聖女の力
お母様は、そんなお父様と私を見比べるようにしながら、話を続ける。
「『聖女の力』は、『あらゆるもの』に、『一切の差別なく恵みを与える』力なんです。だから、力を注ぎ込む範囲や程度を間違えると、癒したい対象を蝕んでいる『病気そのもの』に恵みを与えてしまうことがあるので、使用する際は、重々気をつけなければいけません」
「『病気そのもの』に恵みを与えるとは、つまり、病気を強くしてしまうということか?」
お母様は頷いた。
「その通りです。……『聖女の力』で強化されてしまった病気は、もはや邪悪な呪いと同様です。それを治すことは、どんな高度医療を用いても不可能でしょう。だから私は、よほどのことがない限り、人の体に『聖女の力』を使ったりはしないのです」
「しかしお前は、よく『聖務』であちこちを回り、病人や怪我人を癒しているじゃないか」
「……ここだけの話ですが、あれは『聖女の力』ではなく、普通の治癒魔法を使っているんです。私、生まれつき治癒魔法は得意ですから」
「ふむ……」
「それでも、治療した人々には、『聖女の力』を使って治したと言っているんです。その方が、皆さん喜んでくれますからね。何より、『聖女の力』で元気になったと思い込んでいる人は、術後の経過がとても良いんですよ。完治するのに何ヶ月もかかる大怪我や病気でも、普通よりずっと早く良くなるんです」
「ほう、それは不思議だな。『聖女の力』ではなく、一般的な治癒魔法を使っているのに、患者の思い込み次第で治りが早くなるとは」
それは恐らく、プラシーボ効果という現象だろう。
薬でも何でもない、ただの粉末を、素晴らしい特効薬だと説明して患者に飲ませると、その思い込みの力で、まるで本当の特効薬のような効果が出ることがあるらしい。
お母様はきっと、聖女として長年活動する中、このプラシーボ効果に気づき、人々を幸せにするために、上手く活用しているのだろう。何とも素敵な『嘘も方便』である。
私は、お母様の人々に対する気遣いを、心から尊敬した。それはお父様も同じらしく、お肉のたっぷりついた顎を、たぷたぷと揺らして、何度も頷いていた。そしてお母様は、コホンと咳ばらいをして、話を総括する。
「結局、私が何を言いたいのかと申しますと、病魔というものは、『聖女の力』で安全かつ便利に消し去ったりできるものではないということです。そして、深刻な病気には、治癒魔法も効きません。だから、日頃から健康に留意し、定期的にお医者様にかかることが大事なのですよ」
窘めるようにそう言われ、とうとう医者嫌いのお父様も折れたようである。苦笑を浮かべ、しょうがないという感じで、ゆっくり口を開いた。
「わかったわかった。今度、父の代から贔屓にしている医者を呼び、一度診てもらうことにしよう。それにしても、お前に理路整然と道理を説かれると、反論する気がなくなってしまう。まったく、大した女だ」
そこでお父様は、エントランスホールの壁面にかかっている大時計を見た。
「おっと、もうこんな時間か、そろそろ屋敷を出なければ。クリステル、お前も早く支度をしなさい」
「支度? 何か用事ですか?」