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ヒルデガード

 ここで簡潔に、『メイド長』ヒルデガードについて述べておこう。


 ヒルデガードは優秀で、どんなことでもこなせるスーパーメイドである。


 どういう経緯でローゼン家に仕えることになったのかはさだかではないが、その優秀さを見込まれ、ミリアムと彼女の兄『カスティール』の教育係&警護係を任されていた。


 そんなヒルデガードがローゼン家を去ったのは、すでに何度か話に出ているが、ミリアムのせいである。


 成長するにつれ、ますます自我が強くなり、ワガママになっていくミリアムに対し、半年前、ヒルデガードは徹底的にお説教をした。それに対し、ミリアムもギャーギャーと言い返し、あとは売り言葉に買い言葉の応酬となり、最終的には頭に血がのぼった勢いに任せて、解雇を言い渡したのだ。


 ヒルデガードは、ミリアムの無情な解雇宣告に対して怒ることも嘆くこともなく、ただ、小さなため息を漏らし、「そうですか、わかりました。ではさようなら」と別れの挨拶を述べ、その日のうちに荷物をまとめ、屋敷から出て行ってしまったのである。


 私の中にある『ミリアムの記憶』が、その日のことを思いだすと、チクチクと心が痛むような感じがした。さすがのミリアムも、幼少期からずっと一緒だったヒルデガードが本当に出て行ってしまったのは、かなりショックだったのだろう(自分でクビにしたくせに)。


 ちなみに、乙女ゲーム『聖王国の幻想曲ファンタジア』本編には、ヒルデガードは登場しない。


 主人公フェリスに対してやりたい放題のミリアムに対し、メイドたちが「こんなとき、メイド長ヒルデガード様がいてくださったら、ミリアム様をおいさめしていただけるのに……」という台詞が何度か出て、その存在をにおわせるだけである。


 さて、話を現在に戻そう。

 私は、モヤのせいでよく姿が見えないヒルデガードに向かって、今度は怒られないように、なるべく静かな声で問いかけた。


「あの、ところで、ヒルデガード。あなたなんで、こんなところにいるの?」


 その問いに答える前に、ヒルデガードは木の上から降りてきた。

 えっ、嘘でしょ。

 この木、明らかに10メートル以上は高さがあるわよね。


 それだけの高度から着地したというのに、ヒルデガードは涼しい顔で、左手に弓を持ち、右手で平然と、長い黒髪をかき上げていた。お屋敷ではいつもメイド服だったので、狩人風のワイルドな服が、やけに色っぽく、新鮮である。


「ね、ねえ、あなた、あんな高いところから降りて、平気なの?」


「私は森に住まう狩人の一族――『エーシア人』の血を引いています。一般人とはそもそも、体の強度がまるで違うのですよ」


「は、はあ、そうなの。あなたがそんな、超人みたいな民族出身だったとは初耳だわ。あなた、自分のこと、全然話さないものね」


「そんなことありませんよ。ミリアム様の後ろにいるエッダも、他のメイドたちも、私の出自については知っています」


「えっ、そうなの?」


 振り返り、エッダに尋ねると、彼女は小さく頷いて「ええ、まあ」と述べた。

 ヒルデガードの、やや大げさなため息が聞こえてくる。


「ちなみに、ローゼン公爵閣下も、公爵夫人も、カスティール様もご存知です。知らないのはミリアム様だけですよ。あなた、自分のことばかりで、他人に関心がないから、人の話なんて聞こうとしないでしょう? すべてが自分中心。他人は自己愛を満たすための道具。そんな調子だから、周囲にいるのは太鼓持ちの取り巻きだけで、ますます狭い価値観にとらわれてしまうんですよ」


 氷のように冷たい眼差しでそう言われ、私は、しゅんと縮こまってしまう。


 確かに、ミリアムはこれ以上ないほどの『私が私が』というタイプで、基本的に自分の自慢話しかしない。


 ヒルデガードに『すべてが自分中心』と責められても、何も言い返すことはできない。そ、そもそも、私だって、ミリアムのことなんて、大嫌いだし、言い返す必要なんてないんだけど!


 でも、今の私は、ヒルデガードの知るミリアムとは違うのだ。


 何とかそのことだけは分かってもらおうと、鈍い頭を必死に回転させているうちに、ヒルデガードは『なんで、こんなところにいるの?』という先程の質問について答えてくれた。


「まあ、私はもうあなたの教育係ではありませんし、お説教はやめておきましょう。私は今、この森で狩人をして生計を立てています。盗賊が多いので、有力な行商人の護衛をすることもあり、収入はメイド時代より上がったくらいですよ。ワガママなお嬢様の相手をするより、気ままで、性に合っていますしね」


 最初の推測とは違い、ヒルデガードは実家のある北の辺境『アリセン』には戻らず、狩人としての能力を活かして、この森で生きていくことを決断したようだ。


 ベンたち盗賊団の計略にかからず、普通に『アリセン』まで行けたとしても、結局はヒルデガードに会うためにこの森へ戻ってこなければならなかっただろうから、偶然今会えたことは、まあ、ある意味幸運なのだろう。


 し、しかし、それにしても、先程からのヒルデガードの言葉。

 あちこちにトゲが含まれており、ザクザクと私の心に突き刺さるようである。

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