魔法通信装置
怖がって青くなったり、自分を元気づけて赤くなったり、コロコロ変わる私の顔がおかしかったのか、フェリスはくすくすと微笑みながら言う。
「ふふ、ここに泊まっていくなら、もう少し、おしゃべりできるわね。……あっ、でも、ご両親が心配するといけないから、ミリアムのお屋敷に、『今日は帰らない』って連絡は入れておいた方がいいんじゃない?」
「それもそうね。あそこにある『魔法通信装置』、使わせてもらってもいい?」
読んで字のごとく、『魔法通信装置』とは、魔法で通信をする装置である。もっとわかりやすく述べるなら、現代社会でいうところの、電話のようなものだ。
ただ、電話と違い、それほど一般的には普及しておらず、利用できる時間も決まっていて、お昼の12時頃から夜の11時半までである。
魔法での通信が可能なのは、『魔法通信事務局』に勤務している、特殊な技能を持った魔導師たちのおかげであり、その魔導師たちの勤務時間が、お昼の12時頃から夜の11時半までなのだ。
どういう理屈か知らないが、その特殊な技能を持った魔導師たちの魔力が高まるのは昼を過ぎてかららしく、午前中はまったく通信ができないのが玉にきずだけど、それでも、この世界で最も便利な連絡手段であることには違いない。
さて、現在、夜11時24分。
なんとかギリギリセーフで通信ができるわ。
『魔法通信装置』は高価な上に、購入時に身元照会が必要なので、一般家庭にはまず存在しないが、さっきこの部屋に入ってすぐに、柱時計の近くにある『魔法通信装置』が目に入った。
さすが、もともとは社長さん一家が住んでいた豪邸だ。事業関係の連絡のためにも、『魔法通信装置』は必須だったのだろう。
フェリスは柱時計を見て、現在の時刻に気がつくと、大慌てで『魔法通信装置』を持ってきて、「急いだ方がいいわ」と言い、私に手渡してくれた。
『魔法通信装置』と書くと、電話の受話器……あるいは、トランシーバー的なものを想像するかもしれないが、実際は、ソフトボールを二回りほど大きくした感じの黒い水晶玉であり、手に持つとズシリと重い。
私はフェリスに「ありがとう」と言ってから、手の中の『魔法通信装置』に、軽く魔力を流す。すると、『ブォン』という起動音と共に、『魔法通信装置』は鈍い輝きを放ち、続いて、女性の事務的な声が聞こえてきた。
『はい、こちら、魔法通信事務局です。通信先の住所と、端末の登録番号をどうぞ』
一度だけ息を吸い、途中で噛まないように注意しながら、私は一息に、ローゼン邸の住所と端末番号を申告した。黒い水晶の向こうにいる女性は、『では、呼び出しを開始します。少々お待ちください』と、まったく抑揚のない声で言い、それから、電話の呼び出し音によく似た、『プルルル……』という音が鳴り始める。
私は、横目でちらりと柱時計を見た。
現在、夜11時26分。
急がなきゃ。
魔法通信事務局の魔導師さんたちが帰っちゃうまで、あと4分しかないわ。
早く、誰か出てくれないかなあ……
魔法通信事務局の仕事は本当に事務的であり、通信可能時間を一秒でも過ぎると、どんなに大切な話をしていても、問答無用で通信は遮断される。ま、まあ、時間ギリギリで通信しようとするこっちが悪いんだけど。