄んだコバルトの空が悲しいくらいに綺麗だ…。


 私はまばゆい世界から逃げるように掛け布団を頭から被り、涙と共に小さく息を 吐いた。




 * * *


 1限目を終えると沙夜は教室に戻ってきた。

「大丈夫ぅ…?」

 私はやんわりと笑みを作り、ありきたりな言葉を選び沙夜の瞳を探った。

沙夜は、

「心配かけてごめんね。もう大丈夫だから…」

 そう告げて自分の席につき、授業の準備を始めた。

(やっぱり、突っ込んだ事聞くのは……ね。)

 私は話題を変えようかと思い、1限目の千クンのお笑いショーの話しでもするかと思い口を開こうとしたけど。

 その時、ふと私のではない携帯のか細い振動音が聞こえた。

 沙夜は制服のポケットから携帯を取り出し、ディスプレイを見つめる。

(誰からだろう…?)

 覗きたいのは山々なんだけど、やっぱり人の携帯だからと見守るだけにした。


 携帯を握りしめて沙夜は北側の席へと視線を向けた。その先には、沙夜をじっと見据える楓君がいた。


 ダメだ! 超気になるじゃんっ!

 私は思わず沙夜の携帯を覗き込んだ。

 そこには、

『無神経なKY女が珍しく静かだな。言いたい事があるならさっさと吐いちまえ』 との内容が。


(楓君もやっぱり何か気づいたんだ)

 私は唇を少し噛みしめながら沙夜を見つめた。

「……」

 沙夜は携帯を握りしめて見つめたまま言葉を発しないでいる。

 ダメだ! やっぱりスルーなんてできないよ!

 好奇心なんかじゃなくて、私は本当の沙夜の心を理解したい。そう思っちゃダメなのかな?

 だって! 私は沙夜と本当に本当の友達になりたいんだよ!


「沙夜…、もうはぐらかすのはやめて、ちゃんと話そうよ」

 意を決して私は言葉を放ったけど、

「…た」

 沙夜は俯きながら、聞き取れない程の小さな言葉を漏らした。

「…沙夜…?」

「…あの時の楓君の気持ちがわかった…」

 震える声でそう告げると沙夜は立ち上がり、

「ごめんね…琴美…」

 きっとその顔は泣いているだろう…。

 沙夜は教室から逃げるように走り出した。


「沙夜っ!」


 叫んではみたものの、私には追い掛ける勇気なんてものはなかった。

 そんな情けない私に歩み寄るなっちゃんは、


「…追い掛けなきゃ」

 私の手を引く。千クンも楓君も席を立ち私となっちゃんを見て頷いた。



 * * *


 人間というものは皆、様々なカタチで『光』を求める。


『夢』『希望』『優しさ』『暖かさ』『精神の安らぎ』

 人が生きたいと願う糧として望むものは、様々だろうと思う。

 しかし、そんな『光』と隣り合わせるように、必ず『闇』が存在する。

 そして光を求めつつもそれをどこか毛嫌いし、自ら進み闇に身を置くモノも当然いる事も世の常だと私は思う。


 本当は皆誰もが様々なカタチの『光』を求めるはずなのに…。

 それを手にするのは、簡単なようで難しい事だと妥協してしまう事の方が多い気がする。

 

 私はそれが難しいようで簡単な事だと思っている。

 だってそうでしょ?

