空虚な笑み
フェリスの笑いは、もうすっかり乾いていた。
しらけたような、つまらなそうな、そんな空虚な笑み。
そして、寂しい笑みだった。
「それでもお父さんは、しばらくの間は、父親としての体裁を保って、私に接しようとしてくれたけどね。ふふっ、でも、私がちょっと大きな声を出したり、急に動いたりするとビクッてなるのよ。食卓で、ソースの瓶を取ろうとして、間違えて倒しちゃっただけなのに、何メートルも飛びのいて、『殺さないでくれ』って言われた時は、正直傷ついたわ」
「…………」
「お母さんの方は、9歳の誕生日以降、露骨に私と顔を合わせるのを避けたから、むしろ楽だったわ。そんな状況だから、孤児院に送られると聞いても、それほどショックじゃなかった。それで、孤児院に出発する日、久しぶりにお母さんが顔を見せてくれたの。私、それが嬉しくて、お母さんに抱きついたわ」
そこでフェリスの乾いた笑みが、不意に歪んだ。
「……別に『孤児院になんて行きたくない』って泣きついたわけじゃない。もう当分会えなくなるだろうから、最後に『行ってきます』って言いたかっただけなのよ。それなのにお母さんったら、この世の終わりみたいな悲鳴を上げて私を突き飛ばすと、どこかに逃げて行っちゃった。それでやっと、愚かな私も理解したわ。この人は『もう当分』どころか、二度と私に会う気なんかないんだって」
……むごい話だわ。
転生前の日本ではごく普通の家庭に育ち、この世界でも、お父様には溺愛され、お母様には温かな愛情を注がれている私には、フェリスの感じた悲しみと苦痛は、とても想像することができない。
フェリスの話は、まだ続く。
まるで、ギリギリで濁流を受け止めていた堤防が決壊したかのようだ。
……きっと、これまでずっと、誰かに話を聞いてもらいたかったのだろう。
私は静かに、彼女の言葉に耳を傾け続けた。
「孤児院での暮らしは、苦痛とまではいかないけど、そんなに楽しいものじゃなかったわ。もともとは裕福な家庭で育った私に対する、他の孤児たちの態度は、異分子に接するみたいだったから。先生たちも、私の『悪魔の力』のことを知ってるから、それはもう、おっかなびっくりよ。まあ、実の両親に化け物扱いされるより、ずっとマシだけどね」
「そう……」
久しぶりに、自分の喉から出た声は、『そう』という、何の変哲もない相槌だった。本当は、もう少し気の利いた返事をしてあげたかったのだが、何を言えばいいのか、分からなかったのだ。
「ねえ、『犬のしっぽ亭』で面接をしてもらった日に、言ったわよね。近くで災害があって、親を亡くした子供たちが孤児院にたくさん入って来たから、院に対する負担を減らすために、もう働ける年齢の私は都に出てきたって」
「え、ええ、確か、そう言ってたわね。覚えてるわ」
「あれ、半分は本当だけど、半分は嘘なの。親を亡くした子供たちのために、部屋とベッドを空けてあげなきゃと思ったのは本心だけど、それ以上に、居心地の悪い孤児院を離れて、見たこともない都会で、まったく新しい生活を始めてみたいと思ったのよ。……結局は、自分のためなの」
「そうだったの……」
「私、あなたが思ってるほど、いい子じゃないの。自分でもびっくりするくらい意固地なところがあるし、気だって凄く短いんだから。『悪魔の力』をみだりに使いたくないから、『ルール』を守ってこの家の幽霊と接してるけど、さっき、あと一度でも幽霊があなたを脅かしたら、たぶん私、カッとなって消滅させてたと思うわ」