特殊な魔法
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「あの……幽霊と口きいちゃったけど、フェリスは大丈夫なの?」
部屋に戻り、私とフェリスはソファに隣り合って座りながら、話をしている。
私の問いを受け、ほんの数秒間、フェリスは返答に迷っていたが、やがて決心がついたという感じで、口を開いた。
「……うん。別に、隠してたわけじゃないんだけど、その気になれば、私は魔法で幽霊を消滅させることができるから、社長さんたちの幽霊は、私が本気で怒ると、しばらくの間はちょっかいを出してこなくなるの」
――魔法で幽霊を消滅させることができる。
それは、想像もしていない言葉だった。
この聖都フォーディンには、悪霊退治を生業にしている聖職者の団体が何種類もあるが、その半分はインチキ霊媒師であり、もう半分は、未熟な若いプリーストたちが、気休め同然のお祓いをして小遣い稼ぎをしているだけという、なんとも頼りない実情である。
何故そのようなことになっているのかというと、悪霊を消滅させるのは、口で言うほど簡単ではないからだ。
当然のことだが、実体のない霊には物理的なあらゆる攻撃が通用しない。
ゲームとかだと、物理攻撃がまったく通じない相手には、魔法が効果抜群だったりするものだけど、困ったことに、この世界の霊体には、攻撃魔法もほとんど効かないのだ。
強力な魔法使いが、火炎で弾丸を作ろうが、氷柱で槍を作ろうが、それらは結局、現世の理に基づいた物理的な力であり、霊の体を虚しくすり抜けるだけなのである。
つまり、幽霊が、特定の状況下以外では生者に干渉できないように、生者も、幽霊に積極的に干渉することはできないというわけだ。
なにより、悪霊たちの現世に対する執着はすさまじく、攻撃的な意志で除霊しようとすると、まるで追い詰められた獣のように歯向かってくるから、よほどの理由がなければ、戦っても損をするだけだと、以前カスティールお兄様に聞いたことがある。
そのため、充分な修行を積んだ高位のプリーストですら、悪霊と直接対決することは基本的に避け、対話で成仏を促し、もうどうしようもなくなった時に限り、特殊な術法を用いて、命を賭けて悪霊と戦うのだ。
フェリスが言うように、『その気になれば幽霊を消滅させることができる』魔法を、自在に使えるような人間がいるとしたら、それはクリステルお母様のような『聖女』と同格の聖人か、あるいは……
黙り込んでしまった私を見て、フェリスは小さくため息を漏らし、話を続ける。
「この世界に生きる人々は皆、なんらかの魔法の才能を持っているわよね。だいたいは、火・水・土・風の四大元素に基づいた魔法で、エッダさんのように、治癒の魔法が使える人も多いわ。……でも、時々、一般的な魔法のカテゴリーから外れた、特殊な魔法を使う人間がいるの。知ってる?」
私は、頷いた。
知ってるも何も、私もフェリスの言う『一般的な魔法のカテゴリーから外れた、特殊な魔法を使う人間』だ。……液体を気体に変えるだけという、何の役にも立たない魔法だけどね。いや、まあ一応、前に盗賊たちにやったように、工夫しだいで煙幕みたいな使い方もできるから、何の役にも立たないってことはないか。