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最強の魔法使い

 その怯えようは、単にご主人様に叱られることを恐れているという感じではない。まるで、生命の危機に直面した小動物のような、儚げで、弱々しい姿だ。


 それも当然だろう。

 お父様は、この国で最強の魔法使いだ。


 その気になれば、片手を振り上げただけで、人ひとり、跡形もなく消し飛ばすことができる。使用人たちの命は、今まさに、お父様の大きな手の内に握られている状態なのだ。


 私は慌てて立ち上がり、お父様に縋りつくようにして、言う。


「い、いいのよ、お父様。みんなを責めないであげて。あんな夜になって、ギリギリに連絡した私が悪いんだから」


 だがお父様は、私には目もくれず、使用人たちの目を一人ずつ見て、最後の宣告だとでも言わんばかりに、ゆっくりと口を開いた。


「報告をしなかったなまけ者、前に出ろ。今すぐ正直に名乗り出るならば、命だけは助けてやる」


 ……一秒経過。

 ……二秒経過。

 ……三秒経過。


 そして、四秒が経過した頃、お父様は「ふぅ」と鈍重なため息を漏らした。


「そうか。それがお前たちの答えか。よく分かった。我がローゼン家には、怠け者も、不誠実な使用人も、必要ない。全員まとめて消し飛ばしてやる」


 それは、正気を疑う言葉った。


 お父様は昔から、普段がとてもおおらかな分、一度怒りが爆発すると、手を付けられなくなるところがあったが、それでも、自分に仕えてくれている使用人たちを傷つけるようなことは、絶対にしない人だったのに……


 何かおかしい――


 そう思ったが、何がおかしいのか、考えている時間はない。


 私は、お父様と使用人たちの間に割って入ると、大の字のように手を広げて、使用人たちをかばった。お父様は、一瞬だけ苛立たしげな目でこちらを見ると、ニッコリ微笑み、不気味なほど優しい声で、私を諭す。


「どきなさいミリアム。そんなところにいたら、お前にもワシの魔法が当たってしまうだろう?」


 お父様の太い右腕の周りを、まるで漏電でもしているかのように、バチバチと火花が飛び散っている。……恐らく、雷光の魔法で、使用人たちを消し炭同然にする気なのだろう。


 なんてことを。


 いくら名誉あるローゼン公爵でも、自身に仕えるたくさんの使用人を一方的に虐殺したとなれば、大変な問題になることは避けられない。……いや、問題になろうがなるまいが、そもそも、絶対に人としてやってはいけないことだ。


 しかし、お父様の目は本気だ。

 本気で、やるつもりなのだ。


 狂ってる……


 今、目の前にいる残忍な魔法使いが、あの優しいお父様と同一人物だなんて、信じられない。音を立ててぜる魔法の火花は、どんな言葉よりも雄弁に「早くどけ」と主張しているようであり、かつて盗賊たちから浴びせられた脅し文句の、何百倍も恐ろしかった。


 しかし、どくわけにはいかない。

 私がどいた瞬間、お父様は使用人たちを一瞬で消し飛ばしてしまうだろう。


 いつの間にか、私の背後に集まるように固まっている使用人たちに、私は小さく「大丈夫だからね」と囁いた。


 現在のお父様が、狂気に支配されているとしても、まさか、私ごとみんなを攻撃したりはしないだろう。……お父様が本当に狂ってしまっているのなら、こんな希望的観測は何の役にも立たないが、それでも、今はそう信じるしかない。

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