事務局の対応
そんなことを考えていると、こちらで『魔法通信装置』を起動したときと同じ、『ブォン』という音が鳴った。誰か出てくれたんだ。
現在、夜11時27分。
あわわ、もう時間がない。
この黒い水晶の向こうにいるのが誰だかわからないけど、とにかく用件だけは伝えておこう。私は、つい先程そうしたように、一度だけ息を吸って、一呼吸でフェリスについて説明し、『今晩はフェリスの家に泊めてもらう』とまくし立てた。
現在、夜11時28分。
そこで、『プツッ』と音がして、通信は切れた。
早い早い早い!
魔法通信事務局のお姉さん! まだ2分残ってるよ!
現在、夜11時29分。
もう、魔力を流しても、どれだけ問いかけても、『魔法通信装置』は何の反応も示さなかった。う、うーん……一応、どこの誰のところに泊まるかは伝えることができたし、大丈夫よね、たぶん。
『魔法通信装置』相手に奮闘していた私に、フェリスが話しかけてくる。
「11時半になる前に、切れちゃったわね。もしかして故障かしら?」
私は『魔法通信装置』を元あった場所に戻すと、ちょっぴり大げさに肩をすくめ、言う。
「違う違う。ギリギリで通信してると、こういうこと、よくあるのよ。魔法通信事務局の人によって、11時半ピッタリまで待っててくれる人と、そうでない人がいるの」
さっきも色々説明したが、私は魔法通信事務局の対応にはかなり詳しい。いや、正確には、私の中にある『ミリアムの記憶』が詳しいというべきかな。ミリアムは夜遅くまで『魔法通信装置』を使って、しょっちゅう取り巻きたちを相手に長話をしていたからね。
「へえ……」と感心した声を漏らすフェリスに対し、私は自身の博識を誇るように、話を続ける。
「だいたいは、28分か29分で、通信を打ち切っちゃうわね。早い人の場合、25分で切られたこともあったわ。夜も遅いし、ちゃっちゃと仕事を終わらせて帰りたいんだろうけど、お給料もらってやってるんだから、規定時間まではちゃんとやってもらいたいものよねぇ」
「でも、時間ギリギリに通信をする方にも問題がないとは言えないわ。今度からは、時間に余裕を持って通信しましょう。私も気をつけるわ」
「はぁい」
そんなこんなで、なんとか外泊することを家に伝えた私は、『こめつぶ荘』でお風呂を借りた。……浴室に向かう際、当然部屋を出て、廊下を通らなければならなかったが、フェリスに怒られたのが相当堪えたのか、幽霊たちは、一切ちょっかいを出してこなかった。
それでも、すぐ近くに幽霊がいると思うと、とてもゆったりお風呂に入る気にはならない。私はフェリスと共に、手短に入浴を済ませると、部屋に戻り、二人してベッドに倒れ込んだ。
高級品と思しき、ピンク色のふかふかベッドからは、とても良い香りがする。花のように、ほのかに甘く、そして優しい匂い。
……これは、フェリスの香りだ。
瞳を閉じ、枕に顔を埋めて鼻を鳴らすと、肺いっぱいにフェリスの香りが入り込んでくるようで、頭がぽぉっとなる。
ああ……とっても良い香り……
この素晴らしいフレグランスを、もっと堪能したい……
そこまで考えて、自分でも若干変態っぽいわねと思ったけど、本当に良い香りなんだもん。嫌な臭いに顔を背けるのが自然なように、良い匂いをもっと嗅ぎたいと願うのも、自然なことよね。