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昔のよしみ

 獲物をなぶるような、嫌な笑顔を浮かべて近づいて来るベンに、タイミングを計って飛びかかろうとした瞬間。私とベンをかつように、地面に矢が突き刺さった。


 な、なにこれ?

 上?

 木の上から、振ってきたの?


 私が見上げるよりも早く、ベンは上を向き、声を張り上げる。


「おい、誰だ!? 他の班の野郎か!? あぶねーだろ! 俺に当たったらどうすんだ!?」


 この問いかけ方から察するに、ベンは仲間の盗賊が、誤射か何かで矢を放ってしまったと思っているのだろう。


 しかし、それは妙だ。


 私とエッダの背後にある大樹の上に陣取っている盗賊が存在するのなら、矢など射らずに、とっとと降りてきて、ベンと協力して私たちを捕まえるはずだ。屈強な男二人がかりなら、か弱い女二人を拘束するくらい、飛び道具を使って脅したりしなくても、簡単にできる。


 そのことに、私からやや遅れてベンも思い至ったのか、警戒態勢をとりながら、木の上にいる何者かに話しかける。


「……おい、お前、何者だ。なんで撃ってきた。俺は今、イラついてんだ。事と次第によっちゃ、ただじゃすまさねぇぞ」


 すると、木の上から、クスクスという妙な音が聞こえてくる。

 どうやら、謎の射手が、笑っているらしい。

 その態度に、ベンは激怒した。


「てめえ、何がおかし」


 ベンの怒声は、途中で止まった。


 その理由は、すぐにわかった。

 彼の眉間に、深々と矢が突き刺さっていたからだ。


 頭を矢で貫かれて、饒舌に喋ることのできる人間など存在しない。

 目の前で倒れ伏したベンを見て、私とエッダは、ほとんど同時に「ひぃっ」と声を漏らした。


 大樹の上から、死んだベンを嘲笑あざわらうかのような言葉が、私たちの頭へと降り注いでくる。


「ふふふ、弱い犬ほどよく吠える。犬ならば、吠える姿も愛らしいですが、醜い盗賊が喚き散らす姿など、あまりにも見苦しくて、とても見てはいられませんね」


 お、女の人の声だ……

 今まさに人を殺したというのに、少しも動揺しておらず、平然としている。


 軽々とベンの眉間を撃ち抜いた腕前といい、ただ者ではない。


 と、とりあえず今私がやらなければならないことは、彼女が敵か味方か、確認することだ。一見、ベンから私とエッダを救ってくれたように感じるけど、もしかしたら、木の上に潜んで獲物を狙う、大量殺人鬼なのかもしれないし……


 わ、私もベンみたいに、話しかけた途端に、頭を射られたりしないわよね?


 よし、なるべく丁寧に、腰を低くして、尋ねてみよう。


「あ、あのぉ~……ちょっとおたずねしても、よろしいでしょうかぁ……?」


 自分の口から出た、情けないほど卑屈な声色に、ビックリする。

 しかし、一応はそれが功を奏したのか、いきなり矢が飛んで来るようなことはなく、謎の射手は、感情のこもっていない声で、短く問い返してきた。


「なんでしょう?」

「そ、そのぉ~……あなたは、私たちを助けてくれたんですか?」


 質問から、ほんの少々間をおいて、答えが返ってくる。


「まあ、そういうことです。本来なら、助ける義理もないのですが、一応、昔のよしみもありますし、盗賊のような見苦しい連中が、私の狩り場をうろついているのも不愉快でしたからね」


 ん?

『昔のよしみ』ですって?


 あっ。

 あー……

 ちょっと待って。


 この、人間味のない、冷たい話し方。

 私、知ってる。

 知ってるわ、この人!


 頭に思い浮かぶのは、長い黒髪で、赤い目をした長身のメイド。


 間違いない、この声。

 半年前にミリアムがクビにした『メイド長』ヒルデガードのものだ!


 なぜ彼女がこんなところにいるのかは分からないが、ピンチの連続の末、やっと安心できる人に出会えた安堵感で、胸がいっぱいになる。


 私は、思い切り首を逸らし、モヤで霞む大樹の上方に向かって、声を張り上げる。


「あなた、ヒルデガードね! 昔のよしみって……私、あなたに酷いことを言って、仕事もクビにしたのに、それでも助けてくれたのね! 嬉しいっ!」


 本当に嬉しくって、ぴょんぴょんと飛び上がって喜ぶ私に、上空から冷ややかな声が突き刺さる。


「やかましいですね。キャンキャン吠えないでください、聞き苦しい」


「あっ、はい」


「まったく、そこで死んでる盗賊の仲間が、そう遠くないところにウヨウヨいるのですよ? わざわざ自分の居場所を教えて、今度こそ本当に誘拐されたいのですか? 相変わらず、救いようのないお馬鹿ですね。ミリアム様は」


「はい……ごめんなさい……」


 ピシャリと叱られて、私はしょんぼりとうなだれてしまう。

 で、でも、嬉しい。

 ヒルデガードが私を助けてくれたことが、身震いするほど、嬉しい。


 それは彼女が、まだ私のことを、心から見捨てていない証のように思えるからだ。

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