 自らが植え付けた妥協や、周りから植え付けられた既成概念を頭から省いてしまえば、そこには心から白――『光』を望む自分自身が必ずいるのだから。


 彼女はそれに気づくのをどこか恐れている気がした。

 素直に自身を解放できない何かがあるのだと何となくだけれど感じ取ることはできる。


 知らず知らずか、人の顔色や行動を伺いながら、冗談混じりで笑う事で自身に防御壁を作り、どこかラインを引いて人と付き合う彼女は、とても『怖がりな人』だとも思った。


「色で例えるところのグレー(灰色)と言うところよね…」

 私は、琴美さんにそう言って笑いかけた。


「…へ?」

 琴美さんはまるで目を点にする勢いで小首を傾げた。

「世の中、曖昧な感情表現が多過ぎると言う事よ。まあ、それでも今日のあなたは普段より比べものにならない程よく突っ込んだと思うけど」

 私は琴美さんにそう告げて携帯を開き、電話帳から沙夜さんの番号を引き出すと、通話ボタンを押した。

「なっちゃんも中々な曖昧さだよね」

 琴美さんは小さな苦笑を浮かべて私を見つめた。




 * * *


(結局逃げ出しちゃった…)

 こんな自分の弱さに吐き気がする。

 人を信じる気持ちよりも、どこか信じきることができない臆病者な私につくづく嫌気がさした。


 私は結局、またここに足を運んでしまった…。

 今日もあの日と変わることなく冷たい風が容赦なく吹き付ける、この屋上へ。


 所々が茶色く錆た緑色のフェンスを両手でギュッと握りしめ、立っているのがやっとな脆弱な私…。

 

 ここに立つと、数年経っても色褪せる事のない傷が容赦なく心に爪を立てる。

 思い出したくない記憶。

 机に刻まれた「死ね」の文字。

 私に向けて飛び交う消しゴムのかけらや紙屑。

 濡れた上履きに、汚いモノを見つめる無数の視線…。


 忘れたくても決して忘れることのできない、あの辛く、苦しいだけを重ねたまっ黒な日々…。

 人を信じたい気持ちをいとも簡単に葬り去ってしまうかのような、そんな『心の闇』が、深部で息をしていて、私を締め付ける。


 だから、いつも警鐘が鳴り響いて……。



 制服のポケットの携帯が震えた。動きの伝達が鈍い手でそれを取り出して見つめると、ディスプレイには、暦 夏姫(こよみなつき)の文字が光っていた。

「ごめ…、なっちゃん…」

 携帯を握りしめる手の震えをこらえようと力を混めたら、バカみたいに涙があふれ出した…。




 * * *


「…出ないわ…」

 なっちゃんはため息混じりにつぶやいて携帯を閉じた。


「……」

 日頃元気な琴美ちゃんも笑みなく俯いちゃって、何か空気が重苦くて気分が参っちまいそうになる。

 そんな中、来だけは相変わらずいつも通りって感じの冷静臭い感じで歩いてるけど。


「…一体全体、どうしちまったんだよ、桜ちゃん…」

 あ~あ、何だか俺までため息ついちゃってるよ。


「…やっぱりあんな事言わなきゃよかったかな…」

 琴美ちゃんは廊下の天井に目をやり、まるで自分を嘲るように鼻を鳴らして、哀しそうに笑った。

「何で…? ちゃんと話そうって、普通に当たり前のことじゃねえの?」

 俺には琴美ちゃんの言ってる意味がいまいち解らなかった。


「…辛いコト話すのは勇気がいるよ…ね?」

 琴美ちゃんは来に視線をちらりと向けてつぶやいた。

「…人には散々聞いといて、自分はダンマリってのは戴けないな…」

 来はちょっとムッとして歩きながら目先の階段を睨むように見つめた。


「私達、きっと信用されてない。と言うより、沙夜さんは誰も信じてないのかもしれないわね」

 なっちゃんはそう言いながら、もう一度携帯を開き、

「直接話ができないなら、やっぱりメールしかないわね…」

 とつぶやいて、カチカチと文字を打ち込んている。「ちょっと待った、なっちゃん。来の携帯からメール飛ばそうぜ! この間来にやった時みたいに寄せ書きみたいにしてさっ!」

