感情が高ぶってしまう
「もちろんだ、公爵としての名誉にかけて、約束する」
沈痛な面持ちでそう言われ、私は頷いた。
これなら、もう使用人たちに危害を加える心配はないだろう。
だが、私が道を譲ると、背後にいた使用人たちは、小さく悲鳴を漏らした。
つい先程まで、死ぬほど恐ろしい目に遭っていたのだ、無理もない。
お父様は、いまだに怯えている使用人たちの前で、片膝をついた。
そして、深々と頭を垂れる
それはまるで、国王陛下に接するかのような姿だった。
想像もしていなかった主の行動に、使用人たちは皆驚き、言葉を失ってしまう。そんな彼らに、お父様は静かに語りかけた。
「すまなかった。お前たちは皆、古くから我がローゼン家に仕えてくれている、有能な働き者ばかりだというのに、ワシはなんてことを……」
そこでやっと、ずっと続いていた恐怖心から解放されたのか、使用人たちは安堵の表情を浮かべ、そらからお父様の前で平伏し、「もったいないお言葉です」と述べた。
お父様は膝をついたまま一歩前に出て、彼らを起こすようにしながら、言葉を続ける。
「そんな、ワシのような愚かな主のために、ひれ伏すのはやめてくれ。ああ、こんな素晴らしい者たちに、ワシは何をあんなに怒っていたのだろう。最近、どうも体調がすぐれぬことが多くてな。ちょっとしたことで、感情が高ぶってしまうのだ。……いや、何を述べても、ただの言い訳だな」
そう言うとお父様は、大きな体を揺すって、何度か咳をした。……近頃、お父様がこうして咳をしているところをよく見る。『最近、どうも体調がすぐれぬことが多い』というのは、本当なのだろう。
クリステルお母様は、たおやかなる美貌を痛々しく歪め、心配そうな顔でお父様に寄り添った。
「大丈夫ですか、あなた。一度お医者様に診てもらった方が……」
「なあに、心配いらん。季節の変わり目は、いつもこうなのだ。夏になり、本格的に暑くなれば、すぐに体調は戻る」
当然のことだが、名門貴族であるローゼン家には、優秀なかかりつけ医がいる。
だから、診てもらおうと思えば、いつでも最高の医療を受けられるが、お父様はお医者さんがあまり好きではないので、よっぽどのことがないと、お屋敷に医師を呼んだりしない。
お父様は、お母様に支えられて立ち上がりながら、豪快に笑い、言う。
「それに、いざとなったら、お前の『聖女の力』で、元気にしてもらうさ」
「もう、あなた。『聖女の力』は、あなたが思っているほど便利なものではないのですよ? 加減を誤ると、体の悪い部分を活性化させてしまうこともあるから、単純な治癒魔法のような使い方は、するべきではないのです」
「なに、そうなのか?」
「ええ。世の中のほとんどの人は、『聖女の力』を『あらゆるものを癒す力』――つまり、治癒魔法の上位互換的な能力だと思っていますが、実際は違うんですよ」
私は驚き、目を丸くした。
恥ずかしながら、私も『世の中のほとんどの人』と同じく、『聖女の力』を『あらゆるものを癒す力』だと思っていたので、正直びっくりである。それはお父様も同様らしく、青い瞳を大きく見開いて、小さく「それは初耳だ」と呟いていた。