表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

77/121

こめつぶ荘

 その後、閉店時間まで『犬のしっぽ亭』にいた私は、せっかくなので店じまいの作業を手伝い、フェリスと共に帰路につく。


 相変わらず暗い街灯の下を、二人、肩を並べて歩いていると、フェリスがこちらに顔を向け、何気なく聞いてきた。


「ねえ、ミリアム。あなたのおうちって、やっぱり、門限とかあるの?」


 私は、首を左右に振った。


「ううん。子供の頃はあったんだけど、今はないわ。私もある程度の歳になったわけだから、お父様が、自由にしていいって」


 ある程度の歳――といっても、私はまだ16歳なのだから、世間一般の常識に照らせば、門限はあってしかるべきだと思うが、一年ほど前、ヒルデガードに夜遊びを注意されたミリアムがゴネにゴネたため、娘に激甘のローゼン公爵が門限を撤廃したのである。


 フェリスは「そうなの」と短く言ってから、言葉を続ける。


「それじゃ、私の下宿先に寄ってかない? ちょっと話したいこともあるし……」


「えっ、いいの? もう夜の10時回ってるけど、他の居住者さんたちに迷惑じゃないかしら」


「ふふ、それなら大丈夫よ。私の下宿先――『こめつぶ荘』に、いま住んでるの、私一人だから」


「あっ、そうなんだ……じゃあ、ちょっとだけお邪魔させてもらおうかな」


 そんなわけで、私はフェリスに先導されるようにして夜道を行き、数分の後、『こめつぶ荘』に到着した。


 ……で、その『こめつぶ荘』だが。

 ちんまい名前に反して、意外にもしっかりとした二階建ての一軒家であり、それなりの広さのお庭まである。


 前にフェリスから聞いた話では、『こめつぶ荘』の一ヶ月の家賃は、相場の半額以下だったので、かなり古い建物に違いないと勝手に決めつけていたのだが、外壁もドアもピカピカで、どう見ても、ここ数年のうちに建てたとしか思えない。


 周囲の治安も、この辺りでは比較的良いことを考えれば、かなりの良質物件だ。


 黒光りするドアにカギを差し込み、施錠を解いているフェリスの背中に、私は声をかける。


「ちょっとちょっと、素敵なおうちじゃない。こんないい下宿、よく簡単に見つかったわね」


 フェリスはちらりとこちらを振り返り、柔らかく微笑んだ。


「ええ。私も幸運だったと思ってるわ。……まったく問題がないわけじゃないけど、慣れれば大したことじゃないし、安い賃料のおかげで、少しずつだけど貯金もできるから、本当にありがたいわ」


 そこで「ガチャリ!」と、やや大げさな音を立てて、ドアの鍵が開いた。

 一仕事終えた職人のように、フェリスは「ふう」と息を吐く。


 ……なんだか、解錠に随分と時間がかかったわね。


 よく見ると、ドアにつけられている錠前は、美術館や銀行などでも使用されている、三重ロック式の厳重なものだった。このタイプの鍵は、開けるのも閉めるのも、まるでパズルのように厄介だと、何かで聞いたことがある。


 こんな複雑な鍵が、一般住宅のドアに使われるなんて、めずらしいわね。


 私は首をかしげ、問う。


「それ、すごい鍵ね。毎日開け閉めするの、大変じゃない?」


「最初は難しかったけど、決められた手順さえ覚えてしまえばそうでもないわ。ただ、その手順は、一つだって飛ばすわけにはいかないから、どうしても時間がかかっちゃうけどね」


「そうよねぇ。帰ってすぐ寝たいときとか、絶対面倒よね。建物を管理してる会社に頼んで、鍵、変えてもらったら?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