 俺の思いつきに、なっちゃんは、

「へえ、たまにはマトモな意見がでるものなのね」

 と、くすっと笑った。来は、

「なんで俺の携帯なんだよ。意味わかんね…」

 面倒臭そうにため息をついたからとりあえず、頭突きをかましてやった。

「……ってえぇなっ…!」

 来は思わず声を発して頭を摩るが、俺は多分お前の数倍痛いぞ馬鹿野郎…。


(流石だな…、中身も固けりゃ頭まで固いとわよー)

 俺は来から携帯をブン取ると、メールを打ち込んだ。

 メッセージは、俺、なっちゃん、琴美ちゃん、来の順番で。

 送信ボタンを押すと、

「屋上にいくぞ。」

 来は屋上へ続く階段のステップに足をかけた。

「やっぱ、あそこしかないよなぁ…」

 俺の言葉にみんなは小さく頷いた。



 * * *


 しばらくフェンスにしがみつき、眼下に広がる景色をぼんやりと眺めていた。

 涙は枯れる事を知らず、いつまでも取り留めなく流れ落ちた。

 風の鳴く音以外何も聞こえない静けさの中、私のボケットの中、再度携帯が震えた。

 取り出して見ると、ディスプレイにはメールを報せるマークのあとに、楓 来の文字が淡く光った。

 携帯を開き受信箱を開けると、


「……!!」


 私は画面を食い入るように見つめた。


『桜ちゃん、またみんなでカラオケ行こう♪今度はなっちゃんも歌うってさ♪雪人(^^ゞ』


『私は歌うなんて一言も言ってませんけど…。

沙夜さん、人は皆色々なものを抱えて生きているものです。偽善的な言葉に感じるかもしれませんが、私はあなたを信じたい。どんなあなたでも友達だと思っています。夏姫より』


