昔のミリアム
「……恐れながら申し上げますが、近年のミリアムお嬢様の悪辣な振る舞いは、私にとっては、まったくの別人を見るような気持ちでした。昔のミリアムお嬢様は、少々短絡的な所はございましたが、快活で、思いやりに溢れ、誰にでも優しい方でしたから。今のあなたのように」
素敵な思い出を反芻するように瞳を閉じたパトリスを見て、私は以前、ヒルデガードが述べていたことを思いだした。
『最近では、すっかりワガママな面の方が強くなってしまっていましたが、昔のミリアム様は、それはもう、お優しい方でしたからね』
そうだ。
ヒルデガードは確か、こんなことを言っていた。
古くからミリアムのことを知るパトリスとヒルデガードが『昔のミリアムは優しかった』というなら、それは本当のことなのだろう。
……その優しかったミリアムが、何故、最低最悪の悪役令嬢になってしまったのだろう?
『私の記憶』が目覚めた影響で、『本来のミリアムの記憶』に様々な欠落があり、どんなに思い出そうとしても、細かい部分は思い出せない。
胸の前で腕を組み、うんうんと唸って記憶を探っている私に、パトリスは話し続ける。
「ミリアムお嬢様の昔の姿を知らない若い使用人たちが、あなたを悪く言うのを聞いているのは、私にとって、かなりの苦痛でした。しかし最近の、お変わりになられたミリアムお嬢様の振る舞いを見て、若い使用人たちも、あなたに好感を持ち始めています。今回、旦那様から必死で庇ってもらったことで、その気運は、ますます高まることでしょう」
「そう……。パトリス、あなたには、私の傍若無人な行動のせいで、他の使用人たち以上に辛い思いをさせていたのね。もう二度と、そんな思いはさせないから、安心してちょうだい」
組んでいた腕を解き、私は自分の胸をどんと叩いて力強く宣言した。
パトリスは、嬉しそうに頷いて、言う。
「ええ。今のミリアムお嬢様を見ていると、本当に安心できますよ。ただ最近、旦那様が精神的に不安定になっているのが、とても気がかりなのです。……今日だって、奥様がとりなしてくださらなければ、私共の命はなかったかもしれません」
「そうね……。お父様は昔から、私に関係することでは、頭に血が上りやすい性格ではあったけど、それでも、ちょっと声を荒げるくらいで、間違っても使用人たちに攻撃魔法を使おうとすることなんてなかったわ。それがたとえ、脅すためだけのつもりだったとしても」
「その通りです。それに、声を荒げると言っても、以前はあれほど激しく怒鳴り声をあげるようなことはありませんでした。……旦那様は、すっかり変わってしまわれた。確執があったはずの国王陛下と、やけに懇意になさっていることも気がかりですし、私は、何か悪いことが起こりそうな気がして、仕方がないのです」
お父様と王様の間に確執があるというのは、噂程度には聞いたことがあるが、詳しくは知らない。それは、ローゼン家の使用人たちも、町の人々も同様であり、皆、三流ゴシップ雑誌が書きたてるレベルの憶測でしか語れないのだ。
まあ、国王と有力な公爵の確執を、一般市民が詳しく語れてしまうほど顕在化していたら、それこそお国の一大事だ。誰もが詳しく知らないということは、結局、ただの噂に過ぎないのだと私は思う。