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9歳の誕生日

 フェリスは両手を軽く丸め、水をすくうみたいな形にする。

 すると、手の中に、黒い影――いや、黒い渦のようなものが発生した。


「これが、私の魔法。この、黒い渦に触れたものは、物質でも、生物でも、霊体でも、バラバラに砕けて、最後は粉みじんになって消滅するの。……お母さんは、この魔法のことを、『悪魔の力』だって言ってたわ」


「悪魔の力……」


「私、魔法の才能が発現する9歳までは、孤児院じゃなくて、普通の家で育ったの。……ううん、どちらかと言えば、普通より裕福だったと思うわ。お父さんもお母さんも優秀な魔法使いで、専門的な仕事で王宮に出入りすることもあったから、たくさんお金を貰ってたみたい」


 私は、フェリスについては人より詳しいと自負していたが、まったく初耳の情報だ。


 ちなみに、乙女ゲーム『聖王国の幻想曲ファンタジア』本編では、フェリスが魔法を使う場面はない。……というより、『魔法』という設定について、あまり深く触れられない。ストーリーの本筋と、全然関係ないからだろう。


 私は話の邪魔をしないように、余計な相槌を打ったりはせず、静かに頷いて、フェリスに続きを促した。


「そんな両親の子供だから、私にもとてつもない魔法の才能があるに違いないって、お父さんも、お母さんも、親戚の人たちも、凄く私に期待していたわ。私も小さかったから、すっかりその気になって、『将来は、この国で一番の魔法使いになる』なんて、生意気言ってったっけ。……そして、9歳の誕生日、とうとう私の魔力が目覚めたわ」


 そこでフェリスは、口を閉じた。


 瞳も、閉じられている。


 可愛らしい鼻から深く息を吐き、再び目を開くと、話も再開した。


「私のために開かれた誕生日パーティーで、さっき見せた『悪魔の力』がいきなり発現し、暴走したの。とにかく、突然のことだったから、力をコントロールできなくて、壁も、椅子も、テーブルも、バースデーケーキも、目に映るすべてを、黒い渦は滅茶苦茶に破壊したわ。それでも私は、必死で力の制御を試みて、なんとか人にだけは、黒い渦が当たらないようにしたの」


 話が佳境に入り、私はゴクリと唾を飲む。


 そして、フェリスの言う『悪魔の力』が、彼女のお父さんも、お母さんも、パーティーに集まった他の人も、誰も傷つけていませんようにと、強く願った。


 そんな私の願いが届いたのか、フェリスはかすかに微笑み、言う。


「結果、なんとか『悪魔の力』をコントロールすることに成功し、誰一人傷つけずにすんだの。私、子供ながらに『やった!』と思ったわ。家は見るも無残な姿になってしまったけど、危険な魔法を制御し、誰にも怪我をさせなかったんだから、きっとお父さんとお母さんに褒めてもらえるに違いないって、思った。……単純だわ、さすが、子供よね、ふふっ」


 フェリスの微笑みが、自嘲的なものに変わった。

 笑いは、少しずつ大きくなる。

 それがなんだか痛々しくて、私は思わず目を背けた。


「あの日、瓦礫だらけになったリビングで、私を見るお父さんとお母さんの目、一生忘れないわ。……そこにはもう、ひとかけらの愛情もなかった。あれはまるで、いつ爆発するか分からない爆弾を見るような目だった。それで、悟ったわ。これまでの幸せな生活は、完全に壊れてしまって、もう二度と戻らないんだってことに」

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