「……」

 携帯の文字がみるみるうちに滲んでぼやけていく。 私は目を乱雑に袖で擦り、メッセージをスクロールさせる。


『ごめん、沙夜。私も結構 KY みたいだ。

知りたいんだよ。わかりたいんだ。沙夜のほんとの気持ちをね 琴美 』


「…こと…みぃ…」

 掠れる声で名前をつぶやくと、足の力が抜けて、そのままコンクリートの地面に座りこんでしまった…。

 更に文字をスクロールさせると、楓君からのメッセージが。


『お前が俺の過去に対して、俺に嫌悪感を抱く事がなかったように、きっと俺はお前と言う人間を知っても、別になんともねえよ。何ビビッてんだ、 KY なくせに 来 』


「………ひっ…ぐ…。」


 私は携帯を抱きしめて、声を殺しつつも、これでもかと言うくらい泣いた。

 私の座り込む足元のコンクリートの地面は、淡いグレーから、少し濃いめのグレーの点がいくつも重なり滲んでた。


 もう逃げるのはやめよう。大事な人達を信じて自分がもし傷つくよりも、みんなを信じられずに怯えるだけで、ひとりで勝手に自分自身を傷つける方がうんと辛いから。


 わかってた…。

 始めから答えなんて。


 私は袖口で涙を拭った。その時――




 * * *


「沙夜っ!!」

 屋上のドアが開くと同時に、琴美の声が風を裂くように響いた。

 沙夜は座り込んだまま、ゆっくりと声に視線を向け、目を見開き琴美に視線を向けた。

「馬鹿っ! やっぱりあんたは KY だよっ!」

 琴美は沙夜に向かい走り出す。

「琴美ぃ…」

 沙夜は、小さく「ごめん…」と幾度となく繰り返しつぶやき、琴美にしがみつき、しゃくり上げて泣いた。

 夏姫は、ゆっくりと2人に歩み寄り、沙夜の背中を摩りながら、

「大丈夫、沙夜さんはどんなことがあっても沙夜さんだし、私達は変わらず友達なんだから…ね?」

 諭すように言葉をかける夏姫に、咽び泣きながら何度も頷いた。


 雪人と来は少し離れたところで事を見守りながら、

「いいよなぁ…、俺も混じりたいぜ…」

 雪人が小さくつぶやと、

「混じってどん引きさせてこい。桜坂の涙が引っ込んじまう位にな…」

 来は口角を少し上げて鼻を鳴らした。

「お前がやったら超大ウケだ、馬鹿野郎」

 雪人は、はっ! とひとつ渇いた笑いをして、来の大腿にローキックをかました。

「――ってぇなーっ!」

 来は足を押さえながらも、小さく笑みをこぼした。


 * * *


 沙夜は私達に辛い過去を語ってくれた。それは、やっぱり私が思った事とほぼ一致してた。


 沙夜と楓君は境遇が似てたんだね…。

 沙夜が何故楓君にこだわったのか、今なら何となくわかるよ。


「私は、卑怯者だよね」

 そうつぶやいたら、ため息が出た。

「虐められてる人をね、結果的に一緒に虐めてた加害者だよね。自分が虐められないようにってことだけ考えてきたから」

 そう吐き出す私に、

「人間の大半はそんなものよ。傍観者的立場を貫き、自分の平穏を守る為に、人は必然的にグレーを望むというところかしら。グレーの濃度が上がれば黒になる。濃度が下がれば白にでもなりうるわよね?」

 なっちゃんは真っ直ぐで強い眼差しを私に向けた。

「俺はさしずめ白だな♪ どこまでもピュアな人間だし♪ あ、来は黒だ黒。腹ん中どす黒い奴だから」

 千クンは笑ってそう言った。

「頭バグってる奴はスルーして…と。まぁ、な。一応心配してくれる人間がいるって言う事は、悪くないと思う」

 楓君は相変わらず淡々とだけど沙夜に言葉を向けた。

「…怖がりなんだよね…、結局。いつもどこかで警鐘が鳴るんだ…」

 沙夜は申し訳なさそうに小さく笑った。

「みんなそうだと思うよ。孤独を好む人なんて、本当はいないと思う。ただ嫌われるのが、傷つくのが嫌で諦めてるだけ。だから曖昧になるんだよ。」

 私はなっちゃんに「ねっ」と笑いかけた。

 なっちゃんは穏やかな笑みを浮かべて頷いた。


「私は白を望むグレーになりたいよ。ほんとに大事な友達の前では…ね?」

 私はみんなを見渡した。

 みんなはそれぞれの表情で頷き返した。


「よし!授業フケちまったついでに、このままみんなでカラオケ行くかぁ♪」

 千クンの思いつき発言が飛び出すと、

「まぁ、戻るに戻れない状況だしね…」

 なっちゃんはため息笑いで応えた。

「なっちゃん、今日は歌ってよ」

 沙夜はなっちゃんに小さく笑いかけた。


「RADの『有神論』ていい曲よね。誰かさん達にぴったりだわ」

 なっちゃんはクスッと笑いながら沙夜と楓君を見た。

「お~! なっちゃんナイスっ♪」

 千クンは拍手しながら笑う。

「別に幸福論者になったつもりはないけどな…。仕方ない、雪人のウザいシャウトに付き合ってやるか」

 

 楓君は、今まで見た事のない、すごく柔らかい表情で笑った。

 横目で沙夜を見たら、沙夜は、また泣きそうな顔で楓君を見つめて笑ってた。

 * * *


 人間の白い部分も黒い部分も全てはひとつの心から織り成すものだと私はつくづく思う。


 人は結局弱いから、何かを求める。

 時には誰かを傷つけ、自らも傷つき、道に迷う事もあれば、切望しても掴めない何かに失望する時だってある。


 私はそんな切望と失望をこれからも幾度となく繰り返すだろう。


 これからもし、そんな時が訪れたなら、私はこう思いたい。


『夜が明ける』のを待つのではなく『夜明けに向かって』歩くんだと。


 白と黒。その中間で、私は限りない白を望む人間でいたい。そう願いながら。



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