かわいそうな存在
うーん……『多少つきまとわれるくらい』って、それもやだなあ……
何にしても、フェリスの言いつけを守って、幽霊と口をきかなくてよかった。
ゲッソリとして嘆息する私を見て、フェリスは申し訳なさそうに言う。
「怖い思いをさせてごめんなさい。……でも、ちょっと意外だわ。ミリアムって、幽霊とかそういうの、全然平気なタイプだと思ってたから」
「もの凄い誤解だわ。私、お化けとか、心霊関係はもう、本当に駄目なのよ。怖い話を聞くのも苦手だし、ホラー映画なんか、お金くれるって言われても、絶対に見ないわ」
「ほらーえいが?」
「あっ、ごめん。こっちの話」
この世界には映画という技術(文化というべきかな?)がないので、私がホラー映画を見る機会は、永久に失われてしまった。まあ、ある日突然技術革新が起こって、異世界初の映画館が誕生したとしても、絶対にホラー映画だけは見ないけど。
私はコホンと咳払いして、話をまとめる。
「とにかく、お化けや幽霊は大の苦手ってこと。……フェリスはそういうの、まったく怖くないみたいね」
ほんの少しでも怖いと思ってたら、間違ってもこんなところには住まないだろう。フェリスは苦笑し、静かに、優しく、私を諭すように語り始めた。
「幽霊って、ミリアムが思ってるほど、怖いものじゃないわよ。……むしろ、非力で、かわいそうな存在だわ」
「かわいそうな存在?」
「うん。怪談とかだと、怖さを強調させるために、生きてる人を恨んだり呪ったりする、強力で悪質な存在として表現されることが多いけど、考えてもみて? 幽霊がそんなに強いなら、生きている人たちは皆、恨みを持って死んでしまった幽霊に支配されちゃうじゃない」
「な、なるほど……それもそうね」
「この『こめつぶ荘』の、社長さん一家の地縛霊は、幽霊の中ではかなり強力な方だと思うけど、それでも、生きている人間の側が反応しない限り、何もできないのよ。どんなに呼びかけても、どんなに叫んでもね」
そう言われると、確かにかわいそうになってきた。
こっちが無視を決め込んじゃえば、どうしようもないものね。
「そして、強い無念……というか、心残りがあるせいで、魂はいつまでも現世に留まり、成仏することはできない。さっきは、『死者の世界』って言葉を使ったけど、厳密には、社長さんたちの魂があるのは、現世と『死者の世界』の中間みたいな、中途半端な場所なんだと思うわ。だからきっと、魂が休まらずに、ずっとこの家の廊下をさまよっているのね」
「ふーむ……なるほどねぇ……『ずっとこの家の廊下をさまよっている』かぁ……それって、どこにも行けないってことだもんね。確かに、気の毒だわ……それにしてもフェリス、随分幽霊のことに詳しいわね。まるで専門家みたい」
私の言葉を受け、フェリスは軽く頬を染め、はにかんだ。
『専門家みたい』と言われたのが照れくさかったのだろう。
「そういうわけじゃないんだけど、私、子供の頃から、割と『見える』方だったから、自然と詳しくなっちゃったの」
「『見える』って、幽霊が?」
「うん。さっきも、廊下に三人、社長さんとその家族がいたんだけど、ミリアムには見えなかった?」
私は、ぶんぶんと首を左右に振った。
それから、霊が見える体質でないことを、神に感謝した。