激昂
お父様は大きい。
身長はそれほどでもないが、横幅が凄く、体重は100kg以上ある。
昔はスマートだったのだが、いつごろからか、徐々にふっくらとした体形になっていき、最近は過度な美食のせいで、服装ではごまかしがきかないほどの肥満体だ。
そんな、でっぷり太ったお父様が、大きな肩を震わせて怒鳴る姿はすさまじい迫力であり、私は思わず半泣きになって謝罪の言葉を述べる。
「ご、ごめんなさいお父様……で、でも私、ちゃんと『魔法通信装置』で報告したのよ……? 時間ギリギリだったから、うまく伝わらなかったのかもしれないけど……」
「なんだと!? だが、使用人たちの誰も、お前から報告があったとは言っていない! その場しのぎの嘘をついても、魔法通信事務局の記録を調べれば、すぐにわかるのだぞ!?」
仁王様のような顔で詰め寄られ、私はとうとう涙をこぼしてしまう。
頬をつたった涙の雫が、豪奢な大理石の床に、ぽとり、ぽとりと落ちた。
お父様は、いつもはニッコリとしたエビス顔なだけに、怒った顔は、普段とのギャップで数百倍の恐ろしさだった。私はもはや、満足に言葉を紡ぐこともできず、涙声で「嘘じゃないです……」と呟くことしかできなかった。
「よし、わかった。お前がそこまで言うなら、確かめてみよう」
そこでお父様は、使用人に命じて、魔法通信事務局へと早馬を走らせた。
こんな時こそ、『魔法通信装置』を使って問い合わせができたら便利なのだが、魔法通信事務局に勤務する魔導師たちの魔力が高まっていない午前中は、泣こうが喚こうが『魔法通信装置』は使えないので、どうしようもない。
二十分程たった頃、使用人は汗だくで帰って来た。
乗馬というのは、馬を飛ばせば飛ばすほど、騎乗している人間もかなり疲れるものだ。この使用人の疲労ぶりを見れば、相当な猛スピードで町を駆け抜けたことが、すぐに分かった。
使用人は、手に持った書類をお父様に渡し、短く「ミリアム様の仰っていたことは事実です」と述べる。その瞬間、蒸気さえ噴き出しそうだったお父様の赤い顔が、一瞬で青くなった。
お父様は、へたり込んでいた私に駆け寄ると、声を震わせて謝罪の言葉を述べる。
「ああ、ミリアム、すまなかった、ワシが悪かった。お前は本当のことを言っていたんだな。それなのに、こんなに怒鳴って、怖がらせてしまったね。許しておくれ……」
とりあえず、お父様の怒りが収まり、私はホッと息を吐く。
だが、青くなっていたお父様の顔色が、再び赤くなっていき、たった数秒で、お父様はさっきよりもさらに真っ赤になった。眉間には波打つようにシワが寄り、目尻は恐ろしいほどに釣りあがっている。その容貌は、まるで赤鬼だ。
お父様は、もう声を荒げたりはしなかったが、その代わり、地の底から響くような低い声で、静かに、詰問するように、周囲に控えている使用人たちを見回して、言う。
「……ミリアムが、昨晩きちんと外泊をする連絡をしたということは、それを『魔法通信装置』で聞いておきながら、ワシに報告しなかった者がいるということだ。そうだな、お前たち」
どうやら、お父様の激しい怒りは、今度は私ではなく、報告を怠った使用人たちに向けられているらしい。哀れな使用人たちは、お父様に睨みつけられ、皆、一人の例外もなく震えあがっている。