駄目でもともと
えっと……どこから話せばいいかしら。
私は少し思考を整理してから、カールトンさんの職場である鉱山が、フランシーヌの言いなりになってしまった私(厳密にいえば、言いなりになったのは『私』ではなく『本来のミリアム』なのだが、そんなことを言っても仕方がない)のせいで、困った状態になってしまったことを説明した。
フェリスは、やっとこさ私の胸から離れると、姿勢を正してソファに座り、「ふぅ」と小さな吐息を漏らした。
「そういうことだったの……」
私は、頷く。
「うん……私の関わったことで、カールトンさんを悩ませていると思うと、気が重くてね……」
「そのフランシーヌさんに話して、鉱山の運営を、昔に近い形に戻してもらうことはできないかしら?」
「い、いや~……どうでしょうね……あの子、私の言うことなんて、聞くかなぁ……?」
「駄目でもともとだから、言うだけ言ってみたら? 一から十まで、何もかも昔みたいにはならないにしても、安全管理に関することだけは、改善してもらえるかもしれないでしょう? 労働者が怪我したり、坑道が潰れたりしたら、えっと、クレメンザ商会……だっけ? その、フランシーヌさんの会社にとっても、損な話なんだから」
「なるほど、それもそうね。『このままじゃ、あなたにとっても困ったことになるわよ』って感じで、話を切り出してみるわ。ありがとう、フェリス。なんだか気持ちがスッと軽くなったわ」
「ふふ、どういたしまして♪ ……あっ、いつの間にか、かなり遅い時間になっちゃったわね」
壁にかかった豪華な柱時計を見て、フェリスが言う。……趣味の良い、美しい時計だが、かつての社長さん一家の遺品だと思うと、なんとも複雑な気持ちになる。
うっ……
社長さん一家か……
今から帰ろうと思ったら、また社長さんたちの幽霊がいる廊下を通らなきゃいけないのよね。フェリスに釘を刺されたから、もう何も言ってこないかもしれないけど、あの廊下を通って帰るの、やだなあ……
そんな私の気持ちを読んだのか、フェリスは小首をかしげ、言う。
「あの、よかったらだけど、今日はこのまま、ここに泊まってく?」
「ぜ、是非そうさせてください……」
私は一秒だって迷わずに返事をした。
……実を言うと、フェリスがそう言ってくれるのを待っていたのである。
あの廊下を通りたくないというのもあるが、散々幽霊に脅かされてスーパービビリ状態の今、暗い夜道を一人で歩いて帰るなんて、できそうになかったからだ。
ほら、もの凄く怖い話とかを聞いた後、やけに後ろが気になったり、普段ならなんてことない物音にビクッとしたりしちゃうことってあるじゃない? 私、今まさにそんな感じなのよ。
自分でもちょっと情けないと思うが、なんたって、生まれて初めて本物の幽霊に遭遇しちゃったんだから、こうなるのも無理はないと思うのよ……いや、むしろ、お化け関係が苦手な割に、よく精神的に持ちこたえている方だわ! 偉いわよ、私!
私はむふーと鼻息荒くして、自己弁護&自己肯定をする。
自分を強引に褒めるという行為は、若干……いや、かなり恥ずかしいが、こうやって、形だけでもテンションを上げると、幽霊を恐れる気持ちがどこかに飛んでいくようだった。