表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

79/121

長い廊下

『絶対に返事をしちゃ駄目よ』


 そう主張しているのだ。

 とても、真剣な瞳で。


 もう何が何やら分からないが、私は頷き、フェリスと手をつないだまま、ゆっくりと廊下を進んで行く。すると、またしても明るい子供の声が聞こえてくる。


「ねえねえ、その人はだあれ? とってもきれいな人ね♪」


 フェリスは、返事をしない。

 だから私も、返事をしない。


「無視しないでよ~♪ おしゃべりしようよ~♪」


 フェリスは、口を開かない。

 だから私も、口を開かない。


「今日は、どんな一日だった~? 聞かせてほしいな~♪」


 フェリスと私が廊下を踏みしめる、ギシギシという乾いた音だけが、木霊する。

 もう半分は進んだので、突き当たりにあるフェリスの部屋まであと少しだ。


「え~ん、え~ん……さみしいよ~、かまってよ~……」


 悲しげな子供の声に、私の胸はチクリと痛んだ。

 だが、フェリスが振り返り、今までにない険しい顔で首を横に振ったので、結局私は、何も言葉を返さなかった。


 フェリスの部屋まで、あと4メートル。


「どうして話してくれないの~……ねえ、どうして……どうして……?」


 フェリスの部屋まで、あと3メートル。


「わたし、いい子だよ? イタズラなんてしないよ? 話そうよ……」


 フェリスの部屋まで、あと2メートル。


「おいしいケーキもあるよ。それとも、クッキーのほうが好き?」


 フェリスの部屋まで、あと1メートル。


「おい、無視してんじゃねぇよ、殺すぞ」


 そして、フェリスの部屋の前。

 フェリスがドアを開けると、私は逃げ込むようにその中に入った。


 自分で自分の体を抱きしめるようにして、ずっと閉じていた唇を開く。


「こ、こ、こ、怖かった……な、なんなの、今の……?」


 私の声は、震えていた。

 いや、声だけじゃない。体もかすかに震えている。


 可愛くて朗らかだった子供の声が、いきなり鈍重なものに変化したときは、思わず悲鳴をあげそうになってしまった。


 フェリスは部屋の明かりをつけると、もう大丈夫と言うように、私を抱きしめてくれた。そして、私の震えが収まると、静かに語り始める。


「今のは、この家にとりついてる、地縛霊じばくれいの声よ」


「じ、地縛霊って、つまり、幽霊のこと?」


「うん。……この家、新しくて、立派でしょう? 一年前に、どこかの会社の社長さんが、建てたんだって。でも、家ができてから半年後に、事業が大失敗して、社長さんも、奥さんも、その子供も、みんな、この家で、心中しんじゅうしたらしいの」


「じゃ、じゃ、じゃあ、ここって、いわゆる事故物件じゃない!」


 それで、納得した。

 だから、建物も立地も良いのに、極端に家賃が安かったのね。


 私はあわあわと手を振り、悲鳴に近い声を上げる。


「こ、こ、こ、こんなとこ、すぐ引越ししましょう! い、いつ、部屋の中に幽霊が入って来るか、わからないじゃないっ!」


 もう半泣きの私とは違い、フェリスは落ち着き払った様子で微笑んだ。


「幽霊が部屋に入ってくることは絶対にないから安心して。あの子たちが生者に干渉できるのは、あの廊下だけなのよ。ほら、もう声どころか、かすかな物音すら聞こえないでしょう?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